第90話 Alice in wonderland 4:気になるあの人



「ううぅ……ん……」


 早朝。


 私はうるさく鳴り響く目覚まし時計をバンッ、と叩きつけてとりあえずベッドから起き上がってみる。



「ねむ……ねむ……い……」



 いつもならここで二度寝している。いやいつも、と言うのは正しくないのだろう。これはすでに一週間以上も続いているのだから。



 私に殴られ続け、ボコボコになった目覚し時計を見ると時刻は4時前だ。


 なぜ私がこんな時間に起きているのか。そんなことは明白だった。エルの朝の農作業は朝5時から始まるのだ。彼は時間にルーズなのだが、意外にも農作業に関してだけはきっちりと時間を守る。そのため、私も準備とか移動時間を込みでこの時間に起きる必要があったのだ。



「アリス様、お目覚めですか?」

「サリア……うん……なんとか」

「いつも頑張りますね。私はすぐに諦めると思いましたが」

「女にはね……譲れない時があるのよ」

「そうですか……」



 ベッドの隣に立つ女性。それはメイドのサリアだ。彼女は私専属のメイドで、幼い頃からずっと世話をしてくれた。そして、私の無謀とも思えるこの行為にも色々と文句を言うものの付き合ってくれている。


 長い髪を綺麗にまとめて、シワひとつないメイド服を着て、そうして私をじっと見つめる彼女。サリアだって辛いだろうに、私よりも早く起きてこうして準備に付き合ってくれる。本当に彼女には頭があがらない。



「さと、と。では行ってきます」

「はい。いってらっしゃいませ」



 恭しく礼をして、サリアは私を見送ってくれる。


 そうしていつものようにサングラスと麦わら帽子で変装した私はちょうど5時過ぎ当たりに彼の家に着くように歩みを進めるのでした。



 ◇



「おはようございます、エル様って……あれ?」



 挨拶をして農園に入るも、そこには誰もいなかった。左腕に巻いている腕時計を見ても、すでにいつもの時間は過ぎている。だと言うのに彼はいない。どうしたのだろう、と不思議に思っていると妹のリーゼちゃんがぴょこっと顔をだす。



「王女様! おはようございます!」

「あらリーゼちゃん。おはようございます」

「お兄ちゃんなら、帰ってきてないよ!」

「あらそうですか。では、どちらに?」

「多分学院にいると思うよ。偶に泊まり込みで研究してる時があるから」

「そうですか。教えて頂き、ありがとうございます」

「どういたしまして!」



 リーゼちゃんから情報をいただいた私は、その足で学院へと向かいました。あれから何度か彼の研究室にお邪魔している私は、すでにその道に慣れました。


 全く迷うことなく、学院の中に入り、そして建物の中を進む。


 そうして彼の研究室の前にたどり着くと、私はコンコンとドアをノックしてみます。



「……いないのかしら?」



 ドアノブに手をかけて見ると……開いた。鍵はかけていないようなので、いるのかもしれない。



「お、お邪魔しまーす」



 小さな声で、ゆっくりと彼の研究室に入って見る。


 するとそこには……。



「え!? エル様と、フィー?」



 そうそこには……倒れた二人がいた。床に頭を擦り付けるような形で突っ伏している。その様子に驚いていると、ガバッとフィーの方が起きる。目には大きなクマがあり、髪の毛も乱雑に広がっている。



「は!? 意識飛んでた!? エルってば、エル!!」

「俺は……農作物の……王になる……男だ……いや俺はもはや……神だ……ふはは……はは……ぐう……」

「バカなこと言ってないで! 起きて! 起きてよ!」

「うん……あぁ……? なんでフィーがここに……? アリスもいるし……」

「え、あのその……いつもの場所にいなかったので……リーゼちゃんがここだろうと」

「あぁ。そうか……すまないな。泊まり込みで研究をしていてな」

「研究っていうよりもあれはただの暴走じゃない。はぁ……まじでどうなることかと思った……」

「何かあったのですか?」

「実はな……」



 概要はこうだった。


 彼はどうやら完全独立型人工知能の開発に成功。そうしてその人工知能を手近なものに宿そうとしたらしい。そして彼のそばにあったのは、野菜だった。本来ならば野菜に人工知能を宿らせるという暴挙には出ない。それはエル自身もわかっていることだった。しかし何日も続く徹夜に、栄養失調気味の身体は、たとえどれほどの天才であっても、判断を鈍らせた。



 そうして彼はほぼ夢現の状態で、野菜に人工知能を搭載してしまった。そしてそれは成功。成功してしまったらしい。そこはさすがの天才錬金術師。



 だが問題はここから。人工知能の宿った野菜はすぐに部屋を飛び出し、逃走を図った。エルはそのことをやばいと感じ、フィーに連絡。それから二人は奔走してなんとかその野菜の確保に成功……そうしてそのまま、あまりの疲労にここで寝ていたらしい……ということだった。


 私はその話を聞いて唖然としたが、まぁ……彼ならばやりかねないと妙に納得できた。



「ちなみに名前はプロトだ。よろしくな」

「へぇ……そうですかぁ……」



 机の上にコロンと転がっている人参にんじん。側から見れば、ただ人参が置いてあるだけに見えるも……なぜか手足のようなものが生えていた。


 私はなんとなく指先を伸ばして見ると、プロトはその小さな手で私の指にちょこんと触れる。そうしてなぜか何度もペシペシと叩いてくる。



「おぉ! アリスは気に入られたみたいだな!」

「どうせ私は……ダメですよーだ。ふーんだ。別に気にしてないもん……」



 この反応からするに、フィーの方は嫌われているらしい。


 それにしてもこれがホムンクルスか……と私は感慨深くプロトを見つめる。まさか野菜に人工知能を搭載するなど前代未聞だが、実際にこうして意志を持って動いているのだから驚きだ。


 やはり彼は史上最高の天才錬金術師であったのだ。


 そうしてエルウィード・ウィリスはこの研究成果を元に、王国で二番目の碧星級ブルーステラの錬金術師に至ることになった。


 それと同時に私も別の目的ができた。


 それは、私も彼のように……本気で錬金術を学んで見たいと……そう思うようになっていた。




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