四獣神と黄龍

翠麻達も何人かの手下を連れて来た。





でも青城先輩や朱李ちゃんの姿を見つけ、周囲の状況を見て、眼を丸くした。





「青竜に朱雀…! 何故あなた方が…」





「頼りねー忠臣だな。翠麻、芙蓉」





「何で陽菜子さんに警護を付けなかったのよ!」





「彼女をヘタに目立たせるわけにはいかなかったもので…。でも何であなた達は…」





「まっ、妙な縁でな」





「陽菜子さんには恩があるのよ。ここで返さなきゃ、朱雀の名が泣くわ」





う~ん。朱李ちゃんは凛々しいなぁ。





あのクレープ屋の前にいた子とは思えないぐらい、カッコ良い。





…って、胸きゅんしてる場合じゃなかった。





「おいおい。お前らのボスはどうした?」





「…彼をあなたの前に出させるわけにはいきません」





「だが彼女は返してもらうぞ」





翠麻と芙蓉が前に出てくる。





「勘違いすんじゃねーぞ」





首元にひんやりした物が当てられた。





…マズッた、パート2。





ナイフの刃が、当てられていた。





「やめなさいっ!」





「おいっ!」





翠麻と芙蓉がぎょっとして、足を止める。





「玄武を呼び出せ。じゃなきゃ、話になんねーだろうが」





ゆっくりとわたしの背後に回り、刃をアゴに乗せて顔を上げさせられる。


「やめろっ! 白虎っ!」





「っ!」





…聞きたい声が、耳に飛び込んでいた。





倉庫内に手下を引き連れて、彼が…正義くんが来た。





「正義、くん…」





来てくれたことに、心の底から安堵した。





…本当は期待していた。





来てくれることに。





でも来てくれないことも、願った。





彼が傷付く姿は、絶対に見たくなかったから。





思わず体の力がゆるんで、泣きそうになる。





「おっと。フラつくほど、驚いたか?」





揺らいだ体を、白雨が後ろから抱き締めた。





「離れろ! 白虎っ! オレに用事があるんじゃなかったのか!」





「ああ、そうそう。白虎、俺は平和主義者なんだ」





「ふざけたことを抜かすな! ひなさんを人質にしてっ…! ぜってー許さねぇからな!」





「おーおー。彼女が絡むと、また人が変わるなぁ」





…それは同感。





「夜上クン、どうしてここへ…」





「夜上さん、てっきり帰ったのかと…」





翠麻と芙蓉が呆然と正義くんを見た。





「手下の1人が、白虎が他校の女子生徒を学校内に連れて来たって聞いて、まさかと思って戻って来てみたらっ…! くそっ、2人とも、後で落とし前はつけてもらうぞ!」





「…分かってますよ」





「承知しました」


「おーい、そろそろ俺の話、聞いてもらえるか?」





「何だ、白虎」





「彼女を返す条件はたった一つだ。玄武、お前、俺に服従しろよ」





ぞわっ!





全身に鳥肌が立った。





今、コイツ、何て…。





「何だと?」





「1年生が2年生に服従するなんて、当たり前の話だろ?」





「同じ四獣神には関係ないことだろ?」





正義くんをはじめ、他の人達も眼を丸くした。





「それが気に食わない。と言うより、俺はお前が気に食わないんだよ」





正義くんは目を細め、白雨を睨み付けた。





「てめぇは前からオレのこと、キライだったな」





「ああ、大ッキライだったさ。ただの庶民上がりが、生意気にも俺と同等の立場だってのが、な」





「庶民って…」





わたしは思わず白雨を見上げた。





「玄武だけ、庶民出なんだよ。玄武と朱雀は元々ヤクザ関連の血筋だ。俺は裏世界の一族だしな。だが、玄武だけだ」





白雨は殺意を込めた視線を、正義くんに向けた。





「玄武だけ、一般民なんだよ。そんなの許せることか? 今まで四獣神は血で固められてきた。なのに勢いだけで、コイツは玄武になっちまったんだよ」





「…いいことじゃない。美夜の学生に求められることは、強さだけで、血ではないわ」





「分かっちゃいねーな。月花ちゃんはよ」





白雨は首を横に振った。





「血も掟も、守ってこその結束だ。雑種が入っちゃ、腐るんだよ」


雑種って…犬や猫の血統と、同じか、ヤクザは。





…ある意味、同じか。





「だから玄武が下についたって、誰も文句なんて言わねーよ」





「あるな。てめぇの力が増えることを、好ましく思わねーのが、ここに1人」





「同じく」





青城先輩と朱李は2人、手を上げた。





「…同数の多数決の場合、どうするの?」





「同数とは決まっちゃいねーだろ? 玄武の返事次第だ」





再び首に刃が当てられる。





ちょっとでも動けば、血が出るな。





「っ! やめろ! ひなさんは関係ないだろう!」





「ひなさん、ね。ずいぶんと愛されてること」





「相思相愛だからね」





わたしと白雨は軽口をたたき合いながらも、お互い緊張を解かない。





「で、どーするよ、玄武。多数決だと、お前の意見次第なんだけど?」





「くっ…!」





ぎりっと歯噛みする正義くんを、翠麻と芙蓉達は心配そうに見ている。





彼の返答次第では、翠麻達の立場も変わる。





このままじゃ…!





「ラチがあかねーな。…こっち来いよ、玄武」





白雨の言葉に、正義くんは大人しく従う。





わたし達の距離が1メートルの所で、彼は止まった。





「服従の証に、靴に口付けしてもらおうか」





「「なっ!」」





わたしと正義くんの声が重なった。


「立会人が大勢いるほうが良いだろう? そしたら月花ちゃんにはもう二度と会わないことを、俺も誓うさ」





立会人…!





青竜に朱雀、2人の手下達。





そして玄武の手下も大勢ここに集結している。





ここで正義くんが忠誠を誓えば、本当に二度と…!





「…正義くん。いいから、わたしのこと、見捨てても」





わたしは静かに、彼の眼を真っ直ぐに見ながら言った。





「ひなさんっ…!」





「わたし一人の為に、美夜の伝統を崩すことは無いわ。四獣神の玄武たるもの、時には守る為に切り捨てることも大切よ」





「お~、言うねぇ。月花ちゃんは」





わたしを抱き締める手に、力が込められる。





「うぐっ」





「でも余計なことは言わないほうが、身の為だぜ?」





「よせっ! …分かったから」





正義くんは唇を噛み、膝を付いた。





「っ! 夜上クンっ!」





「夜上さん、やめてください!」





翠麻と芙蓉が血相を変える。





「悪いな、みんな…」





「さすが玄武。かしこい選択だぜ」





そう言って白雨は足を出した。





正義くんは悔しそうに頭を下げた。





「へっ。やっぱ玄武なんて、大したヤツじゃねーな」





…白雨のその言葉に、わたしの中で何かが音を立てて切れた。



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