第88話 Alice in wonderland 2:色彩溢れる世界
あの後、私はエルとともに王国中を逃げ回った。
もちろん私の行方は一応不明、ということになったので少し騒ぎになったがエルが側にいたということで特にお咎めはなかった。
「アリスだったか。今日はすまなかったな」
「いえこちらも楽しかったです」
「そうか。それなら良かった。それでは、失礼する」
「……はい。さようなら」
王女の前まで送ってもらって、その後ろ姿を見送る。
「……」
不思議な人だった。
正直言って、私は高位の錬金術師にあまりいい印象を抱いてはいなかった。もちろん人格者もいるにはいるのだが、その実力を誇示するような者もいた。
三大貴族、それに王族にも錬金術至上主義のものはいる。
真理探究こそが義務であり、それ以外は些事であると。まるで人の尊厳など考えていなような輩ばかり。そんな錬金術師に私は辟易していた。だからこそ、エルウィード・ウィリスの名前を聞いた時は、あまりいい印象は持たなかった。
史上最年少で
そんな噂を聞くたびに、きっとその人もまた錬金術至上主義の人間であると、そう決めつけていた。
でも実際に本人に出会って、私は知った。
エルウィード・ウィリスはそんな懐古主義的な考えには染まっていない。どこまで自由で、羽ばたいて行ける翼を持つ、自由な人間であると。
羨ましい。
そう思うと同時に私は興味が出た。
彼が何者で、何を成していくのか。
この灰色の世界から少しだけ出てみよう。そんな気持ちが今の私にはあった。
◇
「エル様、おはようございます」
「ん? あぁアリスか。おはよう」
にこりと微笑む。一方で彼の方は額に汗をかきながら、鍬で地面を掘っている。ここは彼の家族が持つ農園だという。彼は最近は早朝にこうして地面を耕して、農作物を育てる準備をしている。
錬金術でその手間を省くことは彼だったらできるだろうに、その作業自体がエルは好きだと言っていた。
私はあれから彼の姿を一目見ようと、この家にやってきていた。噂を集めると、早朝は外の農園で農作業をしているとのことだったので思い切って話しかけて見た次第だ。そうして私は、最近はほぼ毎朝彼に会いにきている。
「お前も毎朝よく来るな」
「えぇ。興味がありますので」
「そうか……まぁそれなら存分に見ていけ」
「はい」
彼は勘違いをしている。
私が興味があるのは、エルウィード・ウィリスその人なのだから。でもそれでも良かった。彼が一生懸命に何かに打ち込む姿を見ているだけで、私はなぜか満たされていた。
朝日を浴びながら一生懸命鍬をあげて、下ろし、耕していく様子を私はニコニコと笑いながら見続ける。
そうしてある程度その作業終えると、エルは学院に向かう準備を始める。
「よし。こんなものか」
「終わりですか?」
「あぁ。この後は学院に行って、実験する予定があるからな」
「そうですか」
「アリスも来るか? 俺の研究室に」
「え? いいんですか?」
「あぁ。興味があるんだろう? 農作物に」
「まぁ……そうですね。そうとも言えます」
「今は新しい農作物を研究している。それに俺が最近追い求めているテーマもある。きっと面白いと思うぞ……!」
ニヤッと笑う彼のその姿は、どこか悪巧みをしているというか……そんな感じの笑顔だった。無邪気、ともいうのだろうか。その大きな体躯、それに凛々しい顔立ちからはちょっと予想できない表情だった。
でもそれが私にはとても魅力的に見えた。
「じゃ、すぐにいくから待っていてくれ」
「わかりました」
私は彼の家の前で、エルが出て来るのを待つ。今は変装していて、麦わら帽子にサングラスをかけているが……まぁ自分でも逆に怪しいと思うが普通に外に出れば大変なことになるのでこれぐらいがちょうど良かった。道ゆく人もさすがに、あのアリス・カノヴァリアだとは思わないだろうから。
「あれ? 何かうちにご用事ですか?」
「えっとその……エル様を待っていて……」
「お兄ちゃんですか?」
「はい。失礼ですが、あなたは?」
「私は妹のリーゼです! それにしてもどうしてサングラスしてるんですか?」
待っていると可愛らしい女の子が私に話しかけて来る。お姉さんと妹がいるのは知っていたが、妹さんは実際に見るととっても可愛らしかった。
「……そうですね。これは秘密ですよ?」
そう言って私はサングラスを外して、麦わら帽子も取ってしまう。
「え!? もしかして、アリス王女!?」
「はい。そうです。私はアリス・カノヴァリアです」
そうしてすぐに変装を元に戻す。
そんな私の素顔を見て、リーゼさんはとても驚いているようだった。
「お、お兄ちゃんとまさか……婚約するんですか!?」
「いえそこまでは……今は友人と、言ったほうがいいでしょうか?」
「おかーさん!! みんなー! 大変! 大変だよー!!」
「あら……行ってしまいましたか……」
リーゼさんはすぐにお家に戻ると、お母さんに何やら勘違いしたことを報告してしまう。その後は家の前に出てきたお母様に挨拶をして、誤解だと伝えておいた。それはもうご丁寧に挨拶をしてもらった。
しかしそれは貴族特有のもの下心に溢れたものではなく、純粋に息子を宜しくお願いしますと、そう頼まれた。
「よし。アリス、準備はいいか?」
「はい」
そうしていると、肝心の本人が出て来る。
色々と家で騒ぎがあったようだが、そんなことは全く意に介していないようで私にそう話しかけて来る。
私たちはそうして、二人並んで学院に向かうのでした。
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