乳仮面を探せ
「――えっ」
誠は眉を潜める。殺す。ラミアを殺す。それが願い?
ラミアが「くくっ」を笑う。
「言い方が悪かったな。私が死ねるようにしてほしい、ということだ。さっきも言ったように、私はツクヨミと同じ身体。人間のようで人間ではない。人間以上の生命力を持つ。言ってしまえば……」
「不老不死……ですか」
「そうだ。私は死ねない。朽ちない。いつまでも生き続けてしまう。だから私は、あの男に私を殺してくれと願った。それを、あの男は叶えると誓った。そして……誠。話はお前は私と契約に戻る」
誠は自分の名前を呼ばれ、肩を揺らす。
ラミアの願い。そして契約。ラミアは何を望んでいるのか分かってしまった。
そして同時に、なぜ天道誠という人間の先祖の話をしたのかも。つまりこれは、天道家の人間が遠い昔に反故にしてしまった、契約でもあるのだ。
「私とお前の契約はただ一つ。……私を殺せ。それが、私がお前を助け、力を与えた理由だ」
ラミアの言葉を発したのち、室内はシンと静まり返る。
誠は眼を見開いたまま、ラミアを見入っていた。
――殺す。ラミアを殺す手助けをする。それがどれほどのことか、誠にはピンとこない。それにそれは手を貸してよいことなのだろうか。
だから誠は、手伝うとも言わずに別のことを問う。
「あの……ラミアさんの。それで、どうやってアナタを……その……」
「殺す方法か。だが、正直なところ私には分からないのだ」
「――えっ。それじゃあ……」
「ただし、あの男は死ぬ間際に呟いていた。8つの
「チチ……仮面?」
「そうだ。乳仮面だ。そのために誠。お前はこの町で起きている、吸乳鬼の事件を解決しろ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」
誠は立ち上がり、ラミアに詰め寄って行く。
「いったい、何を言っているんですか?! 乳仮面? 吸乳鬼の事件を解決? だってあれは、吸乳鬼だった女の子が人間に戻って――」
「――そもそも、どうやって吸乳鬼を作り出すと思う。誠」
「え?」
「さっき言っただろう。吸乳鬼はツクヨミによって作られた存在だと。そしてもし、吸乳鬼を作り出す道具があったらどうする?」
ラミアの言葉に、はっと息を飲む誠。
――吸乳鬼を作り出す道具? まさかッッ。
「誠。あの吸乳鬼を作り出した人間がいる。吸乳鬼を作り出す道具によって。それが……乳仮面だ」
ラミアはそう言って右の手の平を掲げる。すると、その何もない空間から、ヌルヌルっなにかを引き釣りだした。それは仮面。額から顎先までスッポリに多い被さる仮面。
「これはレプリカだが……参考にはなるだろう――ほれ」
「あっ。ちょっと!」
ラミアが放り投げたその仮面を、誠がキャッチする。
誠はその仮面を見て「ひっ」と声を上げた。
その仮面の目玉の部分が、異様に大きかった。野球ボールほどの大きさがあった。それはまるで、女性の乳房を思わせる形状だった。
「まるでおっぱい仮面っ! おっぱいの形をしているっ?!」
「そう、おっぱいの形をしている。だから乳仮面。そしてその仮面こそが……吸乳鬼を生み出す道具だ」
「そ、そんな! ということは、この仮面があるがある限り!」
「そうだ。その乳仮面があるかぎり、先の女子生徒のような吸乳鬼が生み出され続ける。だから誠。その仮面を所持するものを突き止めろ」
誠は手の中にある乳仮面をギュッと握り込んだ。
吸乳鬼の話、ラミアの生い立ちと願い、乳仮面。それらを聞いて誠は混乱していた。一度、時間を置いて考え直したかった。
――ラミアさんを殺す。そのために事件を解決する。だけど、それは……。
その誠の考えを見透かしたように、ラミアが小さく溜息を付く。
「お前が私に直接手を下すというわけではない。お前が私と結んだ契約は、乳仮面を8つ集めることだけだ。それに誠」
ラミアは試すような目を誠に向けた。
「お前は……おっぱいを愛していないのか?」
「おっぱいを……愛して?」
「そうだ。お前のことは影の中から見てきたが、相当のおっぱい好きだろう。そんなお前だからこそ私は契約を結んだのだ。乳仮面を集めれば、コレ以上におっぱいが被害に合うことはなくなる」
「そっ、それはっ」
「それとも、誠のおっぱいへの愛はそんなものか?」
――おっぱいへの愛。
誠は乳仮面のレプリカと、眼の前に佇むラミアの乳房を見比べる。
この手の中にあるモノこそ、あの女子生徒を吸乳鬼に変えてしまった道具。おっぱいを蔑ろにあつかう化物を産み出す道具。それはおっぱいを愛するものとして、許せないものだった。
「……ラミアさん。僕はアナタを殺すための手助けをする気は……ありません。だけど」
誠はグッと拳を握る。
「だけど、あんな風におっぱいが扱われるのは僕には耐えられません! だから協力させてもらいます! おっぱいを守るために!」
「いい返事だ」
ラミアは満足そうに微笑み、誠から乳仮面を回収する。そしてそのまま何もない空間に向かって、乳仮面を終い込んでしまった。
「ところで」と、その様子を見届けた誠は首を傾げた。
「もちろん協力はさせてもらいます。でも、どうやって乳仮面所持者を突き止めるんですか?」
するとラミアは顎に手を当てる。
「まあ、すぐに突き止めるのは不可能だろうな。だが、犯人への手がかりを探すことは可能だ。だから誠……」
ラミアはビシっと誠を指差した。
「お前が通う学校で、次に吸乳鬼に襲われる生徒を特定しろ」
誠は怪訝そうな顔になる。
次に吸生徒に襲われる生徒? 確かに、それができればこれ以上、吸乳鬼の被害者を出すのは防げる。だけど、
「ラミアさん。それは不可能じゃありませんか? 吸乳鬼が次に誰を襲うかなんて分かるわけがありません。それに、どうして僕の通う学校の生徒に限定するんですか?」
誠の問いに対し、ラミアは肩を竦めた。
「考えてもみろ。今まで吸乳鬼が襲ってきた人間は、お前の通う高校の女子生徒ばかりだ。このことから、次のターゲットも誠の通う学校の女子生徒である可能性が高い。それにだ」
ラミアは腕を組んだ。
「今日出会った吸乳鬼。ヤツはしきりに『巨乳が憎い』と言っていた。恐らく乳仮面所持者は、巨乳に恨みを持つ女子生徒を何等かの方法で見つけ出し、乳仮面を使用したのだろう。これらのことから私は、乳仮面所持者にはおっぱいに対して、何らかの意図や信念があるのではないかと予測している。例えば、なんらかのルールにのっとって襲う生徒を選定している……とかな」
誠は「なるほど」と小さく頷いた。
「つまり乳仮面所持者は、襲う生徒のおっぱいを重視しているということですね。……はっ! ということは! おっぱいが関係しいているということは!」
「そうだ。そのために誠。まずお前は……」
ラミアは自らの乳房を鷲掴みにした。
「今まで吸乳鬼に襲われた生徒のおっぱいについて調べろ」
――おっぱいについて調べる。なぜなら、この事件は全てがおっぱいに集約しているのだから。
誠は大きく頷いた。
「おっぱいのことはおっぱいに聞け。被害にあった人のおっぱいについて調べれば、乳仮面所持者の意図が掴めるということですね?」
「そういうことだ。そしてもし、次に吸乳鬼に襲われる生徒が判明したときは――」
「――ああっ! なるほど! そういうことか!」
誠はそこでようやく、ラミアの真意に気が付いた。
「つまり、次に狙われる女の子を見張っておけば、おのずと次の犯行を防げる! しかも襲ってきた吸乳鬼を捕まえれば、乳仮面所持者への手がかりを聞き出せるかもしれないとうことか!」
誠の嬉しそうな顔をしてみれば、ラミアが微笑んだ。
「その通りだ。吸乳鬼と乳仮面所持者はどのような形であれ接触している。それにもし、吸乳鬼が吐かないときはおっぱい快楽拷問にかけてやろう。私が24時間ずっと母乳を吸ってやれば、どんな人間も最後にはヒイヒイと声を上げて、真実を吐くことになる」
「卑猥! なんて卑猥! でも、おっぱいのためなら仕方ありません! その時は僕も必ず見学します! そういう酷いことからも眼を背ける気はありません! 見たくないものを見ても、僕は必ず乳仮面所持者を突き止めてみせます!」
誠はグッと拳を握り込んだ。
――必ず捕まえる。おっぱいを蔑ろに扱う吸乳鬼。吸乳鬼を生み出す、乳仮面所持者。そんな存在を野放しにはしておけない。
おっぱいを愛する誠にとって考えるまでもない結論だった。愛するおっぱいのために立ち上がるのだ。
「分かりました! さっそく明日から吸乳鬼に襲われた女の子のおっぱいについて調べます! 僕に任せてください!」
誠の自信満々の顔を見たラミアが、意外そうな顔をする。
「……ほう。なにかいい方法でもあるのか?」
「もちろんです! 持つべきものは友とおっぱい。僕の友達の一人に、おっぱいのことならなんで知っているヤツがいるんです。彼女に聞けば問題ありません!」
「そうか。それなら明日は、そのおっぱいに詳しいそやつに会いにいくとするか」
ラミアは感心したように頷いたのち、胸元に手を伸ばしなにかを掴み、何度か握り込んだ。
と、その動作が眼についた誠。
――さっきから何度が握っているけど。あれはなんだろう。
ラミアの手の中を注視してみれば、そこにはキラリと光り輝くペンダントのようなものがある気が付いた。月のような形をしたペンダントだった。
すると、ジッと自分が見られていることに気が付いたのであろう。ラミアが「これが気になるか?」とクスリと笑った。
「これはお前の先祖である、あの男から貰ったものだ。私の宝物だよ」
「そうなですか。なんだか僕と同じですね」
と、誠は自身の胸元にぶら下がっているソレを掴み上げた。
「僕もラミアさんと同じようにペンダントをしています。見てください。僕の宝物です」
そう言ってラミアに差し出したのは、丸い形をしたペンダントだった。煤けた銀色をしている。
するとラミアが「ほう」と言って誠に近付き、それを手に取る。が、その直後「ん?」と首を傾げた。
「このペンダント……。なあ、誠、このペンダントは誰からか貰ったのか?」
「はい。そうです。死んだ母さんの形見として――」
と、その時。
――コンコン。と扉がノックされる。
『誠、入っていいか? 父さんだ』
「はい。どうぞ――あっ!」
しまった! 誠が返事を返したその瞬間、気が付いた。この部屋にはもう一人、緑色の髪の少女がいることを。
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