噛み合った歯車、ふたりのヒーロー 1

 カマキリの姿をしたマンティス妖精パーマーがよろよろと立ち上がる。それを目前にしてこちらも立ち上がり、後ろ手に要求しながら、視線をそのままに宣言する。

「お前ら妖精の相手は、俺たちがさせてもらう。覚悟しろ」

 兄貴が後ろでアタッシュケースの留め金を外す音から少しして、手元に重めで冷たい感触が伝わる。

 対妖精用の金属質の反誕ベルト。妖精によって両親を奪われ、代わりに得たものだ。

 右手のショットガンを適当に地面に捨てて、ベルトを装着する。後部ジョイントが接続された音を確かめて、ポケットからデバイスを取り出す。

「お前もヒーロー野郎か! なら――」

 両手の長刀を下段に構えて、妖精がすばやく突撃する。

『ダイヤ・遠隔機能リ・モード

 画面にいくつかあるうちの剣と盾のアイコンを押す。デバイスから自分に似た音声が響き、デバイス側部の小さな噴出孔から妖精鱗粉パーマー・チャフが噴き上がる。その輝きの霧の中に左手を入れて掴むと、キラースティック型の可変武器ユニット・ウェポンが形成される。

 そのまま握ったキラースティックで刀の切っ先をそれぞれ払い、妖精の腹を蹴飛ばした。

「邪魔すんじゃねえ。せっかちか」

『多分こいつ、変身中は手すきだと思ってたんじゃないかな』

「俺はヒーローじゃねえからな。そんな間抜けはやらかさねえよ」

『まあ、今ではヒーローも変身中もエフェクトとかで守られるもんなんだけどね。そういうのって、ひと昔ってレベルじゃない時代錯誤だったりする』

「俺はヒーローじゃないからどのみち関係ねえんだがな。いくぞ!」

 横長の長方形にがら空きになったバックルへと横向きにデバイスを落とす。そのまま親指で押してカチリとはめ込み、外縁と画面が合うようにすると、バックルを中心に全身が妖精鱗粉に包まれる。

『ダイヤ・反誕リ・バース

 音声とともにバックル右下の歯車型のレバーを右に回す。キラースティックを右手に持ち替え、その間に鱗粉が定着して輝く甲冑に変化。騎士の妖精ダイヤに再構築される。

 キラースティックを肩にかけて、上げた左手の指をこちらに振って挑発する。

「来い」

「右手は死んだんじゃねえのか」

「ああ、死んだぜ。だから遠慮なく来いよ」

「舐められたもんだな。だったら、お望み通り殺してやるよ!」

 マンティス妖精パーマーは長刀を振るって首を飛ばしにかかる。俺はキラースティックを叩きつけるように思い切り投げて、長刀でそれを防がせて、その隙にデバイスの画面に触れてからレバーを右に回した。

『シャーク・リ・構築ストラクチャリング

 シャークのカードを起動する。音声とともに、右腕に機械仕掛けのサメの頭、左腕にサメの尾ビレの融合装備アタッチメントが再構築される。右腕のサメの頭が、一瞬遅れて迫る右手の長刀を強靭な顎で受け止め、そのままひねる力でねじり折った。

「死んだのはお前の右手の方だったな」

「ふざけんな! なんなんだ、そのサメは!」

「両手が長刀になってるやつだっているんだ。両手がサメになってるやつがいたっていいだろうが」

 折れた刀身を遠くに投げ捨て、振り下ろされたもう一方の長刀もサメの頭で受け止める。舌打ちするマンティス妖精の右腕を、そのまま伸縮式の尾ビレを飛ばして器用に縛り上げていった。

「クソがッ……!」

「シャーク妖精対マンティス妖精! 果たしてどっちが勝つかな?」

『ダイヤ、毎度思うけど、もっと騎士っぽい武器で戦いなよ』

 ちらと背後を振り返る。

 見えるのは、グレーのバイクとフルフェイスメットの兄貴。

「……おい兄貴、なんで見てるだけなんだ」

『え? だって、ここでいても邪魔じゃない? お兄ちゃん、ただのアッシーだし』

「この野郎……デカブツをいいことに俺だけに丸投げしやがって……」

 まあ、必要ないのは俺にも分かるからいいが。

 左腕の刀身もねじり折り、絡めた尾ビレを強引に引いて右腕の関節を外していく。断末魔の叫びが上がったところで蹴飛ばして、掴んだ刀身を投げ捨ててレバーを左に回すと、融合装備が解除される。

 辺りに落ちたキラースティックとショットガンを見下ろし、ため息をついたままデバイスの画面に触れた。

「武器拾うのめんどくせえな」

『ダイヤ・リ・構築ストラクチャリング

 右足を下げながら右にレバーを回す。右の踵にブースターが再構築されたところで、さらにレバーを右に回す。ブースターが点火したところで、よろよろと逃げようとするマンティス妖精の顎に左アッパーを食らわせて、

『ダイヤ・フィニッシュモード』

 輝きを放つブースターの炎が最大出力になる。足裏がアスファルトを削って火花を散らし、マンティス妖精へと超速の回し蹴りをお見舞いする。妖精の鱗粉が弾け飛び、中から男子高校生がすべり落ちた。

 自分と同じ制服。おそらく、あの学校で生まれたのだろう。いまだに妖精の覚醒する原因は謎だが、案外自然発生とかそういうところなのかもしれない。

 軽く胸ぐらを掴んで、意識を確かめる。

「相っ変わらず、意識不明でいやがる」

『あと何人、植物状態にさせなきゃいけないんだろうね』

「……それでもやらなきゃ、もっと被害が出るだろ」

 バックルからデバイスを外して、男子高校生にかざす。画面にマンティスのカードが映し出される。

 きっとこれからも、この繰り返しだ。だけど、自分でも言ったように、誰かがやらなければいけない。

 だったら、それは俺たちだけが引き受けるべきだ。失うもののない、戦う力だけを得た俺たちが。

 正義のためではなく、俺たちが俺たちとして生きるために。確かな理由を持つ俺たちが、妖精を狩るべきだ。

 そんなことを思いながらデバイス操作で人間態に戻る。兄貴からメットを受け取って被ると、バイクの後部座席に飛び乗る。

 ふと、空に見慣れないものが飛び上がった。

「おい兄貴、なんだあれ!」

 指さした先のそれは、カラスにしては大きすぎるし、どこか人型のようにも見える。そして、その正体はすぐに分かった。

 兄貴がメーター部に差したデバイスを確かめて、

『妖精か!』

「今すぐあいつを追うぞ!」

『いや。先に、確かめておきたいことがある』

「……は?」

『妖精の飛び上がってた方向、夜空って子が走っていった先だろ?』

 そういえば、そうだ。しかし、こうしている間にも被害が出てしまう。

『もしかしたら、襲われてたかもしれない』

「いやいやいや、確証はないだろうが。それで逃したらどうするつもりだ?」

『ないという保証はないよね。ユキくんが右腕を痛めてまで助けた子になんかあったら、かなり寝覚めが悪いでしょ』

 突きつけられたもうひとつの選択肢に、言葉が詰まる。

 人生は選択と後悔の連続だ。俺たちはそれをもう身にしみて体験している。。

 あの時、俺たちがもう少し早く家に帰っていれば。せめて、あの時の妖精の顔を見ていたら。

 血まみれの食卓と、その上を無残に散らばり血を吸った料理。その記憶が頭によぎって、発狂しかける。

 どのみち、あの時はどうにもできなかっただろう。下手をすると、俺たちまで殺されていたかもしれない。

 だけど、いまは違う。いまは救う手段がある。俺たちはそれを選択できる。

 あいつは飛田さんの親友らしいから。きっと、なにかあれば悲しい顔をするだろう。

 だから。

「……わかった。行けよ」

『やっぱりユキくんは優しいな』

「気持ち悪いこと言うな。早く済ませてすぐ妖精の方に向かうぞ」

『はいよ』

 エンジンが鈍い唸りを上げて、バイクが走りだす。重量を持ったような圧で当たる風を全身に受けて、走る速度を上げていく。

 きっとこの行いが報われることはない。そんなことは分かっている。それでも、俺はきっとこんな無駄足をやめられないのだろう。

 言葉に出さず、そう思った。




 妖精の飛び立った近辺を探している途中で、鞄が落ちているのを発見した。

「ごめん、兄貴。ここで一旦止めてくれ」

 そばにバイクを停めてバイザーを上げて、すぐさま鞄の中身を開けて確かめる。

『ユキくん、他人の鞄を軽率に漁るのはどうかと思うな』

「うるせえな。どのみち落とし物には違いないし、誰のか確かめるんだよ――」中に入ったノートの名前を見る。「……やっぱり、あいつのだ」

『それで、本人はどこへ?』

「血痕も襲われた傷もないし、妖精を見て鞄だけ捨てて逃げたか、あるいは……」

 もうひとつの可能性。あいつ自身が、あの妖精になってしまったということ。

 妖精の生まれる基準が、いまだに分からない。どういった規模で宿っているのか、どういう条件で覚醒するのか、どのタイミングで具現化するのか。

 もしあいつの逃げた先でなんらかが起きて、妖精が覚醒したならば。俺たちは知り合いと分かっていながら実質それを殺すことになる。

「いや……多分、逃げて家に帰ったんだろ。とりあえず、鞄は預かっておくか」

『ユキくん……?』

「なんだよ。行くぞ」

 鞄を背負ってバイクに乗り、バイザーを下ろす。発進しはじめたところで、黒い影が急に飛び出してすぐに急停止させる。

『危ねッ――』

「……お前!」

 柄に歯車のついたステッキを持つ、全身に黒い外套を纏ったフードの女。この前、俺たちを突然襲ったあいつだ。

 しかしなぜ、こんなところにいる。前回ならともかく、今回はマキナ・シャイン関連ではないはず。

 もしかしたら、目的はマキナ・シャインじゃなく、妖精の方だったのかもしれない。しかし、だとすればどうして今ここにいる?

『なんのつもり? まさか、人間態の僕たちを襲おうなんて――』

「あの子をヒーローにするために、あなたたちに協力してほしいことがあります」

 緊迫した空間に、バイクのエンジン音だけが支配する。

 妖精を感知するレーダーを持った兄貴のデバイスを確かめても、妖精の反応は見られない。やはり、ただ者じゃない。

 このまま強行突破するか。いや、前回太刀打ちできなかった相手に、策もなしに立ち向かうことはリスクがあまりに剣呑すぎる。

『どうする、ユキくん?』

「そっちで呼ぶんじゃねえ。つっても、遅いだろうがな」

『……ダイヤ、どうする?』

「ただで通してくれる気がしないし、せっかくだから聞こうじゃねえか。俺たちを散々ボコしたこいつの言う、頼みってやつをな」

 バイクのエンジンを切って、俺たちは降りる。

 俺たちにはこの状況をどうにもできない。そして、きっとこのことをのちに後悔するのかもしれない。

 後悔しつづけること。それが宿命なのだと、そう思った。

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