友達の友達

「おぉ。尺取しゃくとりさん。まさかこの時間にいるとは。珍しい」


 そう、声をかけてきたのはユーリだった。尺取の遅刻癖を知っているからだろう。ユーリは物珍しそうな顔をしている。


「それに、誠も。いったどうしたんだい2人して?」

「いや。特に大したことじゃないんだ。それよりユーリはどうしてここに?」

 誠が問えば、ユーリは「ああ、そうだ」と言って、尺取にあきれ顔に向けた。

「尺取さん。前に渡した書類、書いてくれたかい? 提出期限は今日までなんだけど」

「ええ? しょ、書類? えっと……。どの書類だっけ?」 

「……生徒会選挙の備品の書類だよ。それから、この間の議事録もまだなんだけど」

「ああっ、あれか! えっと……あ、まだ印刷してないや。そうだ。パソコンごと渡すからあとはよろしく!」


 尺取はえへへと笑いつつ、ユーリにノートパソコンを手渡した。ユーリをは「まったく」と苦笑しつつ、それを鞄にしまう。


「わかったよ。僕が印刷しておくから。……おっと。そろそろ教室に戻らないと。2人も行こうか」


 ユーリが腕時計を見つつ部屋を出る。それにともない、誠と尺取も部屋を出て行く。3人は並ぶ形で、そのまま廊下を歩き出した。


 と、渡り廊下に差しかったところでユーリが「そう言えば」と言って、誠に顔を向けた。


「ところで誠。昨日……はるかに会えたのかい? というより……はるかになにか変なことを言ったのか?」


 眉を潜めたユーリの顔に、誠はドキリとする。


「へ、変なこと?」

「よくわらないけど、はるかに『天道くんと仲良くしないほうがいい』って言われたんだけど」

「そ、それは……」

「なあ、誠。昨日も帰りが遅かったし、朝も置手紙だけをして家を出て行った。なにか、隠してないか?」


 誠は言葉に詰まった。


 昨日、高架下での一件の後、誠は気分を切り替える意味も込め、壊れていた携帯電話の代替え機を借りに街中へ出ている。その後、適当に食事を済ませ、家に帰った頃にはユーリは自室に戻っていた。

 そして今朝も、尺取に合うべく速めに家を出している。そんな誠の行動を、ユーリに不審がられるのは仕方のないことだった。


 すると、誠の横を歩いていた尺取が割って入った。


「ああ、ごめんね。ユーリ君。実は私が誠くんを連れまわしているんだ。あの事件を個人的に調査しているのさ。あの事件おっぱいが乱暴に扱われているのを、見てられないタチでね」


 あははと笑う尺取に、ユーリは小さく溜息を付いた。


「そういうことか。……だけど尺取さん。あまり誠に無茶をさせてないでくれよ」

「わかってるよ。でも、ちょっと心配しすぎだよ。ユーリは誠の保護者じゃないだろう?」


 と、尺取の声が少しばかり冷たくなったことに、誠は気が付いた。事実、誠が尺取の顔を見てみれば、口元に不適な笑みが浮かんでいた。


 ユーリが「えっと」と苦笑いを浮かべる。


「尺取さん。僕は誠を心配しているだけで――」

「そうかな? 私には誠の行動に干渉しすぎているようにも見えるけど」


 ユーリのまぶたがピクリと動く。が、それもつかの間。すぐに口元に笑みを浮かべた。


「……確かに、過干渉だったかもしれない。許してくれ誠。でも僕は、君になにかあったら昇さんに合わせる顔がないんだ。ただ、それだけだよ」


 そんなユーリの態度に、誠は首を振った。


「いや、いいんだ。ユーリ。僕も悪かった。心配かけてごめんね。今度から、なにかあったらちゃんと話すようにするよ」


 誠は軽く頭を下げると、ユーリは「よしてくれ、そんな」と首を振った。

 その後3人は、2年生教室の入る一般連棟3階に到着する。


「それじゃあ、僕はコッチだから。尺取さん、このパソコンは放課後に生徒会資料室に置いておくから」


 ユーリは誠と尺取の元から離れ、廊下を歩く生徒に混じり消えてゆく。

 そのユーリの背中を眺めていた尺取が、小さく息を漏らした。


「……好きじゃないな」

「え?」


 誠は尺取に顔を向けた。


「好きじゃないって……もしかしてユーリのこと?」

「そうだよ。私は、あまりユーリくんのことがあまり好きじゃない。まあ、嫌いでもないけど」


 突っぱねるような態度に、誠はたじろぐ。尺取が他人に対し、好き嫌いを言うのをあまり見たことがなかったからだ。


「そんな……。ユーリほどいい人間はいないよ。あんなに友達思いで、優しくて、気が利いて……。それにいい意味で、お人よしなんだ」

「……そうだね。だけど、そこが好きになれないんだよ。良い人すぎる。良い人すぎって、私には気味が悪い。限りなくグレーに近いブラックだね」

「……その例えは分からないけど。でも、……できればユーリと尺取には仲良くしてほしいな。二人とも、僕の大切な友達だし」


 誠はしゅんと肩を落とした。するとその様子を見た尺取が、「ははっ」と笑う。


「わかってるよ。ま、それより。そのユーリくんを心配させたくないなら、早く吸乳鬼の件にカタを付けないとね。とにかく、吸乳鬼になった雨宮さんと土倉さんと。そして小鷹さんとの関係を探ろう。……あっ、それから。誠くん」


 尺取はニッと笑う。


「さっき言ってたお礼の話。よかったら今度、誠くんの家に遊びに行かせてよ」

「え? そんなのでいいのかい? でも、どうしたんだい突然。ウチに遊びに行きたいだなんて」

「ははっ。ユーリくんのことを語る誠くんを見ていたら、友人としてちょっと嫉妬しちゃったよ。それに、私と誠君は付き合い長いけど、そう言えば誠くんの家に行ったことがなかったなぁ……って思ってさ」

「たしかに。基本的に学校でしか会わないもんね。わかったよ。お安い御用さ。それじゃあ、尺取。お互い頑張ろう」


 そうして誠は尺取と別れ、自分の教室に向かう。

 廊下を歩いていると、先を行く生徒の集団の中に、楽しそうに会話する小鷹結衣と乳原はるかを見つけた。

 ――結衣。

 だが誠は、話けることはせず黙ってその背中を見つめていた。……必ず。必ず、結衣が犯人じゃないと証明してやる。

 誠はその日から、吸乳鬼となった雨宮こころの友人を探し始めた。

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