第85話:足を運んだ場所は

 翌日、ログインしたアルストはバベル──ではなくクエスト屋に足を運んでいた。

 一度だけ受けた赤い依頼書がないかを見に来たのだ。

 そして、目的の依頼書は異質な空気をまとい存在していた。

 周囲には他のプレイヤーはなく、本当に人気がないのだと苦笑する。

 依頼書の内容を確認したアルストは、どうしたものかと思案することになった。


「……二人パーティー必須かよ」


 そうなると、そのままバベルに行っていれば悩むこともなかったので、先ほどまでの嬉しさとは異なり後悔の念が出てきてしまう。

 だが、レアクエストであることに間違いはないので、フレンドリストを開く。


「……今日も二人はいないのか。アリーナさんはいるけど、二日続けては迷惑だよなぁ」


 そう思いながらもダメ元でメールを送ってみたアルストは、一分もしないうちに驚きの光景を目にした。


「──行きましょう!」


 返信をするよりも早いと思ったのか、アリーナは急いでクエスト屋にやってきたのだ。


「うおっほう! 本当に赤い依頼書だわ!」

「ちょっと、アリーナさん、落ち着いてください」

「だーれもいないんだし、別にいいじゃないのよー」


 両手を広げながらそう口にするアリーナは、ニヤリと笑みを浮かべる。


「それでそれで、依頼内容はどんなやつなの?」

「依頼内容は──【五階層の秘宝を手に入れろ!】ですね」

「五階層の、秘宝? ……【神獣の卵】が手に入るようなクエストかしら」

「どうでしょう。あの時は秘宝ではなくて秘境でしたから」


 珍しいアイテムなのか、それとも今後のバージョンアップを見越して新たなアイテムが手に入るのか。

 どちらにしても、アリーナのテンションの上がり方を見ていれば、このクエストを受けないわけにはいかなかった。


「早く受けましょうよ! それよりも先にパーティ登録だね! さあ、さあ、さあ!」

「わ、分かりましたから、本当に落ち着いてください!」


 ゲームではあるのだが、女性の顔が目と鼻の先にあるのは緊張してしまう。

 アルストは後退りしながらパーティ申請に許可を出すと、依頼書を手にして受付に向かいそのまま受注する。


「アルスト君は五階層、初めてかしら?」

「はい。昨日はあの後からログインしなかったので」

「そっか。クエストになると、普段のバベルとはモンスターが異なる場合もあるから、私も戦闘に参加するわね」

「分かりました」

「でも、基本はアルスト君が倒してよね。レベル上げにもなるからさ」


 元よりそのつもりだったアルストは一度頷き、そのままバベルへと向かった。


 ※※※※


 三階層までは順調に足を進め、四階層では少し時間を掛けながら進んでいく。

 というのも、ボスフロアへ向かうために最短の道順でしか進んでおらず、入っていないフロアがいくつもあったからだ。

 アリーナは文句一つ言わずに付き合い、時折後方から出てくるモンスターを撃ち殺していく。

 ただ、ここが上層ならば行き止まりにレアアイテムが隠されていることもあるが、四階層ではそのようなアイテムは存在しない。あっても回復薬などの消費アイテムくらいだ。


「そろそろマッピングも終わりかな?」

「そうですね。付き合わせてしまってすいません」

「気にしないでー。アルスト君の恩恵にあやかってるのは私なんだからね」


 レアボスモンスターほどではないが、レアクエストもそうそうお目にかかれないのだと口にして、アリーナ自身も【神獣の卵】を手に入れたレアクエストの一回しかない。

 レアクエストに関しての情報は攻略サイトにも出ているのだが、その情報量は少なく、目にする機会も少なかった。

 実際に知っているのは遭遇したプレイヤーと、攻略サイトを運営している個人くらいだろう。


「四階層のボスモンスターはどうする?」

「今回はパスで。またレアボスモンスターが出たりしたらレアクエストを達成できなくなるかもしれませんし」

「もったいないけど、仕方ないわね」


 あまり遭遇しないレアクエストだからこそ、アリーナも達成して何が手に入るのかが気になっていた。


 そのまま五階層へ上がると、そこは一階層から四階層までとは明らかに違うプレッシャーが放たれていた。

 これがバベルから放たれているのか、五階層に出現するモンスターが放っているのかは分からない。

 だが、この雰囲気は明らかにおかしいのだとアリーナが教えてくれた。


「この感じは、普通の五階層ではないわね」

「それじゃあ、やっぱり?」

「普通のクエストではないし、バベルの五階層とも異なるでしょうね」


 ソロで挑むための参考にならない、ということを暗に言われてしまい、アルストはレアクエスト攻略に気を引き締め直した。


「さーて、今回はどんなアイテムが手に入るかしらー!」

「勝てる前提なんですね」

「当然よ! 負けるつもりだったらバベルには来ないわよ」


 五階層に溢れかえるプレッシャーに緊張していたのか、アルストは弱気になっていた自分に気がついた。

 これではいけないと大きく深呼吸を行ったアルストは、ゆっくりと五階層を進み始めた。

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