第41話 行進せよ!
レイフと別れた次の日。俺たちは帝国を出て、王国へと戻ってきていた。俺とフィーとモニカは同じ階の別の部屋に住んでいるので、途中までは一緒だ。ちなみに、さっき言ったようにモニカはフィーの隣の部屋に引っ越しをした。家賃など色々な手続きは全てフィーがしてくれたらしい。本当にフィーは有能である。
そして俺は自分の部屋のドアを開ける。
「「……おかえりなさいませ、あ・な・た?」」
「……」
ドアを開けて、そして……そっ閉じ。あぁ、俺は疲れているんだ。あれほどの死闘を帝国でやってきた。
と、回想までもデジャヴしている場合ではない。今、二人いた気がした。アリスは言わずともそうだが、リタが……あの真面目で農作物の世話もしてくれているあのリタが……いた気がしたのだ。
幻覚だ。そうだ、幻覚なのだこれは。俺はあの戦闘で本当に疲れ切ってしまったのだ。そうだ、そうに違いない。
俺はそう思い込むことにして、もう一度扉を開ける。
「「……おかえりなさいませ、あ・な・た?」」
そっ閉じ。もうだめだ。俺はお
「ちょっと先生っ! 反応してくださいよ! リタも頑張っているのに!!」
「ううううぅぅ……恥ずかしい……」
「なぁ、何やってるんだ? 二人とも」
「何って、お世話ですよ。帝国で疲れた先生を二人で癒しに来ましたっ!」
「いえ私は……プロトたちをここに連れてこようとして……でもそうしたら、アリスちゃんに捕まってしまって……それで……うううぅぅぅ」
二人ともメイド服姿で話しているので、なんか俺の専属メイドみたいだ。だが、王族と三大貴族の娘がメイド服着ているのは色々と問題があるだろう……。
はぁ……とりあえず、家の中に入るか。
「先生、お茶いりますか?」
「ん? あぁ……いつものやつを……いや、その前に風呂入ってくるわ」
「そう言うと思って、沸かしてありますよ」
「そうか? 助かる」
俺はそのまま荷物を置いて、浴室へと行く。すると、アリスの言う通り既に湯が張ってあった。今回も完全に不法侵入なのだが、何かと便利なので文句を言う気にもなれない。
あれ? 俺ってもしかして、王女に世話させてるの? やばくね?
んー、でもまぁ……あいつが勝手にやっていることだしいいだろう。
俺は勝手にそう結論付けると、浴槽に入る。
「はああああぁああああ……いい湯だ」
久しぶりの自宅の風呂。やはり自宅は落ち着く。俺の全てがここにあるような気がする。
「せんせ〜い! ご飯作っておきますね〜」
「あぁ……すまない。頼んだ」
外からそんな声がする。実は今回も浴室に侵入するのではないかという懸念があったが、大丈夫なようだ。俺が本気で疲れているのを案じて、徹底的に尽くしてくれるつもりなのだろう。王族だというのに、甲斐甲斐しいやつだ。まぁ……それに甘えている俺も俺なのだが……。
そして浴室から出て、着替えてリビングに行くとアリスとリタが座って待っていた。今日の夕飯はハンバーグと備え付けのコーンと人参、それにコーンスープ。ふ、俺の実家の野菜を使っているようだな。あの光沢具合と
「先生、私とリタで作りました!」
「いえ……私はちょっとお手伝いしただけで……でも、アリスちゃん凄いんですよ! なんでもテキパキ進めちゃって……王女様なのに凄いなぁと思って……」
「確かにアリスはやけに生活力あるよな。将来は一般的な意味だが、いい嫁になるだろう」
「ふふふ。先生、私が欲しくなりましたか?」
「正直助かるが、お前は王族だろ? 遠くないうちに……」
「もうっ! それは言わない約束ですよ! では、とりあえずいただきましょう!」
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせて食事をとる。ここ数日はバタバタしていたから、新鮮だ。こうしてゆっくりと食事を取るのは。それにアリスはともかく、リタもいるとは。俺の家も賑やかになったもんだ。でも、これって学院で問題にならないよな? うん。ならないと信じておこう。それに貴族と王族なんだ。権力でどうにでもできるはずだ。
「それで先生、帝国は楽しかったんですか?」
「あぁ、アリスにはそう伝えていたな……実は話を聞きに行く予定だったんだが、魔物と戦闘になってな」
「えっ!? どんな魔物なんですか?」
「
俺がそういうと、リタがぶほっ! と咳き込む。
「え!? あれって帝国にいたんですか!!?」
「いや西の村に急に発生してな。千匹近くの個体、それに15メートルを超えて氷の錬金術を使う亜種もいた」
「それで……どうなったんですか?」
「ん? ふつーに殺したよ。結構死闘だったけどな。あと少しで、死んでたな。あはは」
あまり深刻に話してもあれなので、軽く説明しておいた。すると、アリスとリタは妙に真剣な顔をしている。そして口を開いたのはアリスだった。
「先生っ!! 迷宮でも無茶したのに、帝国でも無茶したんですか!? もう、先生は便利屋じゃないのに……フィーとモニカは何やってたんですか!?」
「いや……あれは色々と事情があってだな……」
「まぁ……それは分かってますけど……心配しました。罰として今日も一緒に寝てください」
「え!!? アリスちゃんと先生って一緒に寝る仲なの!? でもそれって普通に寝るって意味だよね? 変な意味はないよね?」
「あらあらあら〜? リタってば、顔を赤くしてどうしたの〜? 変な意味ってなぁに?」
「え!? そ、それは……その……男女の……あれっていうか……もうっ! 分かってるでしょ!?」
「はいはい。ごめんなさいね。リタが可愛いから、ついね」
それから三人で色々と話した。すると、リタが面白いものを見せてくるという。今回野菜たちを連れて来たのはこの件もあったかららしい。
「おぉ……プロトに一号たち、元気だったか?」
そういうと、全員がビシッと敬礼をする。
え? 何これ? デジャヴ?
「先生、見ていてくださいっ!」
すると、リタの首には笛というか……ホイッスルがかけてあった。何あれ?
リタはホイッスルを口にくわえて、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、と音を出し始める。その次の瞬間、野菜たちはビクッと反応して急に行進をし始めた。隊列は縦にしっかりと揃っている。間隔も絶妙だ。
「全体ー、進めッ!!」
そして野菜たちはピッ、ピッ、ピッ、という音に合わせて机の上を綺麗に行進して行く。ぐるっと一周回った後に、リタは再び口を開く。
「隊列ー、変形ッ!! 全体ー、進めッ!!」
次は横一列に並んで、真っ直ぐ行進する。うん。手足のばらつきはない。横から見るとよくわかるが、これは圧巻だ。まるで軍隊の行進そのもの。全てが綺麗に揃いに揃っている。でも……何これ?
「よしッ! 全体ー、休めッ!!」
野菜たちはリタに敬礼をすると、そのまま手を後ろに組んで休めのポーズをとる。あいつらからはどことなく、自信というか歴戦の軍人のような雰囲気が感じられる。うん、何これ。
「どうですか、先生っ!? すごくないですかっ!!?」
「あぁ……すごいけど、これ何?」
「何って行進ですよ? みんな仲良くするためには、団体行動が必須です。なので先生がいない間は行進の練習をみんなでしていました」
「あ……そう」
野菜たちは完全にリタの配下なようだ。アリスはそんな様子を見て、「リタってやっぱ変な才能あるよね……」と呟いていた。それは俺も同意だ。
そんな時、再びガチャリとドアが開く。
「ちょっと、エル……夜にうるさいわよ……私とモニカのことも考えて……」
玄関にはフィーとモニカがいた。そしてアリスとリタを見て固まる。
「あらあらあら? フィーってば今頃きたの? もう終わったのにねぇ……ふふ」
はい。いつものやつが始まる。
俺たちの夜はまだまだ終わりそうになかった。でもたまには、こんな雰囲気もいいかなと思いながら俺たちはガヤガヤと騒ぎ始めるのだった。
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