第89話 Alice in wonderland 3:恋に落ちる刹那
「いつもは徒歩で行くんですか?」
「そうだな。まぁ……やばい時は錬金術で色々とするがな」
「え……色々とは?」
「屋根を飛んだり、とかな」
「あぁ……でもそれはバレたら……」
「すでにフィーのやつにバレている。あの時の説教はなかなかに響いたなぁ……」
思えば彼はフィーとは仲が良かった。
アルスフィーラ・メディス。
その名前を知らない錬金術師はいないだろう。彼女もまた天才中の天才であり、二十代にして学院を仕切っている錬金術師だ。
メディス家は三大貴族の中でも最も優秀な錬金術師を排出すると有名で、その血は最も尊いものだとも言われている。
そんな純血の一族の中で、アルスフィーラ・メディスは史上最高の天才と謳われていた。もちろん私は貴族と会う機会はかなり多いので、フィーとはよく会っている。彼女は錬金術師の中でも、才能に溢れているというのに人格者だった。決してその実力を誇示したりしないし、奢りもしない。常に謙虚で、それにとても美しい女性だ。
婚期を逃して文句を言っているの聞いたことがあるが、それは彼女があまりにも優秀なため多くの錬金術師がアプローチをかけることさえできないからだ。
そんな彼女でさえも、学院の入学の際には満点など取れなかったし、
貴族の義務、ノブレスオブリージュに縛られることもなければ、その実力に驕ったりなどしない。彼が見据えているのは、農作物のことだけ。それだけが、エルの原動力になっているのだ。
「さて着いたな。俺の研究室はこっちだ」
「今更ですが、勝手に入ってもいいのでしょうか?」
「別にいいだろう。学食などは一般公開されているし、別段禁止されているわけでもない。それに友人を自分の研究室に招くのを禁止される謂れはないな。ま、何かあったらフィーに頼るさ」
「そうですか……」
とりあえずはその言葉を信じて、私は学院の中を進んでいく。
カノヴァリア錬金術学院。
そこは錬金術を極めようとする人間が数多く入学しようと試みる学び舎。だが実際に入学するのは困難であるが、卒業するのはもっと困難である。というのもこの学院には普通の学校と違って、単位を取得して、何年在籍すればいいという明確な基準がないからだ。
卒業する要件はたった一つ。
それは卒業論文を提出すること。
一見簡単なようにも見えるが、それは違う。卒業論文をまとめるだけでも、10年かかってしまう錬金術師もいる。それに論文を書けずに、退学する者もいるほどだ。そんな学院の中で異彩を放っているのが、彼だ。
「ん? どうした?」
「いえそれにしても……広いですね」
「そうだな。ちょっと移動が面倒だが、着いたな」
「ここですか」
「あぁ。さぁ、入ってくれ」
「お邪魔しまーす」
扉を開けて中に入ると、そこには大量のフラスコとそれに紙が乱雑に散らばっていた。机の上には置き場がないほどだ。でも、逆にそれ以外のスペースは小綺麗になっている。
「そこにあるソファーにでも腰掛けてくれ。コーヒーを入れる」
「ありがとうございます」
彼がこの場を離れたので、私は室内を見渡す。本棚には大量の本が敷き詰められていて、それはかなり古いものも含まれているようだった。それに散らばっている紙には何やら手書きで乱雑にたくさんの数式と、文字が乗っていた。これが彼の研究の成果なのだろうか。
「口に合うといいが」
「あ。どうもです」
私はマグカップに入ったコーヒをいただくと、そのままズズズと飲んでみる。
「ん! 美味しい!」
「そうか。ま、それなら良かった」
「え……私、王城でもこんなに美味しいものは飲んだことがないのですけれど、一体どこのですか?」
「それはただの市場のコーヒーだ」
「でも、そんなはずは……」
「錬金術は使いようってことさ」
「錬金術で味に変化を?」
「そんな立派なもんじゃないが。まぁそんなとこだな」
ニヤッと笑う彼はどこか誇らしそうだった。
「そういえば気になったのですが、この散らかっている紙は?」
「あぁ。すまないな。今、片付けよう」
「研究論文ですか?」
「あぁ。昨日の昨晩に完成してな」
「え!? それって卒業論文が完成したってことですか?」
「いやまだ原型だからな。だがおおよその道筋は見えた」
「ということは在学するのは今年一年だけ、とか?」
「まぁ今年中には終わるだろうな。あとはフィーの承認と、上がそれを通過させるかどうか、だな」
「えぇ……流石、史上最高の天才錬金術師ですね……ちなみにテーマは?」
「完全独立型人工知能だ」
「? それって?」
「まぁホムンクルスの類だ」
「ホムンクルスですか!? 実現可能なんですか?」
「理論上はな。俺の構築した理論が間違っていなければ、人工知能は生み出せる。それも人間と同等程度にはなる予定だ」
「ええぇぇぇぇ……もうなんでもありじゃないですか」
「そうでもない。錬金術も奥が深くてな。決してこれは万能の能力でもないさ。しっかりとした理論に上に成り立っている技術的なものだからな。まだ不可能なことは多い」
「そうですか」
「あぁ」
その後は彼の展望を聞いた。
将来はこんな農作物を育てたいとか、事業展開は世界中にしたいとか、品種改良に錬金術はこういう風に便利だとか、色々と話をした。
その姿は年相応の人間に思えた。
その雰囲気、それに圧倒的な錬金術の技量から、どこか浮世離れしているような、そんな印象を抱くが……それは違った。
彼はただ目標に一生懸命なだけだと。私はよく理解できた。
「な? 面白いだろ?」
「えぇとっても。もし事業をするのでしたら、私も協力させてもらっても?」
「まぁ機会があればな」
再びニヤッと笑うその姿を見て、私は心臓が高鳴るを感じた。
この時はまだ気がついていなかった。
エルウィード・ウィリスという天才に、惹かれているということに。
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