第95話:アサドの様子
ロキが武具店を後にしてから数分後――アサド達パーティがアーカイブに転送された。
運営からメールが届いたわけでもなく、歩いて戻ってきたわけでもない。
その事実が示すこと、それが何なのかはほとんどのプレイヤーが理解するところだった。
――階層攻略の失敗。
攻略組が別れた時から今日まで、アサド達は一度も階層攻略に失敗したことがなかった。
多くのプレイヤーが、攻略組に任せていれば上層が開放されるだろうと思っていた。
だが、それは今日この時に終わってしまった。
ただのゲームだ、誰かがまたやるだろう。今回はダメだったが、また攻略組が挑戦するだろう。
そう考える者が大半の中、我こそはと考える者も少なからずいた。
それは、攻略組や実力上位者以外も上層を目指すということであり、天上のラストルームがより活発化することになるだろう。
だがその分、素行の悪いプレイヤーも活発化することになる。
すぐに何かが起きる、ということはないだろうが、今まで保たれていた秩序が崩れるのも時間の問題だ。
そんな中、アルストとアリーナはアサドが転送された場所へと急いでいた。
何故なら、そこにはアサドを裏切ったであろう人物も転送されているはずだから。
到着した二人が見たのは、荒れた様子で声を荒げている数名のプレイヤーだった。
「てめえ! 見てたぞ、後ろから邪魔しやがっただろ!」
「やっぱり信用ならなかったんだ!」
「なんで私達の邪魔をするのよ!」
声の先には一人の女性プレイヤーがいる。
背中には大きな盾を背負っていることから、女性プレイヤーがロキの言っていた盾役なのだろう。
「それはあんた達がザコだからでしょう? ザコはザコらしく、さっさと諦めてくれたらいいのよー」
「……ポルカ、それは言い過ぎじゃないか?」
「アサドもいい加減理解したら? あなただけじゃあ攻略は無理。こんなザコとパーティを組んでも無理。潔く、ロキのところに来たらいいのよ」
「……それは遠慮しておこう」
「……そっ、ならいいわ。私はログアウトして、DPが終わるのを待ってることにするわ。じゃーねー」
ポルカは軽く手を振りながら、その場でログアウトしてしまった。
溜息を漏らすアサドだったが、その背中にパーティメンバーから意外な言葉が投げ掛けられた。
「……すみません、俺はもう、抜けます」
「おい、どうしたんだよ!」
「だって、こんなことされたんじゃあ、ここで攻略なんて無理じゃないか! 俺は、俺の好きなようにやらせてもらうよ」
「……わ、私も抜けようと思います」
アサドのパーティメンバーが口論になってしまった。
その様子をただ黙って見ていたアサドだったが、口を開くと誰も予想していなかった言葉が飛び出した。
「……一度、パーティを解散しようか」
「なっ! アサドさん、それはないですよ! 俺は最後までついて行くつもりなんですよ!」
「すまないな、ジョエル。だが、みんなの言う通り、今のままだと妨害を受けて攻略がうまく進まない可能性が高い。今回は、俺がポルカを加えたことが原因だけど、妨害が過激になるとPKされることも出てくるかもしれないんだ」
「……っんだよ、それは! それくらいどうってことないじゃないですか!」
「ジョエルがそうでも、他のみんなはそうじゃないんだよ」
ぎろりと他のメンバーを睨みつけるジョエル。
視線を逸らすように下を向くパーティメンバー。
アサドは、ここが潮時だと判断した。
「元々、攻略組が二つに別れた時点で解散するべきだったんだよな。それで、みんなを自由にしてやるべきだった。ジョエルも、みんなも、今日まで本当にありがとな!」
にかっと笑ったアサドだったが、ここでもジョエルが噛み付いてくる。
「ふざけるなよ! 俺はアサドさんだからついてきたんだ! ゲームが苦手だった俺に、天ラスを辞めようとした俺に、声を掛けてここまで引っ張てくれたのはアサドさんだ! それなのに、それなのに!」
そう言って、ジョエルもその場でログアウトしてしまった。
残されたメンバーは一人、また一人とその場を後にしていく。
最後に残されたアサドは、腰に手を当てて大きく息を吐き出した。
「——お疲れ様」
「……なんだ、見ていたのか?」
「途中からだけどね」
「そうか……みじめだろう? たかがゲームだけど、俺にとっては心の底から楽しめる、それで童心に帰れる場所だったんだよ」
「……何よそれ、天ラスを辞めるの?」
「……どうだろうなぁ。今すぐには答えを出せそうにないな」
「……そっか。もし辞めるなら、黙って辞めないでよね」
「なんだよ、止めてくれないのか?」
「止める理由が私にはないものー」
「確かにそうだ。……アルスト君も、みじめな姿を見せてしまってすまなかったな」
少し離れて立っていたアルストに気づいていたアサドが突然声を掛ける。
「いえ、そんなこと、ないと思います」
「……ありがとう。俺も一度ログアウトして頭を冷やしてくるか。あー、腹減ったわー」
そう呟いたアサドだけは別の場所に移動してログアウトした。
ログインした時にばったり顔を合わせることを避けたかったのだろう。
「……戻ろうか」
「……そうですね」
何か話をするにも、この場では深い話をすることはできない。
アルスト達はアリーナの武具店へと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます