噛み合った歯車、ふたりのヒーロー 3

 ステッキの歯車を往復させて、蜘蛛の巣の歯車を再構築。投げたところで、バット妖精パーマーは飛び上がって射程範囲まで離す。

 コブラで天井ごと叩き落とすか。しかし、日和ちゃんが巻き込まれる可能性もある。

「ハリケーン」

 歯車を回して、スイッチを押してスパイダーを排出。ハリケーンのカードをデバイスから抜き出して、スロットに叩き込んで柄の歯車を戻す。

リ・構築ストラクチャリング

 ステッキの柄の先に、半透明の歯車が再構築される。歯車は高速回転し、稲妻を帯びた極小の竜巻に変貌した。

「貴様のお得意の戦闘スタイルでは、リーチが足りないんじゃないか?」

「さすがはあの子の妖精ですね。嫌がらせにも秀でている」

 言いながら、一瞬の隙も見せないよう、天井すれすれに飛ぶ妖精を目で追っていく。

 ここまで距離を離されては攻撃できないが、こいつ自身も距離を詰めなければ攻撃できないはず。このまま行けば根性比べだが、あちらがどう出るか。

 ――こっちから出てみるか。

「お前の宿主、どこのどいつか当ててみましょうか?」

「どういうつもりだ!」

「妖精は宿主の内面の写し鏡。それゆえに願望を行動理念にしますが、宿主自身のコンプレックスをかき回されるのはあまり気分のいいものじゃないでしょう?」

「ふん! やれるもんならやってみるがいい!」

 食い付いた。

 あとはここから、内側に詰めていく。

「そういえば、夜空夕実よぞらゆうみさんっていう、私の恋人関係にある日和ちゃんのお友達がいるのですが……」

 なにも返事がない。

 反応は分からないが、今の沈黙はほとんど正解と言っているようなものだ。とりあえず、前提となる読みは当たっていることに安堵する。

「彼女、過保護っていうか、いっそ重いですよね。素直じゃないくせに、私には素直というか――」

 バット妖精の飛行が乱れてきた。

 いまのは『私』の声だ。よほど『私』は目の敵にされていたのか、宿主を揺らがせるには十分だった。

「日和ちゃんに素直に話せないからって、私に当たるのはやめてほしいんだけどね! 先に選んだのは日和ちゃんの方だったんだから!」

 妖精は私に向けて急降下する。私は立ち止まり、ステッキを下段に構える。

「やはり、夜空さんだったんですね!」

「貴様の宿主も分かったぞ! あのクズ女だな!」

「ひどい言われようですねえ!」

 ステッキと鉤爪が交差する。右肩を犠牲にして、竜巻で妖精の右腕を飛ばす。

 バット妖精は勢いを殺せないまま地面に叩きつけられ、輝く鱗粉をこぼした右腕の断面を押さえて立ち上がる。私の右肩も鉤爪によって裂かれ、鱗粉を少しこぼしていた。

 やっぱり、殺すしかない。カナデお姉ちゃんの言っていた、日和ちゃんの「人の救えるような特殊な力」はまだ分かってないし、このままためらっていてもなにもかもを失うだけだ。

 覚悟を決めよう。こいつを先に倒せば、最悪の結末は避けられる。その代わり、日和ちゃんは私を――。

 妖精は右腕を失ったまま、口を開き牙を剥き出しにして、こちらに向けて迫りくる。なにかを仕掛けるつもりか。

「貴様のせいで、私とフィアンセとの人生はなにもかも狂ってしまった! 貴様さえ現れなければ!」

「その宿主自身の人生を狂わせようとしているお前も、わたしたちと大差ないんじゃないですかね!」

 提げたステッキの竜巻で地面を削って、妖精に肉薄する。

 一気にケリをつけてしまおう。私だけが、マキナ・シャインだけが、罪を背負って生きていこう。

 そう思いながら、通り際に胴を真一文字で切り飛ばそうと――。


 轟くような銃声と、金属が破られるような音。


 私のステッキとバット妖精の身体が、数多もの火花と衝撃によって弾き飛ばされる。

 近づいて大きくなるけたたましいエンジン音とともに、まばゆい光が横合いに差し込んできた。

『ガトリング!』

 いつか聞いたような機械音声。わたしもバット妖精も、そのまま呆然とする。

 光の先で、巨大な機械の背中から飛び降りる影。

「その戦闘は中止だ! 広野光ひろのひかる!」

 やっぱり、この前襲いかかった騎士のケース持ちだ。

 クロスボウ型のショットガンをこちらに構えて、わたしたちにじりじりと近づいてくる。ステッキを拾おうとすれば撃たれる可能性もあり、身動きができない。

「……なんの、つもりですか?」

『よかった、まだ止められる段階みたいね』

 おそらく、騎士のデバイスから響く、トーンの高い高飛車な声。

「また、邪魔をするつもりで――」

「いいから聞け!」

 妖精にも警戒しながら、わたしに近づいてくる。

「お前はまだ、そいつを救える。もうひとりの、端末妖精デバイス・パーマー使いの力でな」

「端末妖精……?」

『お前らの言う「ケース持ち」のこと。それで、あいつは?』

 もうひとりの、先ほどとは対照的な、トーンの低く冷淡な声。

「あいつ?」

飛田日和ひだひよりのことだ。まさかあいつも端末妖精使いだったとはな。聞いた時は信じられなかったが……」

 どうしてこいつは、そのことを知っているのだろう。もしかして、なにか知っているのか。

 そんな疑問をよそに、騎士は私の横で妖精にショットガンを向けて、私を一瞥する。

「話はあとだ。こいつは俺たちが引き付けるから、まずは飛田日和を起こしに行け」

「……分かった」

「あと、これはどこぞの誰からの伝言だ」騎士は言いながら、視線を戻す。「本当にヒーローになりたいと願うなら、ヒーローであるために力を使うのではなく、誰かを――」

 私が日和ちゃんの方に走る間に、二発の乾いた銃声。バット妖精の呻き声が、屋内に反響する。

 騎士は間をおいて、聞こえるような大声で言った。

「誰かを救えってな!」

 それは、わたしが今まで思い出したかった言葉だった。



 そいつは狂っていた。

 この前のマキナ・シャイン――広野光ひろのひかる――はなかなかに狂っているものだと思っていたが、そいつはあの時のそれをはるかに上回っていた。

 そいつは俺たちを留めて、話し始めた。

「わたしは、この地区で不完全な妖精を再構築しているケース持ちの妖精で、『シング・スノウ』と名乗っています」

「ケース持ち?」

「あなたたちは他所の地区から来たのでしたっけ。デバイスで自分の妖精を隔離している人間のことです」

「ああ、端末妖精デバイス・パーマーのことか。それで、不完全な妖精ってのは――」

「あなたたちケース持ちが獲物としている、欲望のままに街を暴れまわるあの怪物たちのことです」

 そんなことを平然と言っているのが気に食わなかったが、自然とデバイスに手が伸びなかった。あの時の恐怖が、俺をそうさせなかったからだ。

 兄貴も同様で、俺が立ち向かえなかったことを責めるようなことはなかった。

 そうして、そいつはなおも淡々と続ける。

「わたしは――宿主である星乃丘奏ほしのおかかなでは、あるお方の直属のケース持ちをしています。本来は別の使命があるのですが、わたしたちはその裏であることを進めていました」

「あるお方って誰だ? 使命って――」

「それをすべて話すつもりはありません。しかし、その裏で進めていた目的を手伝っていただくため、そのあたりでなら話すつもりでいます」

 そいつはこちらにペースを奪われまいとするように、お構いなしに話を続ける。

「まずはわたしの目的ですが……マキナ・シャインを、本物のヒーローにすることです」

「……は?」

 なぜ、ここであいつの話が出るのだろう。

 それを聞こうとて、その前に兄貴が質問した。

『例の、街壊して回ってる彼女のことだよね? それとこれに、何の関係が?』

「正直、マキナ・シャインに、あの子にヒーローの資質などといったものはありません。心意気も未熟で、あるのはただ憧れのみ。しかし、あの子にはそれしかないのです。ですから、あの子を本来のこちらの使命と関わらせる形で、本物のヒーローにすることに決めました」

 我慢ならなかった。

 俺はこれを訊かなければならなかった。そして、返答次第では――。

「お前たちは、本来の使命とやらで妖精を生んでるんだよな?」

「ええ。まあ、そうですね。実際はもっと色々あるのですが……」

「あいつは、そのことを知ってんのか?」

「いいえ。それを教えたら、あの子のやってることはヒーローじゃなくて、ただの茶番になるじゃないですか」

「目的のついでに始めたその茶番に付き合わされて、当の本人もそのことを知らないで。ここの地区の妖精は、妖精にされた人間は、そんな理由で無意味に殺されてるのか?」

 そいつは俺の言葉に、呆れたようにため息をついた。

 そのため息からは、罪悪感とかというものは一切感じられなかった。

「それはここだけじゃないでしょう。あなたたちのいた地区でもそうだったはずです。それに、あながち無意味でもありません。なぜなら、わたしたちの本来の使命は、『きたるべき脅威に備えて全国区に戦士を配置すること』でしたから」

 やっぱり、こんなやつらを許せない。それにこいつは、確実に俺たちの敵だ。

 そう思いながらポケットからデバイスを出そうとして、兄貴に肩を叩かれる。見ると、静かにフルフェイスメットの頭を横に振っていた。

「兄貴……」

『それで? この近くにいたってことは、さっき飛んでった妖精と関係があるんじゃないの?』

「そうです。飛田日和の友人である彼女を妖精パーマーにするのが、マキナ・シャインをヒーローにするために一番効果的だと判断したからです」

「お前、まさか――」

 そいつは鞄を指さして、

「さっき、その鞄の主を、わたしが妖精にさせました」

 沸々としていたものが限界に達したように、俺はすぐさまデバイスを取り出した。

 しかし、兄貴はそれでもデバイスを叩き落として止めさせた。

『だから、落ち着いて』

「なんでだよ!」

『今やっても、意味ないからだよ。それに、僕たちの両親を殺すように仕組んだのは、彼女じゃなくて――』

 兄貴が言いよどんで、それからなにもなかったようにそいつに訊く。

『……いつも通りなら僕たちを頼る必要なんてない。そしてここまで聞いてる限りだと、僕たちも頼みを素直に聞く義理もない。なにか、僕たちに協力させるような手立てを用意しているんだろう?』

「わたしの見立てが正しければ、あなたたちの協力で意識を保ったまま彼女を救い出すことができます」

『……それで、なにをやればいい?』

「あなたのロボットの妖精の力を利用して、飛んでいった妖精を追ってください。それから、広野光と合流したら、こう伝えてください――」

 そうして俺たちはそのなかで信じたくないこと、にわかに信じられないことを聞かされた。

 飛田さんが端末妖精使いであること、その端末妖精には妖精になってしまった人間を救うための特殊な力があること。そして、かつて広野光に伝えたという、かつての自分の言葉のこと。

 言うべきことは全部伝えたところで、俺たちはすぐに承諾して、ようやくそいつから開放された。

 去り際に、俺はそいつをヘルメット越しに睨みながら訊いた。

「結局、俺たちにこれをやらせる理由はなんだ?」

「そうですね。これでマキナ・シャイン――ヒカルちゃんの味方でいてくれたら、と」

『……言っとくけど、僕たちは、君のやってることを絶対に許すつもりはないから。次会う時は覚悟しておいて』

「ええ。でも、わたしたちのことは許さなくても、ヒカルちゃんのことは許してあげてください。あの子はきっと、殺した数だけ救ってくれる子ですから」

 そいつは朗らかな顔で、そう言っていた。

 その顔には罪悪感が見られない。正直、狂っていると思った。





 私の答えが、確信に変わる。

 私の願いはなにかを倒す力ではなく、誰かを救う力を得ることであるべきなんだって。

 ヒーローであるための方法。それは、人を救うこと。私の場合、まずは超常の怪物などではなく、目の前の誰かから。

 まずは、日和ちゃんから。

「ゆー、み……た、すけ、て……」

 日和ちゃんのもとへ、身をかがませる。目つきは、変わらずぼんやりしていた。

 ――助けるのは私だけど。

「いま、助けますよ!」

 大腿ホルスターからデバイスを出し、それを日和ちゃんの首筋の傷へとかざす。

「シャイン、遠隔機能リ・モード!」

 画面を押して、起動。

 日和ちゃんの傷はみるみるうちに癒えて、目つきもだんだんとはっきりした様子になる。

 私は遠隔機能の力を使ったことがなかった。今まで使う必要がなかったから。これは誰かを助ける力だったけど、誰かをこうして助けるようなことは今までなかったから。

 私がこの力を、ヒーローとしての力を使うことはできたのは、君がいてくれたから。

 ――本当に、ありがとう。

「あれ、先ぱ――」

 日和ちゃんが自分の格好を見て、恥ずかしそうにブレザーを隠す。さっきまで戦っていたのに、つい笑ってしまった。

「ほら、手をどけて」

 デバイスを戻して、彼女の手をブレザーの中に伸ばす。ブラウスのボタンを一個ずつ留めていく。

 日和ちゃんはむしろ、いまの方が恥ずかしそうだった。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

「あっ……ボタン一個ずつかけ違えてます」

 見ると、日和ちゃんが言った通り、途中から一個ずつずれていた。

 少しだけかっこつけてたのが裏目に出て、正直こっちも恥ずかしくなってきた。

「やっぱり先輩って、格好がつかないですね」

「……お恥ずかしながら」

 などと、のほほんとやっているうちに。

 またも、乾いた銃声。それとともに、ドラム缶の向こうから叫び声が上がる。

「おい、まだか! そろそろ間に合わなくなるぞ!」

「すみません、日和さん。とりあえず、今からシャドーさんの方に代わって下さい」

「えっ」

「シャドーの力で、夜空さんを救います」

「待って、どういう――」

「いいから、早く!」

 日和ちゃんがブレザーの内ポケットから、デバイスとナイフの柄を取り出す。慌てながらデバイスの画面を押して、ヤケ気味に叫ぶ。

「シャドー!」

 スリットからシャドーのカードが飛び出す。それを引き抜き、ナイフの柄の歯車を半回転させスロットを晒し、そこに叩き込む。

「り、反誕リ・バース!」

 ナイフの柄から噴出される黒い鱗粉が、日和ちゃんを包み込む。すぐさま立ち上がり、鱗粉を全身に馴染ませるように自分の頭や腕や胴や脚を、身体のあちこちを撫でていく。

 黒いタキシード、シルクハット型の髪飾り、顔を隠す黒い仮面と、仮面越しの鋭い目つき。

 不敵な笑みを浮かべて、黒い刃を形成したナイフをその場で振るう。日和ちゃんは大怪盗シャドーに変わった。

 私も続けて立ち上がったところで、シャドーはバット妖精の方を見た。

「なーるほど。あの妖精が、うちの宿主のお友達だったっていうのか」

「そうみたいです。それで、あの甲冑のあいつの話だと、あなたの力でどうにかできるとかなんとか」

「無茶言うな。ボクは大怪盗であって、お医者じゃない。だいたい、あいつからなにを盗めるというんだ」

「妖精の中にカードが埋め込まれている! そいつを盗め!」

 騎士がショットガンを投げ捨てて、後ろに回り込んでバット妖精を羽交い締めにする。

 シャドーはデバイスを持つ左手を横に振って、

「なるほど。それなら、確かにボクの出番だな」

 妖精の方へ、一歩、一歩と歩いていく。



 まさか、夕実が妖精になっていたなんて。

 言葉には出さず、内心ではそんな戸惑いを感じていました。

 それと同時に思い出される、さっきまでぼんやりと見ていた夢のこと。わたしが夕実を求めていたあの夢。

「多分、あれはあの妖精が見せていた幻覚だよ。その君のお友達というやつが心の内で、君にそんな願望を抱いていたんだ」

 そうなのでしょうか。わたしにはそれが、信じられないことでした。

 夕実はいままで、わたしのことを守ってくれた。もしかしたらそのなかで、わたしが先輩に感じたような感情をひそかに抱いていたのかもしれない。だけど、これまで夕実は、わたしを騙すような、傷つけるような真似は絶対にしたことがないのも事実で。

 つまりは妖精がそれを利用して、本能のままに制御のない欲望を剥き出しにさせていた。わたしが、最初に自分自身の鏡だと言われたシャドーを受け入れられなかったように、あの妖精もそうなのかもしれない。わたしはそう推測しました。

 だけど。

 ごめん、夕実。多分、わたしはあなたが向けている感情には応えられないと思う。だって、いまのわたしにとってのそれは、いま先輩に向けているものだから。

 だけど、気持ちは分かるから。あなたにそんな気持ちがあったのなら、素直に受け止めるし、感謝だってしたい。わたしはいままでそれに守られて、それに助けられてきたのだから。

 これであなたを助けられたら、妖精としての記憶は残るのかな。もし残ったとして、あなたのなかに強い罪悪感があったのなら、わたしは精一杯許すから。

 だから、これからも一番の親友でいて。

 切断された右腕から鱗粉をなおもこぼし続けるバット妖精パーマーの、その胸元にデバイスを叩きつけました。画面に触れて、悲痛に叫ぶその夕実自身の鏡をまっすぐ見つめて。

「フィアンセ! 君は騙されている! そんなクズ女と一緒にいたら、君は――」

「これ以上、夕実を傷つけないで。夕実はわたしの友達だから。だから、返してもらうよ!」

 『わたし』の声に、一瞬だけ妖精がぴくりと身を揺らいで反応して。

「シャドー、遠隔機能リ・モード!」

 先輩が言うには「妖精は意識不明として人間態に戻った状態でしかカードを抽出できない」という話でした。しかし、わたしなら、わたしたちなら、今ここでカードを抽出できる。そんな気がしました。

 わたしの誰かに向ける強い欲望と、それに惹かれて宿った大怪盗の妖精の力。それが不可能を可能にすると、そう確信して。

「夕実! 帰ってきて!」

 画面が揺らいで、それから「COMPLETE」と表示される。スリットからカードが弾き出されて輝く鱗粉となり、それは少しだけ離れた場所へと流れていって。

 その先で、座り込んだ夕実が再構築されていました。

「よし! 妖精と夜空を分離できた!」

 夕実の妖精を羽交い締めにしていた騎士が、そう言いました。何故、この人は夕実を知っているのか。それに、どこかで聞いたことのあるような。

 そんななか、夕実はわたしを見つめ、それから目をそらして。わたしはシャドーの姿で笑顔を作って、『わたし』の声で。

「おかえり、夕実」

「……た、ただいま、日和」

 それから、目の前を見て、妖精からすぐさま距離を取りました。

 夕実の妖精が、まだそこに残留している。それどころか、人間から独立した影響か、右腕を再生させて、羽交い締めにしていた騎士を弾き飛ばしました。

 デバイスを見ると、そこには空白のアイコンが表示されています。おそらく、ここでわたしが、わたしたちがこの妖精を倒すことで、このデバイスの空白のアイコンにちゃんと還るのでしょう。

 わたしは先輩の方へ合流し、デバイスを懐に戻して黒いナイフを構える。

 あともうちょっとだ。夕実から分離させた、もう夕実のものではないこの怪物を殺すだけ。

「どっちにしろ、妖精は殺さなきゃいけなくなったな」

「そうですね。でもいつか、その必要もなくなるように目指すつもりです」

「相っ変わらず、無茶なことを言うな。はちゃめちゃに大迷惑なヒーロー様は」

「だって、しょうがないじゃないですか。無茶だったことを成し遂げた大怪盗様を見たら、そんな奇跡だって信じたくなるものです」

 お互いに笑みを浮かべました。内面でのわたしも、そしてきっと内面での先輩も。

 目の前の妖精は、夕実の残留思念のようなもの。これからの夕実を救うために、前に向かって進めるようにするために殺さなければいけない亡霊。

 ヒーローなんて興味なかった。だけど、いまこの気持ちは、ヒーローの抱くような気持ちなのでしょう。

 ヒーローになるのは簡単なことで、誰かを救おうと必死になることが大事なのだと、そう気付かされました。

 そして、いまのわたしにはそれが満更でもなく、わたしは先輩と出会ったことに心の中で感謝して。

「わたしは! わたしたちは、ヒーローなんだから!」

 感謝の代わりに、わたしは勝鬨をあげるかのように、そう叫びました。

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