第84話:攻略サイトと……

 そのままアリーナと別れたアルスト――矢吹は、夜も遅くなっていることもありログアウトして晩ご飯の準備に取り掛かっていた。

 今日はログインする予定もなく、時間があるのでカップ麺ではなく簡単な料理を作ろうと考えている。

 ただ、料理と言っても味付けがされた肉を焼くだけのお手軽料理だが。


「——よし、こんなもんか」


 香ばしい照り焼きの香りが鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。

 ご飯はレトルトなのだが、これでも時間を掛けた方なのだと自分に言い聞かせていた。

 カップ麺とは異なる濃い味付けに箸が止まらず、一気に食べきってしまったのは予想外で、ログインするつもりはないのだが寝るまでの時間が中途半端に余ってしまった。


「……明日の三〇階層攻略、サイトに出てるかな」


 アサドをリーダーとする攻略組が明日、三〇階層の攻略に取り掛かる。

 今までも新しい階層を切り開いてきた実績は伊達ではなく、攻略前日には大きく話題に上がることも少なくない。

 階層攻略ページには目を向けず、矢吹は新しく更新されているNEWSページに目を落とした。


「『攻略組、ついに三〇階層攻略へ!』かぁ。アサドさん達、大丈夫なのかな」


 アリーナが抜けて攻略組は分裂している。人数もそうだが、主力だったプレイヤーが別れてしまったのも大きな痛手だ。

 アサドも今のメンバーでなら攻略できると踏んでの決断なのだろうが、アリーナを勧誘しに来ていたことが、何かしら不安を感じているのではないかと矢吹は深読みしてしまう。


「……いや、きっと大丈夫なんだろう」


 不安はあるだろうが、攻略可能だと確信を得ての行動だと信じることにした。

 それに、矢吹が考えても仕方ないことである。

 攻略組への勧誘も断っているわけで、ソロプレイを諦めるつもりは毛頭ない。

 今はアリーナとパーティを組んでいるけれど、これも魔導剣術士マジックソードにつなげるためなのだと言い聞かせる。


「明日の夜は、攻略組の話題でアーカイブは盛り上がりそうだな」


 実際、NEWSへの書き込みがすでに盛り上がっており、攻略組への期待ややっかみの声が入り混じっている。

 この中には別れてしまったプレイヤーもいるのだろうか、と内心で思いながら書き込みを眺めていく。


「……おっ、アサドさんの書き込みだ」


 そこには『明日は絶対に三〇階層を攻略してみせる。みんな、応援よろしく!』と書かれていた。


「攻略できたらバージョンアップがあるだろうし、それも楽しみだな」


 矢吹は攻略組が三〇階層を攻略してくれることを、一人のプレイヤーとして願うのだった。


 ※※※※


 記号英数字が上下左右を回っている空間の中心で、猫型NPCであるID123が一つのモニターを見つめている。

 そこに移っているのはログインしているとある攻略組のリーダー。


「うーん、なんだか面倒臭いのにゃ」


 ID123はとある作業に没頭している。

 その作業はバージョンアップがなされてしまうと無駄になってしまう作業であり、今の状況で三〇階層が攻略されるのは好ましくないと思っていた。


「色々と下調べをしているみたいだけど、それを無駄にしてみるのも面白そうだにゃ」


 視線を別のモニターに移して右手を動かすと、とある項目にチェックが入る。


「明日は盛り上がるといいのにゃ。攻略組も、アーカイブも」


 そう呟いたID123はモニターの映像を別のプレイヤーに切り替える。

 今ご執心しているプレイヤーはログアウトしているので、そちらにまとわりついている別のプレイヤーを映していた。


「彼にはずっとソロでプレイしてもらいたいのが本心だけど、早く強くなってもらうには必要かにゃ?」


 ID123の中では二つの選択肢が存在している。しばらく見守るか――排除するか。

 選択によっては、モニターに映るプレイヤーの排除を目的としたイベントが行われるかもしれない。

 そんなこととは知らない二人のNPCは、ID123の背中を壁際で眺めていた。


「……」


 無言のまま直立姿勢を崩さないエレナ。

 そして、不安な表情を俯くことで隠しているアレッサ。

 ログインというなの監視をしばらく行っていない二人は、ID123の許可なしにアーカイブへ移動することはできない。

 アルストと最後に別れてからというもの、二人はずっとこの空間で待機していた。


「……アリーナさん」


 ちらりと見えたモニターに映るプレイヤーを見て、アレッサは不安気な声を落とすことしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る