第60話 海を渡れ



「ということで、一度王国を経由したいと思う」


 朝食を四人揃って食べながら、俺はそう提案した。


「王国!!? 王国に行けるのか!!?」


 マリーのやつは妙にテンション高めにそう言っているが、王国に行くのは初めてなのだろうか。


「ん、待てよ。そういえばマリーは身分証明書とかあるのか?」

「ないぞ。そんなものは」

「レイフ、お前以前は……」



 レイフの方をじっと見ると、俺とフィーの方から顔をそらす。この世界は当たり前だが、国を素通りできるシステムにはなっていない。身分証明書がいるのは当然なのだが……持っていないということは以前は密入国して第三迷宮を攻略したということだ。だが、今後のためにもどこかに所属して、そこの発行している身分証明書を持っていた方が便利だろう。



「なら、王国で協会所属の錬金術師になれば? マリーなら大丈夫じゃない? 私が試験受けるように手配してあげるし」

「おおおおおお!!? 本当なのか!!?」

「というよりも、マリーはどうして持っていなかったんだ?」



 俺がそう尋ねるとマリーはモジモジとし始める。何か理由があるのか? 

そう思っているとマリーから出た言葉はものすごいシンプルなものだった。


「……手続きの仕方が分からんのじゃ」

「え?」

「は?」

「あの紙に色々と書けと言われても、分からん! それに説明も長い! 昔それでひどい目にあってから、森でずっと暮らして来たんじゃ!!」

「えーっと、森で暮らしているのはもっと別の理由があるんじゃないのか?」

「ない。ずっと出たいと思っておった」

「「えええぇぇぇ……」」



 俺とフィーは驚嘆の声を漏らす。まさかそんなしょーもない理由であの森に引きこもっていたとは思っていなかったので、マジで驚いた。きっと何か別の理由が色々とあると思っていたが、まさか……。



「レイフは知っていたのか?」

「いや初めて聞いたが、まぁなんとなく予想はついていた」

「……そうか」



 とりあえず今はどうやって王国に戻るかを考えるとしよう。



「俺、フィー、レイフは身分証明書があるからとりあえずはメルクト公国に入国できるが……」



 東の大陸の南にある巨大な国。それがメルクト公国。この国は世界の流通の中心でもあるので様々な人間が存在する。だが入国審査は他の国と同様に身分証明書の提出と様々なチェックがなされる。


 それをどうやって突破するかだが……。



「ふむ。いつも通り、転移で密入国するかの」

「いつも通りか……ちゃんと王国についたら身分証明書作ろうな……それに、他にも色々と手続きを済ませた方がいいだろうなぁ」

「? まさか我、王国に住めるのか!!?」

「まぁ無理じゃないだろうな。それに錬金術の技量は俺以上かもしれない。歓迎だろう」

「ほおおおおおおおお!!」



 妙にテンションの上がっているマリーだが、あの森にある家はいいのだろうか。


「ねぇ、マリー。あの家はいいの? 色々と置いてあるんじゃないの?」

「ん? この本さえあれば、あの家は無くなっても構わん」

「「「……」」」



 なんという身軽さ。俺たち三人は改めてマリーの変人ぶりにため息をつく。第三迷宮で手に入れた書物を持って来ていると思えば、それだけあれば良いとは……全く、本当にいろんな意味ですごいやつだ。



 そしてある程度話をまとめると、俺とフィーとレイフはメルクト公国の検問にたどり着いた。現在はあまり人がいない……というよりも、森の方向から来る人間が少ないのだろう。検問もそれほど厳重という感じではない。



「入国か?」

「あぁ」

「身分証明書、あとはボディチェックだ」


 検問をしている人間に三人分の身分証明書を提出。すると、相手はスッと目を通した後にもう一度俺たちの身分証明書をじっと見る。


「エルウィード・ウィリス」

「はい」

「アルスフィーラ・メディス」

「はい」

「レイフ・アラン」

「おう」

「えーっと、本物ですか?」

「……まぁ全員とも本物だが」


 俺がそう答えると相手はバッと頭を下げて、こう言って来た。


「サインください!!」


 なんだか懐かしい……そんな感じがした。



 ◇



 無事に入国した俺たちはメルクト公国にやって来た。名前しか知らないが、フィーとレイフは来たことがあるのだろうか。


「フィーとレイフは来たことあるのか?」

「私はないわ」

「俺は何度か。顔見知りもいる」

「てことは、船の手配をしてくれるやつにも知り合いがいたりしないか?」

「いや……知り合いは冒険者か錬金術師ばかりだな」

「……やっぱり普通に正規ルートで戻るしかないか」



 そんな会話をしながら俺たちは路地裏にやってくる。


「……エル、本当にできるの?」

「あぁ、任せろ」



 俺はマリーのいる場所とこの場所にパスを作っていた。と言っても第一質料プリママテリアは豊富にあるし、マリーの方で向こうの諸々のことはやってくれている。あとは俺がパスを繋げば……と考えていると早速完成。


 そして黄金に輝く粒子を纏いながら、マリーのやつが現れる。



「フハハハハハ!!! マリーちゃん、見参!!」


 何か変なポースを取りながら現れたが、三人ともなれたようでそのままスルー。俺たちは歩き始めた。


「ちょ!? その反応は寂しいんじゃあああ!!」




 ということで早速港にやって来て、王国行きの船の便を確認する。だがしかし、俺たちの予想もしない情報がそこには張り出されていた。



「……魔物の大量発生につき、今日の王国行きは欠航」

「あら、タイミング悪いわね」

「魔物か? 俺が以前来た時は普通だったが……というよりも海に出る魔物か……」

「イカか!? マグロか!?」

「海鮮物じゃねーよ。魔物だよ、このアホ」

「あいたぁ!!!」



 レイフにチョップをかまされて頭を抱えるマリー。ま、それは平常運転だとして……どうするか。



「すいません。これってどういうことなんですか?」


 近くにいる人間に話を聞いてみることにした。いかにも船乗りという風貌でその肌はかなり焼けているのが伺える。


「あぁ……ここ一週間ぐらいはずっとこんな感じさ。海に出た魔物のせいで出航できないんだよ。金級ゴールドの錬金術師たちが何人か船に乗って行ったけど、どうにも数が多くて退治できないらしい」

「……交渉なんだが、魔物はどうにかするから無料で乗せてくれないか? それと俺たちの身分も聞かないってことで」

「はぁ? あんたら犯罪者か何かか? 俺はそんな犯罪の片棒を担ぐような真似は……ん?」


 俺はポケットにしまっていた碧星級ブルーステラのバッジを見せる。この男は錬金術師について知っているだろうから、このバッジの意味もわかるはずだ。


「碧い、バッジ? まさかあんた……本物なのか?」

「エルウィード・ウィリス。本物だよ」

「最近迷宮を攻略したと聞いたが、どうしてここに……」

「まぁ色々あって……」

「……確かに聞いている風貌と一致するが、実力はどうなんだ? 全員やられるなんてことは想像したくないぜ?」

「俺たち四人なら大丈夫だ。信じてくれ」

「信じるも何もなぁ……」



 相手がそう渋っているとフィーのやつが前に出てくる。なぜか、胸元を大胆に開けて。


「ねぇ……だめ?」

「え!? いやぁ〜、それは!!?」

「信じて。私達なら絶対にできるわ」

「は、はいいいい!!」


 ぎゅっとその男の手を握るとフィーは上目遣いでそう言っていた。


「うわ……」

「おおお。すごいのぉ……大人の色気じゃな」

「お前じゃ出せないな。ロリババア」

「誰がロリババアじゃ! レイフのアホめ! いつかしばくぞ!」



 ということで交渉は成立。俺たちは大量に魔物が発生している海へと繰り出すことになった。


 

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