噛み合った歯車、ふたりのヒーロー 4
バット
自分自身でもあった宿主の抜けたその亡霊は、全身にノイズを走らせていた。
だけどもう、それは夜空さんではない。夜空さんの過ぎ去った過去でしかなくなったものだ。
私は夜空さんを一瞥する。
「安心して下さい。すぐに終わらせますから」
夜空さんはただ戸惑って、見上げるだけ。
まあ、しょうがない。突然のことで色々あって、なにがなんだか分からなくなっているんだろう。
ここからどう進むかは夜空さん次第だし、私にできることなんてそうあるもんじゃない。だからまずはこの妖精を殺すこと。いまのところは、それが私の、私たちのできることだ。
救うことじゃなくて殺すことではあるけど、きっとこれもヒーローだ。なぜなら私たちは、いまから夜空さんを過去の亡霊から救うから。
だから私も、自信を持って言える。
――私たちは、ヒーローだ。
「そういえば、シャドーは他にカードを持ってませんでしたよね?」
「まあ、そうだね。戦闘自体が今回で2回目だから」
左手でホルスターのデバイス画面に触れて「ウルフ」と名前を呼ぶ。スリットから排出されたカードを指に挟んで取り、横のシャドーに渡す。
「これ、あげます。わたしには使いづらかったので」
「ああ。これが例のコスプレ――」
「……その話、いい加減忘れてください」
「お前もそういう顔するんだな」シャドーが含み笑いで、「お前のそういう顔も、ボクは嫌いじゃないよ」
シャドーはナイフの柄についた歯車を回す。スロットにウルフのカードを叩き込むんで戻すのとほぼ同時に、私も歯車を往復させる。
「
驚くほどぴったりに、声が重なった。
ステッキの柄の先に竜巻が、シャドーの身体に狼の尖った耳と輝く鉤爪とふさふさの尾が再構築される。元からシャドーが中性的な格好と基本色が黒なのも手伝って、悔しいことになかなかサマになっていた。
「ふーん。よほど恥ずかしがってたらしいからどうかなと少し思ったけど……意外と悪くないな」
「……つまんない」
「気に入ってくれてなによりだよ――来るぞ!」
シャドーが先に気づいて、地を勢いよく蹴って走り出す。すぐさまバット妖精に鉤爪を突き出すと、相手も翼をもって飛び上がる。
鉤爪は表皮を少し擦って鱗粉を散らすだけで、宿主を失った亡霊にはまるで致命傷にもならなかった。
「飛んだぞ!」
「わたしも飛ばれるとリーチ的に厳しいです! ここはスパイダーに入れ替えて――」
『パール・アサルトモード』
金属を擦ったようないくつかの音とともに、妖精はバランスを崩して地に墜ちていく。見ると、背部から白いカミソリのような羽を噴出してあたりを照らす騎士。構えていたクロスボウ型のショットガンを下ろして、無気力に妖精を指さして言う。
「カードはもう、そっちが持ってるんだろ? 急所は外したから好きにやれよ」
『いいの、ダイヤ?』
「ああ。見返りのない狩りはただの徒労だからな。あいつらが倒すってんなら、止める必要はない」
どういうつもりか分からないけど、騎士にはとりあえず小さく感謝した。シャドーとともに地に叩きつけられた妖精のもとに向かう。
妖精はよろよろと立ち上がり、裂けるほどに口を開いて声にならない不快な金属音を発し始める。私は怪音によろめきそうになりながらも、すぐさま左手の指でデバイスに触れた。
「シャイン、
救いの力が起動した。
怪物の発する金属音がぴたりと止む。そのままバランスを整えながら、身を翻して妖精の背中に向けて振りかぶる。
「シャドー、遠隔機能を!」
「ああ、分かってるよ!」
竜巻によって切り裂かれた断面を散らしてはじき出される妖精に、目前のシャドーが立てたナイフと鉤爪でその胸を貫き、懐から左手でデバイスを取り出した。
「終わりだ!」それを妖精の身に叩きつけて、指で画面に触れる。「シャドー、
盗みの力が、妖精の鱗粉をデバイスに吸収する。
妖精は身体を構成するものを失い、みるみるうちに希薄になって消滅した。
シャドーは虚空から引き抜くようにして、右の鉤爪を払うように振る。
「それじゃ、あとは頼んだよ。日和」
「わたしも疲れましたので、失礼します」
宿主の意思を無視して歯車を回し、全スロットのスイッチを押して妖精態を解除する。おそらくは、シャドーの方も同じなのだろう。
残された日和ちゃんとふたりで見つめ合って、困惑する。日和ちゃんの方は、ちょっと楽しげだった。
「なんだろ、いきなり」
「さあ。気を使ってくれたんですかね?」
それを特に気にも留めず、夜空さんのもとへ歩く。私はそこから一歩身を引いて、二人の邪魔をしないようにした。
日和ちゃんはデバイスとナイフの柄をブレザーの内ポケットに入れて、座り込んだ夜空さんに手を差し伸べる。
「ほら、帰ろ」
「……うん」
少しだけ泣きそうな顔で、その手を掴んで立ち上がる。夜空さんはふいに顔をうつむかせて、見つめようとする日和ちゃんの視線から逃れるようにしていた。
「……ごめん」
「あれはさっきの怪物がやったことでしょ。気にしないでよ」
「違うの。あれは、あたしが――」
「それでも、許すよ」日和ちゃんの両手が、夜空さんの手を握る。「その代わり、これからも一番の親友でいて」
一番の親友、か。
ちょっとだけ、私も目をそらしたくなった。日和ちゃんからとはいえ、私があの子を拒まず求めてしまったのも事実だったから。
実質、夜空さんをあんな怪物にしてしまったのは、日和ちゃんを奪った私自身なのかもしれない。なんとなく、そんな気がした。
ふと見回して、先ほどの騎士を探す。視線に捉えた先の騎士は鞄と何枚かの紙みたいなものを持って、こちらにやってきた。なんのつもりだろう。
「ほら。あいつの鞄と、あとはタクシー代。適当に歩いたところでタクシー呼んで、さっさと帰れ」
「結局、あなた誰なの? わたしと日和ちゃんのことを知ってたけど……」
「そんなもん、明かすと思うか? とりあえず、こっちでの名前はダイヤだから。恨み言を叫びたいなら、そっちを使ってくれ」
騎士は両手の鞄と数枚の千円札をこちらに強引に押しつけて、
「あとは――いや、これはいいか」
足早に、入り口付近のバイクへと走る。騎士はバイクの後部座席に飛び乗り、エンジン音を唸らせて身を翻して消える。
あれ、バイクなんかあったっけ。ガトリング撃ってたロボットも、いつの間に消えているけど、もしかしてあれがバイクだったのか。
まあ、いいか。
いつの間にか、二人のやり取りは終わっていた。どちらともが私のもとに歩いてきて、私はさり気なく夜空さんに鞄を渡す。
夜空さんは少しためらいながらも、それを受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます