立派なおっぱい博士

 ところが、尺取は手を掲げ「待ってくれと」と言った。


「せっかちだね。2人も。その写真をよく見てくれよ。コラージュ画像だ。よく出来ているほうだけど、すぐにわかるだろう?」


 誠とラミアは顔を見合わせる。ラミアは誠に対して「見張ってろ」と言うと、床に散らばった写真をチラリと見た。


「……誠。本当だ。尺取さだめのいう事は正しい。これは、まがい物だ」


 誠がラミアに差し出された写真を見てみれば、出来はいいが、冷静に見れば偽物だと分かる代物だった。


「合成……写真。尺取。じゃあ、君は」

「吸乳鬼じゃないよ。……だけどその写真が下駄箱に入ってたんだ。この手紙と一緒に」


 尺取が懐から四つ折りの用紙を取り出し、それを開いて誠とラミアに見せた。

 誠は、はっと眼を見開く。


「ま、まさかっ!」

「……そうだよ。誠。不味いことになった」


 尺取が持っている用紙、そこには、


『コレ以上、チチ仮面ニ、カカワルナ。オ前モソウナル』


 新聞の文字、雑誌の文字を切り抜かれて作られた、脅迫文。


「……乳仮面所持者に私の存在が知られている」

「そっ、そんな! いったい……どうして!」

「わからないさ。でも、バレた。だから今日はこうやって、乳仮面所持者を警戒して待ち合わせ場所を変えたのさ。と、そんなことよりも……」


 尺取がチラリと誠を見る。


「誠くん。君のとこには、同じものは届いているかい?」


 その尺取の言葉に、誠は首を小さく振った。


「いや。届いてないはずだ。そんなものがあれば、すぐに気が付くよ」

「だろうね。となると、私だけが乳仮面所持者に……仮に小鷹さんを犯人だと仮定すると、小鷹さんは、私だけが吸乳鬼のことを探っていると思っているってことか……よしっ」


 尺取は頷き、誠に小さく頭を下げる。


「すまない、誠くん。これからは、表立って君に協力できない。こうなってしまっては、どうしようもない。それに、自分が母乳まみれの写真を見て初めて実感したよ。誠くん相手取っているのは、こういう化物なんだって」


 誠は首をふり、尺取の肩に手を置いた。


「そ、そんなっ。謝らないでくれよ尺取。仕方ないことじゃないか!」

「そう言ってくれると助かるよ。だけどこれで、私が囮になる方法は使えなくなってしまった」

「――それは」


 誠はギュッと拳を握り込む。

 尺取を囮にできなくなった。だが、誠はその事実に少し安堵してるのも事実だ。尺取に危険な役割を押し付けなくてすむようになったのだ。だけど。


 ――ここからは尺取抜きだ。

 誠としてはそこが痛かった。頭が回り、おっぱいに詳しい尺取がいなくなってしまえば、己にできることなど限られている。


 尺取が「それで」と言って腕を組む。


「これから私と誠くんは、接触しないほうがいい。誠くんも小鷹さんに疑われるかもしれない。そうなってしまえば、もう身動きができなくなる。だから、何か聞きたいことがあるときは電話をくれ。さすがに、電話までは盗聴してないだろうし」


 尺取は懐から取り出した携帯電話を手で弄んだ。それに対し、誠が小さく頷く。


「わかった。そうするよ。でも、こうなると。これから僕ができることは……一つだけだね」


 誠は確認の意味を込め尺取を見つめると、軽く頷き返してくる。


「ああ、その通りだ。私が囮として使えなくなったいま。できることはただ一つ。吸乳鬼になった雨宮さんと土倉さんが参加していた、例の集まりについて調べるんだ」


 尺取はメモ帳にペンを走らせ、その用紙をちぎって誠に渡した。


「誠くん。次の月曜日の夜、ここに書いてある公園に行くんだ。実は大森さんは、いつ、どこでその集まりをしているか、土倉さんから聞いていたみたいなんだ。ただ、どんな内容なのかまでは知らないならしい」


 誠が手渡されたメモを見てみれば、そこには『玉城公園』という文字と共に、住所が示されていた。井ノ原町の北西に位置する、住宅地の中にある公園だ。

 誠はそのメモを大切そうに胸ポケットにしまい込んだ。


「助かるよ、尺取。だかから、これからは大人しくしておいてくれ。僕とラミアさんがいれば吸乳鬼は倒せるけど、僕たちがいないときに尺取が襲われたら、どうしようもない」

「わかっている。私はおっぱいが好きだけど、母乳まみれになるのは怖い。……それで、ラミアさん。これでいいですよね?」


 尺取が視線を向けた先には、腕を組み黙っているラミアがいる。ラミアは「うむ」と頷いた。


「わかった。いいだろう。というより、よくやってくれた尺取さだめ。私は始め、お前が半端者のおっぱい好きだと思っていたが、そうではなかったようだ」


 ラミアは尺取に対し、少しだけ微笑んだ。


「お前は立派なおっぱい博士だ。すまないな、扉を蹴破ってしまって」

「いえ、そんな。いいんですよ」


 尺取は頬を掻いた。誠はその表情に満足そう気なものを感じた。きっと、自分のおっぱいの知識が役に立ったことが嬉しかったのだろうと。

 誠は頷き、鞄を持って立ち上がる。


「それじゃあ尺取。僕たちは帰るよ。きっと、ここで一緒に会っているのも危ないんだろう?」

「そうだね、誠。それじゃあ頑張ってくれ」


 そうして誠とラミアは周囲を警戒しつつ、二年E組の教室を後にした。そのタイミングでラミアは「では、私は戻る」と言って影の中に戻っていく。


 誠はふうと息を吐く。

 廊下を進み、そのまま昇降口で靴に履き替え、校舎の外に出た。ふと、視線を上げてみれば、どんよりとしたネズミ色の雲が空に掛かっている。今にも降り出しそうな空模様だった。


 誠はその脚で、一般連棟横にある体育館へと向かう。入口から身を隠すようにして覗き込むと、女子バスケ部が練習をしている光景を目にする。そしてその集団の中に、短いツインテールを揺らし、バスケットボールを仲間にパスしている女の子を見つけた。


 ――結衣。

 ラミアさんと尺取は君が乳仮面所持者だと言うけれど…‥‥。

 誠は拳を握り込む。


 それでも僕は信じてる。君は犯人じゃないって。だから、君の潔白を証明するために、僕が君を疑うことを許してほしい。


 誠はきびつを返し、体育館を後にする。


 ポツリ、ポツリと雨が降り出した。地面を濡らす雨が、いつだか見た白濁色の液体を思いこさせた。長くじれったい、休日になりそうだ。

  

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