フロント・ホック

「んっ‥‥‥ああっ。ま、まことくん。今日は、いつもより、凄く激しい。んんっ」

「んん! 最高だよ! 結衣ゆいのおっぱいは最高だ! 美味しい! 美味しい!」


 誠は図書室の奥まった場所にある席で、結衣と呼ばれた女子生徒に膝枕をされ母乳を吸っていた。丁度、本棚が邪魔をして、周りからは見られないようになっている。

 誠は口に広がる母乳を味わいつつ、恍惚の表情を浮かべる結衣の顔を眺めた。 


 小鷹こだか結衣ゆい

 ほっそりとした身体のラインが描く、小柄な体型。短いツンテールが、その顔をより幼くしているように見える。

 誠にとって幼馴染であり、そして同時に、許婚の間柄である。親同士の仲が良く、家も近所ということもありよく遊んでいた。誠は10歳の頃に父から「小鷹の娘さんが君のお嫁さんになる」と伝えられてるのだ。


「結衣のおっぱいは美味しいなぁ。いつもありがとう。おっぱいを吸わせてくれて」

「誠くんの為なら……ああっ。良いんだけど…‥‥んっ。でもなんで、誠くんに吸われると母乳が出だろうああああ!」

「僕にも分からないよ。でも、結衣も好きでしょ。おっぱい吸われるの?」

「もう、誠くん。そんなこと言わないで、ああん! そ、それよりも誠くんさぁ……」

「ん? ……どうしたの? 」


 誠は、結衣の乳房から口を離した。結衣の顔に憂いの感情が浮かんでいたからだ。

 結衣は少しだけ苦い顔をする。


「あのさ、その。昨日電話で言ったこと。どうにもならないの? 私、今日のために色々準備しちゃって……」

「……ごめん。お父さんが急に帰ってくることになって。僕だって結衣の手料理を楽しみにしてた。でも、僕はお父さんとも随分と合ってないから、会いたい。どうか許してほしいんだ」


 誠は続け様に「ごめん」と口にして、申し訳なさそうな顔になった。

 本来、誠は今日の夜に結衣の家を訪れ、手料理を振舞ってもらう予定だった。

 結衣の家族が全員出掛けるということもあり、結衣の自宅で二人きりで食事をすることになっていた。

 だが、誠の父が単身赴任先から急遽帰宅することになり、その予定はおじゃんになってしまったのだ。

 結衣はぎこちなく笑って、気丈な顔をしてみせた。


「もういいよ。そんなに謝らなくて。……それよりさ、誠くん」

「なに?」

「埋め合わせの代わりって言ったら変なんだけど……一つ、提案があるの」

「え、聞かせてよ! 僕が出来ることがあるならなんだってするからさ!」


 誠は膝枕状態のまま、結衣に食い入る。すると結衣は一呼吸を置いてから口を開いた。


「私たちの関係。私たちが許婚だってこと、周りの皆に言っちゃだめ……かな?」

「え、えっ?」

「あのね。宣言しろってわけじゃないの。学校でお互いに知らんぷりするのは止めようってことなの。登校時間とか、お昼休みとか放課後とか一緒に居られるようにしたいの」

「で、でも結衣。それは……」


 誠は言葉に詰まる。結衣とは許婚の間柄だ。だが、そのことを周囲に公表することを今までしなかった。別段、2人して隠し通そうと決め事をしていたわけではない。ただ、言うタイミング逃してしまっていたのだ。だから公言することに問題ない。ただし、


「結衣。今は……タイミングが悪すぎるよ。だって知ってるだろ? 僕は……」

「分かってる。あの事件の犯人だって皆から噂されてるってことも。でも誠くんに許婚がいるって皆が知れば、少しは好奇の目を和らぐと思うの」

「で、でも結衣。それは」

「いいの。誠くんが犯人じゃないのは私が一番よく知ってる。誠君はおっぱいが好きで、母乳を吸うのが好きなだけ。それだけで犯人って決めつけるなんて誠君が可哀そうだよ。だから私も、誠くんと戦いたいの」

「結衣……」


 ありがとう。誠は言いかけて口をつむる。そんなことをすれば、結衣はどういう目で見られるようになるか。それは火を見るよりも明らかだった。


「いや、ダメだ。結衣。そんなことしたら、君まで噂の被害にあってしまう。小鷹結衣は天道誠に母乳を吸わせている、みたいな根も葉もない噂が立つに違いない。それを僕は我慢できない」

「それでもいいの。私は誠くんのことが大切なの。苦しいことは一緒に感じてあげたい。悲しいときは一緒に泣いてあげたいの。だから――」

「聞いてくれ結衣。君のことが大切なんだ。世界で一番好きだ。だから君には傷ついて欲しくない。そんなことをして、結衣が辛い思いをするのが、僕には耐えられないんだ」

「そんなの私だって同じだよっ。 誠くんが大切なの! それは私たちの気持ちは同じってことでしょ?  それなのになんで、なんで……」


 結衣はすんと鼻を鳴らし、小さく嗚咽を漏らし始めた。涙が頬を伝い、顎先へ流れ、その雫が誠の頬に垂れ落ちた。


「誠くん。なんでダメなの? 私のおっぱいが小さいから? 私のおっぱいが小さいから、許婚だって皆に言うのが嫌なの? 皆に言うのが恥ずかしいの?」

「な、なんでそんなこと言うんだ! 僕はそんなこと言ってないじゃないか! 僕は結衣のおっぱいが大好きだ。確かに結衣のおっぱいは一般的に観たら背中に出来たデキモノと言われるくらいに小さいかもしれない。でも僕は結衣のおっぱいが好きだ! 大好きだ! そのちょっと浅黒い乳首が大好きなんだ!」

「うるさい! 適当なこと言わないで! 誠くんはおっきなおっぱいが好きなクセに! これ! はるかちゃんから送られてきたメール!」


 結衣は携帯電話を取り出し、画面を誠に突き付けた。誠はその画面を見て、眼を見開く。

『天道くんヤバいって。私にブラサイズが合ってないとか、君のおっぱいが好きとか言ってきたんだよ。結衣、天道くんと仲くするの止めたほうがいいよ』


 結衣は涙をぬぐいつつ、誠を睨みつける。


「これ、私がどんな気持ちで読んだかわかる? ねぇわかる?!」

「こ、これは違うんだ。乳原さんのブラジャーのサイズが合ってなかっただけで…‥。それに僕は乳原さんのおっぱいは好きだけど、結衣のおっぱいが好きとはまた違う意味で」

「もういい!」


 結衣は突然立ち上がった。それにともない、誠は姿勢を崩しそうになったが、すぐに起き上がり結衣に向かい合った。 


「結衣!」

「うるさい!」


 結衣はむき出しの乳房をしまおうとして‥‥‥悔しそうな顔になった。両肩に掛かっていたブラ紐を外し、ブラジャーを誠の胸に押し当てる。


「これ! あげる! 最近小さくなってきたからあげる! お願いだから私以外のおっぱいに夢中にならないで! このブラジャーで我慢して!」

「待ってくれ結衣!」


 誠は結衣の肩に手を置こうとしたが、はねのけられる。そして結衣はそのまま図書室から出て行ってしまった。誠はストンと椅子に腰を下ろし、そのまま机に突っ伏す。

 誠は溜息をつき、手に握っていたブラジャーを机の上に置いた。


「……フロントホック……か」


 誠は結衣のブラジャーに顔をうずめ、眼を瞑る。結衣の香りが、あの小さく形のいいおっぱいを思い出させた。



 誠は真っ暗な場所にいた。上も下も横も全てが真っ暗だった。

 だけど自分の姿だけはハッキリと見る。でも、自分がどこにいるのかわからない。


『お前に私の声は聞こえるか?』


 また、あの夢だった。同じ夢を見ていると誠はすぐに気が付いた。


『聞こえます。でも、いまはアナタと話したくない』

『ほう。どうして。なにか嫌なことがあったのか? さしずめ、許婚の小鷹結衣と喧嘩した、とか』

『……なんで知っているのですか。そもそもアナタはいったい誰なんですか?』

『その質問に答えるのは難しい。が、答えてやらないこともない。ただしその代わり』

『その代わり……なんです?』

『母乳を分けてもらう!』


 瞬間、真っ暗な空間から少女が姿を現し、誠に乳房にかぶりつく。


『ああっ! ああッ! あああああああ!』

『気持ちいいだろう。搾乳される快感は。もっと胸を吸わせろ。そうすれば教えてやる。お前の内に秘められた力を!』


 ぶしゃああああああ! 誠の乳首から母乳が噴き出した。



「ああああああああ! 僕の母乳があああああああああ! ……あれ?」


 誠は自分が立ちあがっていることに気が付く。

 だが、机の上のブラジャーを見て理解する。

 結衣が立ち去った後、机に突っ伏し、ふて寝をしてしまったのだと。

 が、そこでハッと気が付いた。


「しまった!」


 窓の外に眼を向ければ、夕暮れ時が迫っていた。

 誠が携帯電話で時刻を確認してみると、最終下校時刻数分前となっている。それは早々に学校を後にしなければ、父の帰宅に間に合わないことを意味していた。

 誠は乱暴に鞄をとり、結衣からもらったブラジャーを懐に突っ込む。そしてそのまま学校を後にした。

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