第107話:疑惑と決断
目を覚ました
いつも通りにお湯を沸かしながらカップ麺を取り出し、注いで三分待ってから食べ始める。
右手で箸を持ち、左手でタブレット端末を操作する。
当初は攻略サイトを見るつもりなどなかった矢吹だが、特殊能力や紫の依頼書など予想外の出来事が起こり過ぎてそうもいっていられなくなっていた。
何か情報がないかと攻略サイトを隅から隅まで読み漁っていくのだが――
「……ダメだ。これといった情報は全くないか」
特殊能力に関しても紫の依頼書に関しても情報が何も出てこない。それどころかクエスト屋に関するレアクエストの情報すら数える程しかないくらいだ。
これでは紫の依頼書に関しての情報があるはずもない。
「……攻略サイトで探しているからダメなんじゃないのか?」
一度攻略サイトを閉じ、検索窓に【天上のラストルーム】【特殊能力】と入れて検索を掛ける。
だが、【特殊能力】と入れているものの装備に備わっている【特殊効果】に関する情報しか出てこない。
ならばと【紫の依頼書】と入れて検索を掛けてみた。
「……なんだ、これ?」
それは個人が管理しているブログサイト。
一個人が自身の日常をブログにしてアップしている何でもないただの一サイトである。
なぜこのようなサイトがヒットしたのか首を傾げながら、矢吹はブログを一つ一つ閲覧していく。
すると天上のラストルームのプレイ解説のような投稿が数日にわたり更新されているのが分かった。
「この人は、すでに引退した人なんだな」
矢吹は最新の記事から遡るようにして投稿を見ている。おのずと引退した投稿を最初に目にしてしまった。
「……あのスキルは危険だ、天上のラストルームでは精神を崩壊させる、だって?」
矢吹が検索したのは【紫の依頼書】である。【特殊能力】で検索した時にはヒットしなかったはず。
「この人は特殊能力のことをスキルって表現しているからかな?」
とにかく読み進めなければ分からない、そう判断した矢吹はさらに投稿を遡っていく。
リアルな痛覚に対する恐怖心、普通に攻略したいと思っていてもコントロールできないスキル、強敵と無理やりエンカウントすることでさらに痛覚への恐怖心が増してしまう。
今のところ矢吹は天上のラストルームを楽しめているものの、それはパーティメンバーに助けてもらえているからだ。
事実、ソロで三階層の普通のボスモンスターにDPを喰らったこともあるくらいなのだからレアボスモンスターとエンカウントしてしまえばDPは確実だろう。
そうなればリアルな痛覚が自分に襲い掛かってくる、無理やりログアウトすることも可能だろうがそれをしてまで続けるかと言われれば、続けないと矢吹は思う。
「……このクエストは、今日のモンスターパーティに似ているな」
記事の中には友人とパーティを組みクエストに挑戦したのだと書かれている。
だが、クエストは失敗して友人はモンスターに蹂躙され天上のラストルームを引退した。
誘ったのはブログの主のようで、とても後悔している、と締めくくられていた。
「今回はアリーナさんが熟練プレイヤーだったから切り抜けられたけど、もしアレッサさんやエレナさんとのパーティだったら……」
そう考えると矢吹も同じ運命を辿っていたかもしれない。
そしてアレッサとエレナも天上のラストルームを引退していたかもしれない。
「この特殊能力は、いったい何なんだ?」
さらに読み進めていくと、ブログの主が天上のラストルームを開始した時の投稿まで行きついた。
「……この人も最初はソロでプレイするつもりだったんだな」
とても楽しそうに、顔文字まで交えながらの投稿。
それが日を積み重ねる事に顔文字が減り、文字だけとなり、最後には引退してしまった。
何がブログの主をそこまで追い込んだのか、いったいのこの特殊能力とはなんなのか、矢吹の中では疑問しか浮かんでこない。
その中で一つの気になる文章を見つけたことで思考が一度停止してしまう。
「あれ? これって、もしかして……」
矢吹も見たことのある表現が書かれていた。
それはブログの主が天上のラストルームを始める時に投稿していた記事の一文。
この人物、と言っていいのかは分からないが矢吹は確かにこの人物とやり取りを交わしている。
「……猫型NPC?」
チュートリアルをしてくれた猫型NPC。矢吹にはID123と名乗っていたあのNPCである。
これはただの偶然なのか、それとも意味があることなのか。
同じNPCからチュートリアルを受け、ソロでプレイするつもりでログインしている。たったそれだけの共通点で普通ではあり得ない能力が得られるものだろうか。
「……俺もこの人と同じ道を進むのかな」
最終的には引退するのは当然だ、これはゲームなのだから。
だが、それが早いか遅いかは本人次第。
特殊能力に疑問を覚えてしまった矢吹はどうするべきなのか、今すぐに答えを出せるわけでもない。
結局のところ、矢吹はあやふやな思いのままタブレット端末の画面を落とすと空になったカップ麺を片付けて大きく伸びをした。
「……んんっ、あぁ。この件はとりあえず保留だな。バイトしてようやく買ったゲームだぞ」
そこにはリアルでの労働時間をどぶに捨てるのか、という現実的な問題があった。
しばらくは楽しもうと、それで疑問が解消されなければ止めてもいいかもしれない。
止めることへの決定打が矢吹には見当たらなかった。
この日はログインすることはなく、ゆっくりと休むことにした。
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