支配者登場

「おやおや、ずいぶん殺気立っているね」


まさに一触即発の時、おだやかな男性の声が、倉庫に響き渡った。


倉庫の入り口に、6人ほどの大人がいた。


大人だと分かったのは、全員スーツを着ているからだ。


真ん中にいた男性が、一歩前に進む。


「美夜の生徒として、素晴らしいことだとは思うけどね」


その男性を見て、わたしは正義くんの後ろに隠れた。


「ひっひなさん?」


「ちょっと隠れさせて!」


小声で言って、目線を男性に向ける。


「四獣神のことについては、私を通してもらわないと困るな」


おだやかな中にも、威厳が含まれている。

わたし以外の全員の気が、その男性から発せられる気迫に押されていた。


「理事長…!」


「何でここに…」


青城先輩と朱李ちゃんが、呆然と男性を見た。


「うん、ちょっと気になる報告を受けてね」


男性は微笑みながらも、目が笑っていない。


男性が歩き出すと、目の前にいる生徒達は道を開ける。


真っ直ぐに進み、正義くんと白雨の前で立ち止まった。


白雨の顔色は、すでに白い。


「あっ、ああっ…!」


…どうやら理事長の威厳は、かなりスゴイらしい。


恐怖が魂にまで、浸透しているのが分かる。


「四獣神は私が作ったものだ。勝手に変えられては、困るよ。白虎」


「うっ…。は…い」


白雨は膝から崩れ落ちた。


「そして玄武」


「…はい」


玄武を見る理事長の眼は、とんでもなく冷たい。


「キミ、いつからウチの娘と付き合っているんだい?」


「……はい?」


拍子抜けした正義くんの声。顔もきっと拍子抜けしているだろうな。


「このコのことだよ」


正義くんの脇から、私の腕を掴み、出した。


「わっ! 父さん、乱暴!」


「どういうことかな? ひな、いつから彼氏ができた?」


いつもは激甘な父さんだけど、今はわたしでも怖い…。


「えっ…。ひなさん、理事長を『父さん』って…」


わたしは頬をふくらませ、横を向いた。


「…月花星雪

ほしゆき

。この美夜の理事長は、わたしの実父で、龍星会の次期後継者よ」


「へっ…えええええっ!」


全員が、ぎょっと後ずさった。


「あっ! 黄龍の制度を作ったのって…」


「理事長だったわよね!?」


青城先輩と朱李ちゃんが、お互いを見ながら言った。


「理事長に一人娘がいることは聞いていましたが…」


「そう言えばさっき月花が言ってたな…」


呆然としながらも、翠麻と芙蓉が呟いた。


黄龍のこと、そしてこの美夜学院をわたしの為に作った父は、今や鬼の形相になっていた。


…だから正義くんのことは、秘密にしときたかったのに。


「おっお母さんにはもう報告したわよ」


「何っ!? 母さんは知っているのか?」


「うん。『良かったわね』って、喜んでくれたもの」


今まで実家のせいで、彼氏を作らなかったわたしを、お母さんは心配してくれていた。


だから正義くんのことを言った時、スゴク喜んでくれた。


「母さんっ! ヒドイじゃないか! 私だけ邪魔者扱いして!」


…ここにはいないお母さんに、文句言うなよ。


「母は娘の味方をするものよ。だから正義くんに何かしたら、わたしだけじゃなくて、お母さんも敵に回すことになるからね」


「んがっ!?」


父さんはショックを受け、その場に膝を付いて、おいおい泣き出した。


…お母さんにベタ惚れだからな、父さんは。

「陽菜子さま!」


「陽菜子お嬢様、ご無事ですか?」


父の後ろに控えていた5人が、わたしに声をかける。


「あっ…」


隣の正義くんが、小さく驚く。


「先代の四獣神…」


「はい、先代の四獣神は今、社長の元で修行中なんですよ」


父さんの秘書の中川

なかがわ

はるか

さんが、優しく正義くんに伝える。


柔らかな物腰と、丁寧な言葉遣いをする中川さんは、男の人なのに…老若男女にモテる。


「まったく…。相変わらず短絡的な考えだな。マサ」


「柊センパイ…」


冬丘

ふゆおか

ひいらぎ

さんが、正義くんの頭を優しく撫でた。


背が高く、モデルのようにカッコ良い男の人。


「しかも陽菜子お嬢様をオとすなんて、やるなぁ。さすがオレの後継者!」


「ははっ。柊の弟子バカは相変わらずだなぁ」


そう言いながら、白雨に近寄った男は秋観

あきみ

紅葉

こうよう

さん。


…ちょっとワルイ感じのする人だけど、容姿だけならカッコ良いと思う。


……中身はヤバイけど。


「それに比べてコッチはダメだな。白雨、お前調子付くクセ、やめろっつったよな?」


笑いながら、白雨の頭を踏み付ける。


「うぐっ…! すっスンマセン!」


…やっぱり相変わらず、ヤバイ人だ。


笑顔で人を踏み付けるんだから。


「弟子の不始末は、師匠の不始末。お前の育て方が悪いのだよ」


「うっせーよ。夏目

なつめ


秋観さんが睨み付けた相手は、夏目

なつめ

赤杜

せきと

さん。


涼しげな雰囲気を持つ、和風の男性だ。


わたしに礼をすると、朱李ちゃんの方に向かって行った。


「久し振りですね、朱李。陽菜子さまの危機に駆け付けるとは、さすが私の弟子です」


「はっはい! 当然のことをしたまでです!」


朱李ちゃんは背筋を伸ばし、上ずった声で言った。


…どうやら夏目さんの厳しさが、精神的にも染み付いているらしい。


「まっ、こっちもこっちで、大変だったみたいですねぇ。松本」


「はあ…。しかし師匠、どうしてこちらへ?」


青城先輩に声をかけたのは、春市

はるいち

桜香

おうか

さん。


少し女っぽい人だが、怒るとメッチャ怖い★


だからか、青城先輩の顔色も心なしか悪い。


「部下から報告がありまして。四獣神の問題ならば、オレ等も関係ありますからねぇ。大至急、理事長とふっ飛んで来てみたらまあ…」


春市さんは周囲を見回し、苦笑した。


先代四獣神には、さすがの現役の四獣神も頭が上がらないみたいだ。


「ひなお嬢」


秋観さんが声をかけてきたので、わたしはそっちを見た。


…白雨は相変わらず踏まれたままだ。


「このたびは弟子が不始末をして、本当に悪かった。白雨はオレが直々に鍛え直すから、今回のこと、水に流してくんねーかな?」


「それが陽菜子お嬢様に謝罪する態度ですか? しかも厚かましく、要求まで押し付けて」


「夏目クンの言う通りですよ、秋観。もうちょっと、誠意を見せたらどうです?」


夏目さんと春市さんが、呆れた視線を秋観さんに向けた。


「誠意? 誠意って、コレか?」


足元の白雨を見下ろすと、ニヤっと笑った。


あっ、コレはヤバイ!


と思った瞬間、


ドカッ ゲシッ


「うごっ」


白雨を蹴り始めた。


顔や腹、足も満遍なく。


「止めて! 冬丘さん!」


わたしの声に、近くにいた冬丘さんはすぐに秋観さんを羽交い絞めにした。


「やめろ、紅葉。お嬢様が引いてる」


「おっと…。お嬢の目には悪かったか」


そう言って嫌な笑みをわたしに向ける。


…相変わらずイヤなヤツ。


今年の春、はじめて顔を合わせた時から、イヤなカンジがしていた。


…こんなのの弟子をしていた白雨を、少し同情する。


「…分かったわよ。白雨は秋観さん、あなたがもう一度教育し直すってことで、今回の件は目をつぶるわ。でも同じことを繰り返すようなら…」


「その時の処分も、オレがやるさ」


「はぁ…」


わたしは深く息を吐いて、渋々頷いた。


「なら、そう言う事で。現役四獣神達も良いわね?」


「月花が言うなら、オレは良いぜ」


「陽菜子さんがそう言うなら…」


青城先輩と朱李ちゃんは了解してくれた。


白雨は…選択権は無いだろう。


最後に正義くんを見ると、彼は複雑そうな顔をしていた。

「マサ、陽菜子お嬢様のお願いだぞ?」


冬丘さんがそう言うと、正義くんの体がびくっと動いた。


そしてため息をつき、わたしの目を真っ直ぐに見た。


「…分かった。ひなさんの言う通りに」


「ありがと!」


ほっと胸を撫で下ろし、わたしは父さんに視線を向けた。


「いつまで拗ねてんのよ! 父さん! 騒ぎは終わりよ! とっととしめて、家に帰るわよ! お母さんが帰りを待っているんだから!」


「おっ! そうだった」


…お母さんに関することだと、復活が早いな。


「それじゃこの場にいる全員、解散ということで。四獣神は後日、集まるように!」


その一声で、場の空気が変わった。


倉庫から人が去っていく中、父さんは正義くんを睨み付けた。


「―キミには特に、聞く話が多そうだ」


「はっはい…」


「父さんったら」


後でお母さんに言ってやる!


「さて、ひな。お前も今日は父さんと帰るんだ」


「えっ!?」


「そうした方がいいよ。ひなさん」


正義くんが弱々しい笑みで言ってきた。


翠麻と芙蓉が、正義くんの元に駆け寄ってきた。


「月花さん、今回は本当に申し訳ありませんでした!」


「すまん!」


2人はそろって頭を下げた。


「あなたのことをあえて視界に入れないようにすることが、巻き込まずに済ませる最善の方法だと考えていました。けど…」


「こうしてアンタを巻き込んでしまったのは、他でもないオレらの甘さだ。黄龍として、処罰を与えてくれ」


「あ~…もう良いわよ。あなた達の玄武への忠誠心は良く分かったし」


わたしは苦笑しながら、正義くんを見た。


「彼のことを大事に思う気持ち、わたしも良くわかるから」


「ひなさん…」


「だから、今回は勉強になったと思いなさい。まっ、わたしだったから良かったんだけどね。この後、同じようなことにならないように、精進しなさい」


「はい」


「分かった」

青い顔で頷く2人を、冬丘さんが後ろから頭を撫でた。


「まっ、この2人のことはオレに任せてくれ。陽菜子お嬢様はこのまま社長と帰った方が良い」


「分かったわ。それじゃ、正義くん。落ちついたら、連絡してね?」


「もちろん! ちょっと時間がかかると思うけど、必ず連絡するから!」


「うん、待ってる」


手を握って、すぐに放した。


…さすがにこんなに多くの人の前で、キスするワケにはいかないから。


「じゃあね!」


「うん、また!」



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