状況が変わった

「クロだね」

「クロだな」


 尺取しゃくとりとラミアが強い口調でそう言った。 

 放課後を迎えた心学館高校の2年E組の教室。誠は椅子に座り、対面に尺取とラミアが座っていた。

 誠と尺取が持ち帰った情報を精査した結果、その結論を尺取とラミアは弾き出したのだ。

 尺取が、土倉つちくらあやこの証明写真を指差した。


「さっきも言ったけど、吸乳鬼だった土倉さんの友達の……大森あかねさん曰く、小鷹さんと土倉さんが時々話しているのを見たことがあるって言ってた。それにね、誠くん」


 尺取は、机の上に視線を落とす誠を見定めた。


「小鷹さんと土倉さんはなにかしらの集まりに参加してた、とも大森さんは言っている。これは誠が、雨宮さんの友達の、波風なみかぜさらさんから聞いた内容と合致する。もう小鷹さんが乳仮面所持者だと言っているようなのじゃないのか?」


 誠は「うぐ」と声を詰まらせた。が、すぐに反論を展開する。


「な、なら。乳原さんの件はどう思う? 波風さんが言っていた、乳原さんも例の集まりに参加しているって話。なら、乳原さんの可能性だって……」


 しかし、その考えを聞いたラミアが溜息をついた。


「確かに大森あかねも、乳原はるかが例の集まりに参加していると証言した。そう、尺取さだめは言ったな。だかな、誠」


 ラミアは言葉を区切り、自身の乳房を揉みだした。


「誠。お前は乳原はるかのおっぱいを知っているだろう? あれが貧乳に見えるか? あの巨大なおっぱいの持ち主が、どうして貧乳の恨みを晴らすような行動をする。乳仮面所持者の行動原理から外れている」

「でも。ラミアさん。もしかしたら、乳原さんは乳パットという可能性もあります。揉んでみないことにはわかりませんが、結衣以上におっぱいが小さくて……」

「くどいぞ。誠。いい加減、眼を向けろ。小鷹結衣が、現時点で最も乳仮面所持者像に近い。それはお前も分かっているだろう?」

「――くっ」


 誠は唇を噛み、視線を卓上に向ける。

 そこにあるのは、吸乳鬼であった土倉あやこ、雨宮こころ両名の証明写真。そして、その2人の友達の、波風さらと大森あかねの証明写真。さらに、小鷹結衣の証明写真。


 判明したことは、

 雨宮こころと土倉あやこは、小鷹結衣は面識がある。

 雨宮こころと土倉あやこは、小鷹結衣と共に何かの集まり参加している。

 その集まりには乳原はるかも参加している。


 乳原はるかの名前が出てくるのかは不明だ。だが、この4人の関係を辿っていくと、小鷹結衣という人物に辿り着いてしまうのだ。


 トントン。その音に誠が顔を上げると、尺取さがめが結衣の証明写真を叩いていた。


「それで、小鷹さんが乳仮面所持者だと仮定するとして……誠くん。状況証拠的を掴むしかない。まだ決定的な証拠がないからね。だから、やるべきはただ一つ」


 誠はコクリと喉を鳴らした。尺取が何をしようとしているのか、すぐに分かる。


「つまり、乳仮面を使用している場面を押さえる……ってことだね」


 尺取が「そうさ」と頷く。


「でもね、そのためには……小鷹さんが次に吸乳鬼にしようとしている女の子を突き止めなきゃいけない。けど、それは難しいだろうね。ウチ学校にも巨乳を恨む貧乳の生徒は沢山いるだろうし」

「な、ならどうやって」


 誠の必死な顔に、尺取は肩をすくめた。結衣の証明写真を持ち上げ、それを誠に向かってスライドさせた。


「簡単な話さ。つまり、吸乳鬼にされる女の子を作ればいい。巨乳を恨む女の子を作るんだ。そして、小鷹さんに接触させる」

 その瞬間、「おい、尺取さだめ」と、ラミアがピクリと眉毛を動かした。


「それがどういう意味か分かっているのか? 吸乳鬼になったとて人間に戻してはやれるが、狂うような快感を味わうことになるのだぞ」

「ラミアさん。どういう意味ですか?」


 誠がラミアに向かって首を傾げる。するとラミアは、尺取に向かって顎を動かし「説明してやれ」と呟く。

 尺取は「つまりね」と前置きをしてからニヤリと笑った。


「つまり、私が囮になればいい。小鷹さんに接触して、アンチ巨乳論を喋る。胸は脂肪の塊。つまりデブ、なんて感じでね。そうすれば、本当に小鷹さんが乳仮面所持者なら、なんらかのアクションがあるはずだ」

「そ、そんなこと!」


 ガタン! 誠が立ち上がると、椅子が倒れけたたましい音を鳴らした。


「ダメだよ尺取! たしかに僕は結衣が無実だって信じてる! でも、認めたくないけど万が一ってことがある! それにっ!」


 誠が両手の人差し指でピッと突き立て、尺取の両胸を指差した。


「もし尺取が吸乳鬼にされてしまったら、僕が君の母乳を噴出させなくちゃあならないじゃないか! そんなのダメだ! おっぱいが可哀そうだ!」

「あれ? でも誠くん。私のおっぱいから母乳を噴出させてみたくないの? 自慢じゃないけど、けっこうエロいよ。私のおっぱい」

「尺取の母乳を吸ってみたい! 実は君と出会ったときからそう思っていたさ。でもダメだ! そんな酷いことを僕にさせないでくれ!」


 誠は尺取の肩に手を置き、懇願するような顔を向ける。すると尺取はクスっと笑った。


「さすが誠くん。おっぱいを愛してるだけのことはある。でも、これしか方法がない……って言うつもりだったんだけど……」


 と、そこで尺取が声のトーンを落とした。 


「……誠くん。状況が変わった」

「状況がって、どういう――」


 尺取は制服の懐から、葉書サイズの白い紙の束を取り出した。それを、机の上に放り投げると、乱雑にシャッフルしたトランプのよう散らばった。


「……誠くん。それを見てくれよ。そしてソレこそが、待ち合わせ場所を変更した理由だ。どこに耳があるか分からないからね」

「待ち合わせ場所? 耳……? 尺取、いったいなにを」

「いいから。話はあとだ」


 誠は、尺取の表情に有無を言わせぬものがあると感じ、卓上に散らばった白い紙の束を手を伸ばす。掴み上げてみると、それは写真であることがすぐにわかった。写真が裏面を向いていたのだ。

 誠はチラリと尺取に視線をやったあと、ゆっくりと写真の束をめくる。する、


「うっ、うわあああ! なっ、なんだこれは?!」


 その写真に写っていたのは、女の子の乳房をしゃぶる、尺取さだめの姿だった。

 その次の写真も、母乳まみれで乳房を吸う尺取の姿。その次も。その次も。その次も。その次も。その次も。その次も。母乳まみれで母乳を吸う尺取さだめが映る写真だった。


「尺取っ! まさか君は!」


 誠は飛び退き、素早く尺取と距離を取る。同時にラミアも跳躍し、机を挟んで尺取と対峙した。

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