垣間見える不穏な空気

わたしは腕時計を見た。


学校が終わってすぐ出てきたけれど、ちょっと時間が遅い。


委員会やら部活やらをこなした後では、どんなに急いでもこの時間になってしまう。


家には父さんとお母さんが待っていてくれる。


そう思うだけで、自然と足が速くなった。


けれど…人通りの少ない道に入ったところで、気付いた。


―尾行されてる。


気配は…二人分だ。


実家が実家なだけに、幼い頃からこういう状況に慣れていた。


対処法もだ。


わたしは角を曲がるとすぐ、誰の家かとも分からない塀を飛び越えた。


そして身を屈め、気配を抑える。


「…あれ? 見失ってしまいましたか?」


「おかしいな…」


声は若いな。


塀は少しボロかった。


おかげで穴から道路側が見える。


こっそり見ると、制服を着た男子生徒が二人、辺りをキョロキョロと見ていた。


あの制服は…見覚えがある。


この地域はヤクザの力が濃く、警察さえも何もできないぐらいの力を持つ。


そのヤクザが経営の一部として、学校を作った。


よりにもよって、小等部から高等部までのエスカレーター式。


入学資格はとにかく、力があればいい。


それだけで学費免除で、卒業は単位制なんだから、ここらの不良は喜んで入学する。


その高等部の制服を着ているのが、尾行してきた学生だ。


わたしの学生生活の中では、全くと言って良いほど縁が無い。


なのに彼らは何故…。


「おかしいですね…。気配はあるのですが」


ゲッ!


わたしの気配が読まれてる!?


ありえない…! プロにさえ、滅多に悟られないのに!


悟ったのはメガネをかけて、制服をキチンと着こなしている学生だ。


「う~ん…」


「おい、どうする?」


「そうですね。もうきっぱりと腹を割った方が良いのかもしれません」


丁寧語を使うメガネの学生と、もう一人。


2メートル近くある高い身長と、ガッシリした体つき。そして体のいたる所にアクセサリーを着けた、いかにもといった学生。


「すみません。月花陽菜子さん、いらっしゃるんでしょう? 出て来てもらえませんか? お話があります」


!?


わたしの名前を知っている?


…どうする? 


お父さんに連絡すべきか…。


いや、でも逆に騒ぎを大きくするだけかも…。


「ボクの名前は翠麻

すいま

藤矢

とうや

と申します。私立美夜

みや

学院・高等部2年です」


やっぱり!


私立美夜学院・高等部の生徒だったか…。


翠麻藤矢は隣にいる学生に目配せをした。


「…同じく私立美夜学院・高等部3年。芙蓉

ふよう

かえで


二人は名乗った。


「―自己紹介は以上です。あなたに折り入ってお話したいことがあります。出てきてはくれませんか?」


このままじゃ…名前を連呼されかねないな。


わたしはため息をついて、塀を再び飛び越えた。


「うおっ」


「わっ!」


芙蓉楓と翠麻藤矢は突然現れたわたしに、目を丸くした。


「―こんにちは。はじめまして。私立光輪学院・高等部2年の月花陽菜子です」


わたしは服装と髪を直しながら言った。


「わたしに何のご用? 美夜の人に呼び出されるいわれは無かったと思うけど…」


「アンタには無くても、俺達にはあるんだよ!」


「やめなさい、楓。すみませんね、月花さん。ちょっとお時間、よろしいですか?」


彼の案内で、街中のファーストフードに入った。


学生が多くいる中、彼等の制服は目立っていた。


…いろんな意味で。


「突然呼び出してすみません。すぐに済ませますので」


「ええ、それで内容は?」


「実はあなたの身に、危険が迫っていることをお知らせにきました」


「…はい?」


わたしはしばし考え…。


「美夜の人に、ケンカを売った覚えは無いんですけど…」


「ええ、あなたは、ね」


翠麻藤矢は意味ありげに笑った。


「あなたではなく…その、夜上正義くん絡みです」


思わぬ名前に、わたしは目を丸くした。


「彼がっ…美夜の人とトラブルでも?」


「まあそんなところです」


翠麻は苦笑いした。


「彼とボク等は古い付き合いでしてね。それで彼が今、複雑な立場にいることを知っているんです。なので彼女であるあなたにも、直接的では無いにしろ、危険があるのではと思い、忠告しに参りました」


正義くんが、美夜の人と友人だったなんて…。


…いや、でも深くは知ろうとしないことが、恋人になる為の条件だったんだ。


黙っていられても、コレは仕方無い。


わたしにだって…。


「それでですね、月花さん」


「あっ、はい」


「大変ショックを受けていらしているとは思いますが…。こちらの話をちょっと真面目に聞いてくださいますか?」


「ちゃんと真面目に聞いています!」


「あっ、すみません。そういう意味ではなく…」


「はっきり言ってやったらどうだ? 藤矢」


今まで黙っていた芙蓉が、重々しく口を開いた。


「夜上さんは今、身動きがしにくい状態なんだ。そんな中で、アンタがチョロチョロしてたら邪魔なんだよ」


「…別れろという話なら、聞かないわよ。両思いだもの。そのぐらいで揺らぐ心じゃないの」


わたしは二人の言おうとしていることを悟り、睨み付けた。


「やっぱりそう言いますか」


翠麻は予想していたという顔をした。


「まあ…ボク等も夜上クンがはじめて愛した人と別れさせることは本意ではありません。ですが今は、控えてくれませんか?」


「…会うことを?」


「できれば」


翠麻は苦笑して、肩を竦めた。


「こう言ってはなんですが、夜上クン一人ならばボク等がいますから、問題は無いに等しい。ですがあなたまでいるとなると、話は別です」


「女一人加えただけで傾くような状態ならば、わたしは正義くんの方が心配だわ」


「何だと!」


芙蓉が机を叩いて立ち上がったものだから、周囲にいた人達が一斉に沈黙し、こちらを見た。


「芙蓉、やめなさい。ボク等はあくまで説得しに来たんです。それに素直に頷かないことは、想定済みのはずです」


「だけどこのアマっ!」


「やめなさい」


あくまでも静かな翠麻の声。


芙蓉は顔を真っ赤にしながらも、再び席に座る。


「すみません、月花さん。あなたの言うことはもっともです」


翠麻は頭を下げてきた。


「ですがボク等は彼を全力で守りたいんです。余計なことには気を取られずに」


翠麻の目と言葉に、鋭さが宿った。


「ですから、お願いします。一時でいいんです。問題が解決するまで、彼には会わないでください」


そう言って翠麻は頭を下げてきて…続いて芙蓉も渋々といった表情で、頭を下げた。


「………」


わたしは黙ってケータイを握り締めた。


開けば彼の安らかな寝顔が見える。


なのに今は…遠く感じる。


「…問題が片付けば、連絡してくれる?」


わたしの声に、二人は驚いて顔を上げた。


「聞き入れて…もらえるんですか?」

「本当に一時ならね。…翠麻くん、あなたのケータイナンバー、教えて」


「はっはい! もちろん!」


翠麻の表情に喜びの色が差した。


そしてケータイナンバーを交換して、わたし達は店を出た。


「今日はお時間をとらせてしまい、本当にすみませんでした」


「…問題は一刻も早く片付ける。アンタはそれまで大人しくしててくれ」


二人はもう一度わたしに頭を下げて、街の中に歩いて行った。


わたしはふらっ…と歩き出した。


…美夜が出てくるのだから、一般人であるわたしは関わらない方が良いのだろう。


そう、わたしは一般人なんだから…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る