第84話 学院攻略戦 1



 あれから俺は家族との安否と、生徒の安否を聞いた。幸いなことに、誰も死んでいることはなく無事に避難したようだ。と言っても家族は王都から離れている場所に暮らしているので、大方無事と信じていたがやはり無事を確認できるだけでもかなり違う。


 そしてプロトたちも偶然リタと一緒にいたおかげで、無事らしい。


 俺はその話を聞いて、一息つくもフィーの様子を見るとそれほど安心はできなかった。


 一気に肉親を二人も亡くしたのだ。その心労は察するところであるが、俺にできることは何もないだろう。ただの慰めのことな無意味だ。それにセレーナも父親を亡くしているようで、かなり気落ちしている。フレッドもまた同様だ。皆、大切な人を亡くしている。この場所にいる騎士もそうだ。皆、大切な人を亡くしている人が多い。それでも俺たちは前に進む必要がある。王国を取り戻すために、動き出す必要があるのだ。



「フィー、行けるのか?」

「えぇ……いける。いえ、行くしかないのよ……」

「そうだな」



 そんなやり取りをして、俺はフィーと別れた。フィーは作戦本部残るらしいが、俺は一旦マリー、レイフ、アリアと合流する。



「すまないが、俺は力になれない。俺は王国民ではないから。口を出す権利はないさ」

「ガハハハ! 我が力を貸してやっても良いが、レイフがまた迷宮に行くというので我もついて行くのじゃ! 王国は任せたぞ!」

「私もお二人について行くことにしました。できることがあると思うので……心苦しいですが、その……」



 三人とも迷宮に向かうらしい。確かに迷宮のことを考えれば、早く次の迷宮に取り組んだ方がいいだろう。アリアのやつもそれなりに戦えるようだし、レイフとマリーもいるから大丈夫だろう。



「……俺もこの件を終わらせたら、また迷宮攻略に行く。それまで、待っていてくれ」

「あぁ。またな、エル」

「がははははは! 達者での!」

「エルさん、その……ありがとうございました!」



 そして三人は王都を去って行った。


 これは俺たち王国民の問題なのだ。ならば、俺たちがどうにかしないでどうする。絶対に俺たちは屈しない。こんな非道には決して……。



 ◇



「フィー、三人は迷宮攻略に行くらしい」

「そう。合理的な判断ね」

「さて今後の方針だが……」

「作戦会議が開かれるそうよ。エルも行くでしょう?」

「あぁ、もちろん」



 フィーは戻るといつも通りになっていた。泣いた形跡もない。伊達に俺よりも歳をとっていないということか。両親が死んだというのに、立ち上がれる精神は本当に賞賛に値する。俺ならば、絶対に心が挫けてしまうだろう。



 そんなことを考えながら、俺たちは作戦会議に参加するのだった。



「フレッド、現状を説明してくれ」

「はいッ!」



 参加しているのは、俺、フィー、フレッド、セレーナ、アーデル、それと騎士数人だ。今はこれが主力らしいが……圧倒的に数が足りない。個々人の強さはそれなりでも、数で押されてしまえばどうしようもない。特に薔薇十字団ローゼンクロイツがほぼ向こうに行っているのは、痛すぎる。俺はその強さがどこまでのものか知らないが、王国最強の騎士なのだ。その実力は伊達ではない。きっと、どこかで戦闘することになるだろう。



「現状、王都の中心から北は全て革命軍の手に落ちています。最北端にある王城にはおそらく、薔薇十字団ローゼンクロイツとアリス王女とオスカー王子がいると思われます。王都の中心はすでに鎮火。しかし、革命軍の兵士が残党狩りをしています。民間人にては出していないようですが、少しでも反抗すれば、即射殺。おおよそ、すでにあの場所にいるのは革命軍のみかと。さらにこの最前線もいつまでも保つかわかりません。現状の目的としては、まずは王都中心にある学院を取り戻すべきかと」



 学院か……確かにあの場所を取り戻せるのはかなりでかい。それになりに設備も整っているし、補給場所としても最適だ。取り戻すことができれば、大きく前進できることになるだろう。だが、俺の懸念はそこではなかった。



 俺の懸念は……。



「フレッドの言うとおり、まずは学院を攻略したいと思います。エルさん、フィーさん、構わないですか?」

「えぇ」

「あぁ」

「それでお二人に質問ですが、革命軍は容赦なく殺しにかかってきます。我々もすでに、革命軍の人間を……同じ王国民を互いに手にかけています。覚悟は、おありですか?」



 その言葉を聞いて、フレッドとセレーナが顔を背ける。おそらく二人もやむなしに、殺してしまっているのだろう。


 人を殺す。その重みは俺はすでに知っている。だが今回は王国民なのだ。同じ国に生まれて、生活をしている相手を殺す必要がある。


 その覚悟が俺にあるのか?


 そう考えていると、フィーのやつは真っ先に答える。



「殺すわ。戦争、特に内戦は過去の歴史を見て、かなりの血が流れている。王国は今まで平和だったけど……その時が来たのよ。いつまで平和ボケしている場合じゃない。殺せるわ」

「……エルさんは?」

「……俺はすでに人を殺した経験がある。やるさ……この王国の未来のためにも」

「……お二人の覚悟、確かに受け取りました。では早速、学院への道を切り開きましょう。今日は残っている革命軍の兵士を日没までに狩り尽くします」

「了解した」



 その言葉を最後に、騎士団に通達が行く。


 そして俺は腰に差している薄羽蜉蝣を取り出すと、それを研ぎ始める。



「師匠、いいのですか?」

「フレッド……お前はもう経験済みなんだろう?」

「えぇ……母親と子どもを守るために、手をかけました。気を付けてください。革命軍の連中は正気ではありません。師匠ならば、大丈夫と思いますがお気を付けて」

「あぁ……」



 そして部屋の隅でじっと研ぎ続けていると、次はセレーナがやって来た。



「エル、ちょっといいですの?」

「ん? あぁ……構わない」

「エルが来てくれたのは本当に心強いですけど……少し心配ですの」

「何がだ? 言っとくが、迷宮攻略の経験もあって結構近接戦もやれるようになったぞ?」

「エルは抵抗がないんですの? 私は未だに手が震えます……」



 そう言うセレーナの手は震えていた。



「この手は……この手で、人を殺した時……私は後悔しました。あぁ……やってしまったのだと……」

「だから俺も後悔すると?」

「……」

「セレーナは今回は下がっていた方がいいだろう。しっかりと気持ちに整理をつけろ。大丈夫だ。俺がセレーナの分も働くさ」

「エルッ……!」



 セレーナの声を無視して、俺は初陣に臨んだ。



 ◇



「エルさん、先頭は僕が切り開きます。討ち漏らした敵を任せてもいいですか?」

「任せろ」



 前衛にアーデル。その後ろに俺とフレッド。さらに後方にはフィーたちが待機している。おそらくこの布陣で負けることはないだろう……と、思っているとアーデルは尋常ではない速さで大地をかけて行った。



「来たぞッ! 反逆者どもだッ!!!」



 敵のその声を合図にして、戦闘が始まった。



「……」



 見事なものだな……と俺は感心していた。アーデルは次々と革命軍の奴らの首を跳ねる。そこに躊躇も、慈悲もない。ただ淡々と、その輝く剣を緋色に染めながら殺していた。


「くそッ!! 死ねええええええええええッ!!」



 瞬間、眼前に敵が迫ってくる。剣を大きく振りかぶり、俺の袈裟を裂こうとしてくる。だがそれはあまりにもお粗末だった。



 俺はすぐに足元を凍らせると、身動きを取れなくする。そしてガラ空きになった首を……一閃。



 ズズズとずれていき、その場にぼとりと首が落ちる。そして俺はそこから先に薄羽蜉蝣で首を刎ねて行った。後方からの支援もあって、スムーズに今回の戦闘を終えることができた。



「師匠、お疲れ様です」

「フレッドもな」

「いえ、師匠に比べればまだまだ……」



 おそらく、アーデルが一番殺し、その次に俺、さらに次がフレッドといったところだろう。互いに話している体にはべっとりと血がこびり付いていた。


「エル、お疲れ様」

「フィーか」

「やったのね」

「あぁ……今回はスムーズにいったな」



 フィーもまた、その体を血で染めていた。そしてそれは自分のものではない。相手の血だった。



 こうして俺たちの初陣は勝利という形で終わった。


 だが、地獄のような戦場の終わりは……まだ見えそうにない。


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