第96話:白でもなければ赤でもない
武具店の中は、酷くどんよりとした空気になっていた。
それはアサドとのやり取りが原因なのは他ならないが、一番はアリーナにあった。
「あんの野郎! 何を格好つけてログアウトしてるんだよ! 私だったら取って返して再度攻略するけどね!」
「あの、落ち着いてください、アリーナさん」
「パーティ解散も意味が分からないんだけど! そりゃあさ、さっきは他の人の目もあったからああは言ったけど、一回負けたから解散とかないし! そんなことしてたらほとんどのパーティが無くなってるし!」
アリーナの憤慨が、今のどんよりとした空気を作り出していたのだ。
ただ、アリーナの言っていることもアルストは理解できる。
ここは天ラスの世界、ゲームの世界である。ペナルティはあるものの何度でも挑戦することができるし、リアルな痛みを感じる者の死んでも本当に死ぬわけではない。
「どうせ、今度ログインしてきた時はケロッとしてるわよ!」
「そうですかね? 相当落ち込んでいるように見えましたけど」
「そう見えるだけよ。全く、心配して損しちゃったわよ」
「いや、まだ損したかは分からないと思いますよ?」
「絶対にそうなのよ! こうなったら、またレアボスモンスターかレアクエストで鬱憤を晴らさなきゃいけないわね!」
「……へっ?」
アリーナの発言に、アルストは変な声が喉から漏れ出てしまう。
「この鬱憤はそうじゃないと晴らせないわ! というわけでアルスト君、クエスト屋に行くわよ!」
「ちょっと待ってください! それはさすがにいきなり過ぎませんか? 午前中にレアクエストが出てたのに、すぐに新しいレアクエストが出るとは思えないんですけど」
「そんなもの、行ってみないと分からないでしょう!」
さあさあ、と期待の眼差しを向けられてしまい、アルストは仕方なくクエスト屋に向かうことにした。
先ほどまでの雰囲気はどこへやら、優しい表情を浮かべたり、怒ったり、ワクワクしたり。
ただ、アリーナが天上のラストルームを心底楽しんでいることは十分に伝わってきた。
だからこそ、ロキやポルカのやり方は許せないのだろう。そして、簡単に諦めてしまったアサドのことも。
今回の発言は気を紛らわせるものなのだろうと考えていたアルストは、クエスト屋に行くだけでも気分転換になるだろうと思って向かった――のだが、そう上手くはいかなかった。
「……これ、なんですか?」
「……私も初めてだわ」
クエスト屋に到着してすぐにクエストボードの前に移動した二人だったのだが、明らかに普通とは異なる雰囲気を発している依頼書を見て困惑している。
その依頼書は白でもなければレアクエストの赤でもない。それは、紫の依頼書だった。
赤の依頼書よりも強い異様な雰囲気に、アルストもアリーナも首を傾げるばかり。
だが、これがレアクエストだということは二人も理解しており、受ける受けないで問われれば、受けるという選択肢しかなかった。
「内容は……【五階層の宝物庫を探せ!】ですか」
「宝物庫! 絶対にレアアイテムが手に入るわよね! そうだよね!」
「お、俺に言われても分かりませんよ」
「これ、絶対に受けるわよ! 私も一緒、いいわよね!」
「も、もちろんです」
「やったー!」
両手を上げて喜んでいるアリーナに苦笑しながら、アルストはふと疑問に思った事を口にする。
「……今も、クエスト屋には人が少ないんですね」
「いつものことじゃないの」
「でも、今日はDPになった人が多くいたじゃないですか」
アルストが感じた疑問、それは階層攻略に失敗したプレイヤーもクエスト屋にいなかったことだ。
アルストの疑問にアリーナも周囲へ視線を向ける。
「……確かに、だーれもいないわね」
「そうなんですよ。……このクエスト、ヤバいんじゃないですか?」
ここに至り、アルストは紫の依頼書を受けることに躊躇い始めてしまう。
考えにくいことだが、紫の依頼書が関係してクエスト屋にプレイヤーが寄り付かなくなっている、なんてことはないだろうか。
そんなことを運営が許すはずはないのだが、それでも違和感を拭えないでいる。
「うーん……大丈夫じゃないかしら?」
「そうですかねぇ」
「もし何かあったとしても、これはゲームなんだから大丈夫よ」
アリーナの言葉を受けて、それもそうかと考えなおす。
リアルを追求するために痛みを感じることはあるものの、これはあくまでもゲームなのだ。
実際の自分に何かしら影響が出るわけでもなく、DPになっても経験値が得られなくなるだけと考えれば、レアアイテムが手に入る可能性が高いクエストを受けない理由は見つからない。
「……そうですね、受けましょう」
「そうこなくっちゃ!」
アルストは依頼書を手にして受付へ向かいクエストを受注する。
向かうは今回も五階層。赤いクエスト以上の困難が待ち受けているのは間違いない。
道中は経験値を貯めるために初期職の
パーティを組むには実力がデコボコ過ぎる二人を見て、首を傾げている周囲のプレイヤーの横を抜けながら、二人はバベルに到着した。
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