とんだ変態野郎

 僕が産れたのは、お世辞にも幸せな家庭じゃなかった。

 父親はロクに働かず毎日ギャンブルで大負けし、酒を浴びるように飲むようなクズ野郎だった。手をあげることはしなかったが、それでも父親らしい父親じゃあなかったよ。

 ……だけど、母さんは違った。


 僕の母さんは、あのクズの代わりに朝から晩まで働き家計を支えていた。僕はそんな母さんを可哀そうに思っていたよ。「なんでこの人は、こんなクズと一緒にいなきゃいけないんだ」ってな。だから僕はあるとき聞いたのさ。「どうして母さんはこんな男といるの?」と。そしたら母さんはこう言った。「あの人は私がいないとダメだ」とな。


 いま思えば、母さんも「あの男のために」って理由が無けりゃ生きる意味を見出せない、弱い人間だったんだろう。だけど僕はそれが嫌だった。せめてこれ以上、母さんが苦労しないことを祈っていた。……だが、そうはならなかった。

 あのクズな父親は……やりやがった。自分の酒やらギャンブルに使う金欲しさに、売り出したんだ。……僕の母さんを。


 あのクズは、僕の母さんの身体を売り出したんだ。全く知らない男共に抱かせた。

 当時の僕は何をやっているのか分からなかったよ。休日にいきなり知らない男が現れて、母さんと一緒に部屋に入って行く。なにかしているのは分かったけど、なにをしているのかまではわからなかった。ただ、絶対に良いことではないと分かったさ。だけど僕はなにもできなかった。怖かった。怖くて耳を塞いで、それが終わるまで部屋で黙っていた。

 そしてある日。……誠。お前の父親が現れた。

 お前の父親はあのクズに多額の金を払い、母さんを買った。毎日のように僕の家を訪れ母さんを買ったんだ。


「それで。この男は何をしたと思う?」

 

 ユーリは顔上げ、誠を睨む。

 だが誠は、ユーリから聞かされた話を信じられず、カタカタと震えるばかりだった。


「ああ、安心しろ誠。お前の父親は、僕の母さんを抱くようなことはしていないさ。そういう意味では他の客とは違った。クズ親父も金払いも良いって言っていた。だけど……」


 と、ユーリはギロリと昇を睨み付ける。


「だけど……この男は極度の変態だった。母さんにやったのは変態プレイだった! どんな性癖の持ち主であっても引くような変態野郎だった! それを僕はたまたま見てしまったのさ! 分かるか誠! そのプレイの内容が!」


「やっ 止めてくれぇい!」


 突如声を上げたのは天道昇。半狂乱で首をブンブン振り回した。


「やめるんだユーリっ。それだけは言わないでくれぇ。せめて、息子の前ではやめてくれぇ! そんなことを言われたら私は……私の父としての尊厳が――」

「誰が止めてやるか! これが俺の復讐なん――」

「ああああああああああ! 聞くなあああああああああ! 誠おおおおおおおおお! 聞くなあああああ! 聞くんんじゃなああああああい! うわああああああああああ」

「やかましい! この変態野郎!」


 グニュッ! ユーリは昇の乳首を、服の上から捻り上げた。


「ふんぎぃ!」


 ユーリは犬歯をむき出し、


「聞け! 誠! この男がやってのは!」


 憎悪の目を滾らせ、


「母さんの母乳を吸う赤ちゃんプレイだったんだよぉぉぉぉぉ!」


 ユーリの声が家中に響き渡る。直後、耳が痛くなるほどにシンと静まり返った。


「……赤ちゃん……プレイ」


 誠は眼を見開き、信じられないものを見るような眼を昇に向けた。


「そうだ。赤ちゃんプレイだ。僕のクズ親父に多額の金を払い、僕の母さんの母乳を吸う。部屋からよく聞こえてきたさ、バブッ、バブバブッ、ってな! 気が狂いそうになったわ! そして母乳を吸う時には誠! これだ!」


 ユーリがバッと突き出した腕が持つは、あの仮面。


「この仮面! この乳仮面で母さんの顔を隠し、大量の母乳を吸っていたのさ! 赤ちゃんプレイ+搾乳プレイ+顔隠しプレイの変態役満。AAAクラスの変態なんだよ、天道昇という男は!」

「うっ……うわあ。うわああああ。うわあああああああ!」


 誠は声を上げ、父である昇に恐怖の目を向けた。


「どうしてなんですか 父さん! どうしてそんなことを!」


 すると、昇は大きく首を振った。


「違うんだ誠! あの仮面を使うと、なぜだか大量に母乳が出るんだ。でも、違う! こうするしかなかったんだ! 私は私の性癖を押さえられなくて仕方なく――」

「それ以上言わないでください! 普通に母乳を吸うならいざしらず、赤ちゃんプレイで母乳を吸うなんてただの変態じゃないか!」


 誠は「ううっ」と唸り地面に膝を付く。

 ――まさか父さんがそんなことをっ。ちくしょう! ちくちょう! 父さんのことを尊敬していたのにっ!


「そしてだ」と、ユーリが叫んだ。

「教えてやる誠。その後、あのクソ親父は飲み屋街の喧嘩で死んだ。母さんも後を追うようにして亡くなった! 死因は過労死だって判定されてなぁ! そりゃそうだろうよ! この変態の相手をすれば死ぬほど疲れるわ! そして誠。僕はぁ!」


 ユーリが昇の乳首を強く握った。


「僕はこの家に引き取られた。そして数年後、たまたまこの家の蔵で乳仮面を発見し、天道昇があのときの変態野郎だと知った。そして決心したのさ。この男に……いや、この天道家という変態の血を引く人間共に復讐してやろうってな」

「そっ、そんな! それじゃあ今日の食事会を提案したのは――」

「そうだ。復讐を果たすための僕の各策だ! 僕と同じ気分をこの男に味合わせるために、眼の前で、息子のおっぱいを搾乳してやるのだ! そして、その息子の眼の前でも、ソイツが一番大切に思っているヤツのおっぱいを吸ってやろうと思ってな! だからだ! だから今日ここに食事会と偽って! 昇と! 小鷹と! お前を集めたんだよ! 誠!」


 瞬間、誠は今までのユーリの行動の意図を理解した。

 ――復讐。父さんへの復讐。そのために、今日の食事会は仕組まれた。それらしい理由を見繕い、天道昇と小鷹結衣と、そして天道誠が一同に会する場所を作り出した。

 ユーリが「それで、だ」と不適な笑みを浮かべる。


「誠。お前は大人しく、僕におっぱいを吸われろ。それがこの男に対する復讐だ。ただし……」


 と、ユーリは言葉を区切る。


「その前にまずは、お前の眼の前で、僕が小鷹結衣のおっぱいを吸ってやる。そうすれば、この男は二十に意味で苦しむことになる。さあ、誠。胸元をはだけさせ、乳首を突き出し、僕の元まで来い! 抵抗する力を吸い取ってくれるわ!」

「そっ。そんなこと……っ」


 誠は鎖に両腕を吊るされている結衣と昇に視線をやった。

 ユーリの復讐の動機。その話が本当であるなら理解できてしまう。父さんに対する憎悪。たしかにユーリには、父さんに対する復讐の権利があるかもしれない。だけど……だけどっ!

 誠は結衣をジッと見つめ、歯を食いしばった。


「ユーリ……それは、できない」

「なに?」


 ユーリが誠を睨み付ける。だが誠は眼を逸らさず睨み返し、右手で結衣を指差した。


「それはできないと言っているんだ! ユーリ! 父さんだけならいざ知らす、僕と、そして結衣が君の復讐の対象になるのはおかしい! それに!」


 誠は両手の拳を握りしめた。


「僕は……結衣を愛している。だから、君に結衣のおっぱいを吸わせるわけにはいかないんだ!」


 誠はスッと腰を落とし前傾姿勢を取る。


「僕は愛する人のおっぱいを守るためなら、君と戦う! 父さんがどうとかじゃない! 君が結衣のおっぱいを吸うなんて許せないから闘うんだ! ユーリィ!」


 すると、ユーリの口が薄く引かれた。


「……そうか。大人しくおっぱいを吸われる気はない……か。だが、分かっていたさ誠。お前はそういう人間だってことはなぁ! だから僕はお前を倒し、無理矢理おっぱいを吸ってやるさ! 誠」


 ユーリは犬歯を覗かせ、今も誠に飛びかからん勢いの表情になった。だが、そんなユーリを見た誠は首を横に振る。


「よせ、よすんだ。ユーリ。僕は特別な力を持っている。そしてこれは、人間にも有効だ。母乳を撒き散らかしながら地面をのたうち回ることになるぞっ」

「はっ! 知っているさそんなことは。君は気付いていなかっただろうが、僕は君が吸乳鬼と戦う姿を何度も観察している。あの力と生身の人間が対等に戦うことは不可能だ」

「ならっ!」

「だから。人間でなくなればいい。そうだろ? 誠」


 と、ユーリは右手に持った乳仮面を高らかに掲げた。

 瞬間、誠は慄き顔を強張らせる。


「まっ、まさかユーリっ。よせ! そんなことをすれば、母乳を吸いたくてたまらなく――」

「僕は母乳を貪る吸乳鬼なる! 復讐のために!」


 その瞬間、誠は駆け出した。ユーリがあの仮面を使う前に、先んじて打ち倒す!

 しかしそのためには距離があり過ぎた。誠がユーリの元に到達する前にガコン! ユーリは自らの顔に乳仮面を押し込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る