白黒ハッキリさせようぜ

波風さら。

 目元が隠れてしまいそうなくらいに長い前髪。その為に、眼がどこを向いているかは分からない。だが、それを抜きにしても視線は地面を向いていると分かると誠は思った。

 誠は「えっと」と言いながら首を傾げる。


「ありがとう。名乗り出てくれて。でも、なんで今まで名乗り出てくれなかったの?」

「そ、それは……。天道先輩は誰から構わず無理矢理女の子の胸を吸うと聞いていたので。もしかしたら、私も襲われるのかと思って」

「そ、そんな。僕はそんなことしないよ! たしかにおっぱいも母乳も好きだけど、僕は無理矢理女の子のおっぱいを吸ったりしない! 仮に吸うとしても、最大限の敬意を払うよ!」

「そう……ですか。でも、たしかに。良い人そうだなと思ったので、こうして、名乗り出たのは確かです。えっと……それで」


 波風さらは誠に対し首を傾げた。


「そうだった。えっとね、実は雨宮さんのことで聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと‥‥…ですか?」

「そうだよ。雨宮さんが、小鷹結衣って人と一緒にいるのを見たことがある?」

「コダカ……ユイ?」

「そう、小鷹結衣だ。短いツインテールで、小柄で、とってもかわいくて、それで……」

「あの、すいません。えっと……写真とかないですか?」

「ああ、そうか。ごめんね。えっと……これだよ」


 と、誠がさらに対し、尺取から受け取った結衣の証明写真を見せた。するとさらは「ああ」と声を漏らした。


「知ってます。私がこころちゃんと話しているときに、一度だけ会いました」


 ――一度だけ会った。

 その言葉に誠はクッと息を飲んだ。それはつまり、結衣とこころの間に面識があったことを意味している。 

 だが、誠はきわめて平静を保ちながら首を傾げる。


「そうなのか。そのとき、なにか話してなかった? 例えば……おっぱいがどうとか」

「む、胸のことについて、ですか? いえ……それらしいことはなにも。あ、でも」

「なに?」


 誠が迫ると、さらは少しだけ身を強張らせた。


「えっと……公園が、なんとかって。こころちゃんとその小鷹って女の人は、なにか活動をしていたみたいです。あと‥‥‥、それから」


 と、そこでさらは言葉を気切り、何気ない顔で言った。

「乳原さんって人と一緒に」

「乳原……さん?」 


 突然出て来た人名に、誠は眼を細める。

なぜ、ここで乳原はるかの名前が出たのだろう。いったい、なんの関係があるのか。

 さらは、コクリと頷いた。


「はい。その乳原さんと……それから小鷹さんって女の人と、何か活動をしていたらしいです。でも、それくらしか知りません」

「……そっか」


 誠は顎に手を当てる。

結衣とこころは面識があった。それだけでなく、なにかしらの活動を公園でやっていたらしい。信じたくないが、もし結衣が乳仮面所持者であった場合、その活動が何かしらの意味合いを持っている可能性もある。だけど、そこに乳原めぐみの名前まで出てきた。これはどういうことが。


「あの、天道先輩」


 と、黙りこくってしまった誠を、さらが呼びかけた。


「天道先輩って……乳原さんのこと知っているんですか?」


 突如、はるかの事を聞かれ、誠は「え?」と間の向けた声を発した。


「知ってるけど……それがどうしたの?」

「いえ、先輩がさっきから胸胸胸って言ってたので思い出したんですが、乳原さんはある一部の生徒に、すごい崇拝されるじゃないですか?」

「崇拝?」


 その、崇拝という言葉が誠には引っかかった。


「ええ、崇拝です。あれ? 知りませんか? 乳原さんって、胸の小さな女の子から神様みたいに崇められているんです。なんでも、胸に関する相談を乳原さんにすると、胸が大きくなる……みたいな」

「そうなんだ。全然知らなかったよ。僕のおっぱい好きも大したことないなぁ」

「いえ、女子の間だけで言われていう噂ですから。えっと……先輩。他に聞きたことは……」


 遠慮気味なさらの呼びかけに、誠は微笑む。


「ごめんね。うん。聞きたいことは分かったから、ありがとう。とても助かったよ」

「いえ。いいんです」


誠は手持ち沙汰な気分になる。だからそろそろ切り上げようと、改めてお礼を言おうとした、そのとき


「そういえば、こころちゃんと天道先輩って、どういう関係なんですか? こころちゃん、昨日から入院しちゃってみるみたいで。でも、先生も詳しく理由を教えてくれないし。連絡も取れません。先輩、何かしりませんか?」


 心配そうな瞳を向けてくる波風さら。

誠はそのとき初めて、さらと視線があった。綺麗な眼をしていた。友人である雨宮こころの行く末を、純粋に心配しているのだろ思った。だから誠は、さらを安心させるつもりで言った。


「大丈夫だよ。雨宮さんは気絶するくらいに母乳を吸われて衰弱しているだけさ」

「えっ……天道、せん……ぱい?」

「あと、僕は雨宮さんのおっぱいを母乳を噴出させた……それだけの関係さ。それじゃあね! ありがとう波風さん!」


 誠は恐怖に震える波風さらに目もくれず、校舎裏を後にした。そしてそのまま階段を上ってゆく。


 ――しかし。と、誠は苦い顔になった。


『これで、あの許婚が乳仮面所持者である可能性が高まった、ということだ』 


 誠の頭の中に響いた声は、自分がいままさに考えようとしていたことだった。

 誠は階段の踊り場で脚を止めた。するとズズッと足下にできた影がうごめき、中から制服姿のラミアが飛び出してきた。


「……ラミアさん」

「それに、もし小鷹結衣が乳仮面所持者であるなら、乳原はるかが狙われなかった理由も理解できる話だろう」

「友達……だからですか?」

「そうだ。それで、どうする? 私があの女に快楽搾乳をして吐かせてもいいぞ? あれ以来吸乳鬼の事件は起きてはいないが、早くカタを付けるに越したことはない」

「そ、それはそうですが……でも、まだ結衣が犯人だって決まったわけじゃ――」


 だがそのとき。

 ブーッ。と音が鳴った。誠は、自分の胸ポケットが振動していることに気が付き、ポケットから携帯電話を取り出した。


「……尺取だ」


 誠はチラリとラミアを見た後で、電話を耳に当てた。


「もしもし、天道だよ」

『誠くん。土倉さんの友達の、大森あかねって女の子と接触できたよ。まったく大変だった。まさか保健室登校だったとは。通りで見つからないわけだ』

「お疲れ様、尺取。僕も今、雨宮さんの友達から話を聞いてきたよ」

『OK。それじゃ……』


 と、そこで尺取は不自然に息継ぎをして、声を潜めるようにして言った。


『今から私の教室……2年E組に来てほしい』


 その、意外な待ち合わせ場所に誠は「え?」と首を傾げた。


「教室かい? 僕はかまわないけど……生徒会資料室じゃダメなの?」

『ああ、ダメなんだよ。誠くん。理由は……あとで話す。それにもう一つ、ちょっと話しておきたいことがある。それじゃあ』


 そこで通話は切れ、誠は携帯電話をしまった。誠はそのままラミアに振り返る。それでもなお、結衣が無実であることを信じた眼を携えて。


「……ラミアさん。尺取も成功したみたいです。行きましょう、尺取の元へ。そこで白黒はっきりさせましょう!」

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