第59話 フィー、再びやらかす



「ふぅ……」


 ベッドで一息つく。俺たちはあれから徒歩で森を抜け、南方にある町にたどり着いていた。普通の人間ならば一日で通り抜けるのは無理だが、俺たち四人は全員がかなりの使い手なので錬金術(主に身体強化)を使ってささっと森を抜けた。


 途中で魔物に出会ったりもしたが、大したことなく今はこうして夜を暖かなベッドで迎えている。



「明日は、どうするか」



 考えるべきはどうやって戻るかだ。ルートとしては第五迷宮に直接向かうのではなく、一度王国を経由したい。学院での授業もあるし、と言っても自習できるように教材は大量に作っているが、最低限のことはしておきたい。迷宮探索をしているとはいえ、やることはやる。今も今後の授業の予定を考えていたり、農作物の研究もしているしな。



 と、そんな事をあれこれ考えていると急にドアがバンッ!! と大きな音を立てて乱暴に開かれた。



「……フィー!!? どうしたんだ!?」

「えへへ〜、来ちゃったあ〜」

「まさか……お前また……」

「ん〜、何がぁ〜?」



 予想はしていた。俺が以外の三人はすでに成人しているので、今日は酒でも飲むと意気込んで飲み屋に繰り出して行った。俺は着いていくのも面倒だと思って、自室にいたが……まさか、こうなるとは。


 マリーはともかく、レイフもいるので安心していたがやはりフィーの悪酔いはどこに言っても同じようだった。


「ほら、お前の部屋まで運んでやるから」

「いやだあああああ〜」


 ジタバタと暴れるフィーの体を無理やり持ち上げ、お姫様抱っこする形でそのまま外に出ようとドアノブに手をかけるが……。


「は? 開かない?」


 意味がわからない。外からはともかく、内側から開けられないとはどう言う事だろう。そう考えていると、外からマリーの大きな声が聞こえて来た。



「がははははははは!! よろしくやるんじゃぞおおおお!!!」



 そう言って声はだんだん遠くなっていく。まさかこれは……。


「ぎゃん!!」


 フィーをベッドに投げ捨てると、俺は特異能力デュナミスを発動してドアを調べてみた。するとそこには見たこともない錬成陣が組まれており、俺の今の力量では自力で開けることは叶わないと悟る。いや、厳密には開けれるがその場合はこの宿が崩壊することになる。


 つまりは、俺は一晩このフィーと過ごす必要があると言うことだ。


 ドアをじっと見ると、永続的なものではなくて徐々に第一質料プリママテリアが漏れ出しているのから分かるように一時的なもののようだ。だがこの状態を見るに一晩は軽く保ちそうだった。



「はぁ……またフィーのお守りか……」



 そう落胆していると、なぜかフィーは服を脱ぎ出していた。



「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいッ!!!」

「なぁに?」

「脱ぐな」

「なんでぇ?」

「それは明日のお前が知る。だから脱ぐな」

「明日の私ぃ? そんなことどうでも、いいもーん。脱ぐもーん」

「待て、慌てるな」

「脱ぐ!」

「やめろ!」

「やだ!!」



 俺はフィーが服を脱がないようになんとか拘束しようとするも、なかなか暴れていて抑えることができない。別に俺はフィーが全裸になろうとも平常心を保つことはできる。ただ問題なのはその行動を止めなかった場合、素面に戻ったフィーに怒鳴れるのが面倒なのだ。以前のような轍は踏みたくない。


 だがフィーのやつは存外力があるようで、そのままガバァっと上着を脱いで下着姿になってしまう。


「お風呂はいって来まーす!」

「あぁ……」


 もう疲れた。色々とここまで来て、今後の予定も考えているのに最後にこんなことになるなんて……明日マリーにはきつくいっておこう。


 そしてフィーが浴室に向かうと俺はベッドに大の字になる。ウトウトとするが、今寝てしまえばフィーがどうなるか分からない……俺が……しっかりと……。



「……は!!?」



 意識が飛んでいた。確実に数分間は寝ていた。フィーはどこだ!? 何も起きてないよな!?



「はぁ……さっぱりしたぁ」

「上がったか」



 さすがに服は着ているようで安心した。


「はぁ、お腹痛い」

「どうした? 何か悪いものでも食べたか?」

「ううん。生理ぃ。私、結構重いの」

「……」

「ねぇ、さすってぇ〜」

「……」


 ベッドに寝転がると腹を見せてくるフィー。きっとこいつは明日死ぬほど後悔するのだろう。でも今ここで拒否するとさらに暴れる気がする。いや、確信している。すなわち俺の取る行動は……大人しく従うことだ。



「はぁ……落ち着くぅ……」

「そ、そうか」



 別に変な気分にはなっていない。だがパジャマ姿で腹を出していると色々と見えてしまうところもあるわけで……。


「ねぇエル」

「?」

「私ね、ずっとエルに言いたかったの」

「何をだ?」

「ありがとうって」

「……どうしてだ?」

「ふふ、秘密でーす!」



 そんな会話をして俺たちは隣り合って睡眠をとった。きっと朝には色々とあるのだろうが、今はとにかく眠りたかった。



 ◇



「はぁ……ねむ、ねむ……」


 朝日がちょうど顔に当たって私は目が覚めた。昨日はあまりお酒を飲むつもりはなかったのに、マリーにどんどんと注がれてたくさん飲んでしまった。色々と有る事無い事いった気がするし、途中から記憶があまりない。


「よいしょ……って、え?」

「ううん……んぅ……」


 隣で寝ているのは間違いない。エルだ。


 え? 私もしかして、やらかした?


 え? ちょっと、マジで?


 しばらくフリーズしていると、私は徐々に思い出して来た。そうだ。あれからマリーにエルの部屋に運ばれて、『よろしくやる』ように言われたのだ。でもだからって、こんな……。



 部屋に入るなり急に脱ぐ女。自分の生理の状況を話す女。平然と隣で寝る女。


 仮に私が男だったらそんな女は嫌だ。でも現実として、私はそんな女なのだ。


 そう……酒など関係なく……。



「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! エルを殺して私も死ぬううううううううううううううううううううううううううう!!」

「ん……あぁ、やっぱりか」

「え、エル……昨日のことは……」

「ん? いつもの事だろう……もう慣れたよ」

「……みた?」

「……まぁある程度は」

「忘れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 とっさに錬金術を発動するも、寝起きとはいえ流石の碧星級ブルーステラ。エルは私の錬金術をあっという間にレジストしてしまう。



「おいおい、落ち着けって。生理が重いことは誰にも話さない。約束だ」

「ほんと?」

「あぁ。お前の酒癖が最悪なのもな」

「……ほんとに?」

「あぁ。農作物に誓う」

「それなら……いいけどさ」



 シュンとなっているとエルは優しく私の頭を撫でてくる。


「どうしたの?」

「いや、落ち込んでいるから……つい、な。妹にはいつもこうしていたもんだから」

「ふーん」


 興味がないふりをしながら、私はその行為を受け入れていた。


 色々と大変な旅だし、実際はこの先にはもっとたくさんの苦労が待ち受けているのかもしれない。


 でも、それでも、エルと一緒ならどこにだって行ける。


 そんな気がした。


 まぁでも……とりあえずは……しばらくは禁酒しよう。


 そう誓った私だった。


 




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