第42話 第六迷宮、攻略再開


 あれから数日。俺たち三人は学院での仕事、モニカは授業を受けながら、日々を過ごしていたが迷宮攻略を再開することにした。


 当初の目的である迷宮の情報はレイフにもらった。そして俺たち三人は毎晩ミーティングを開いた。情報を元にどのように攻略をするのがいいのか、どうすれば最も効率よくできるのか、などなど互いの意見をすり合わせて。俺たちは早朝にエルフの村に行った。


 ちなみにモニカは学院の生徒になったことを両親には伝えていたらしく、当然村にも広がる。モニカは村に帰ると色々な人におめでとうと言われていた。そしてそのたびにモニカは微笑んでいた。夢が叶ったんだ。そりゃあ嬉しいだろう。


 そしてモニカの家について、俺たちは準備を開始する。


「今回は十一層からか。転移はできるよな、フィー」

「えぇ。しっかりとマーキングはしているから、第一質料プリママテリアにアクセスできれば可能なはずよ」

「よし。準備は万端だな」

「先生、今度はあまり無茶はしないでくださいよ?」

「まぁ……状況にもよるが、最善を尽くそう」



 ◇



 第十層。あの死闘を繰り広げた場所に戻ってきていた。だが、おかしい。そう、おかしいのだ。ここにあるはずのものがないからだ。


「ねぇ……あの時凍らせた死体は、どこなの?」

「え……あの時先生が、凍らせましたよね……」

「分からん。生きているわけもないし、そんなすぐに解けるわけでもない。これも迷宮の性質なのか?」


 いきなり転移してくれば、あの亜種の死体がないのだ。ますます分からなくなるな、この迷宮という存在が。


 俺はレイフにもらった情報の書いてある紙を見る。だが、どこにも今回の現象に当てはまる記述はない。


「考えていても仕方ない。行こう」

「えぇ」

「はい」


 俺たちは階段を降りて、十一層に進む。レイフの情報通りならば、大きな山場は二十層、三十層、四十層、五十層だ。もちろんそれを鵜呑みにするわけではないが、一つの指針にはなる。


 そして俺たちは現れる巨大蜘蛛ヒュージスパイダーを殺し続けた。これもまた、情報の通り下に行けば行くほど個体は強力になっていった。だがアルタートでの戦闘を考えると、あのスコーピオンたちほどは強くない。何と言っても、巨大蜘蛛ヒュージスパイダーはあの硬い外殻がない。しかも反射陣リフレクターやレジストをする個体も少ない。


 あの戦場で慣れたのか、俺は自分の錬金術師としての力量が上がっているのを感じていた。特に、第一質料プリママテリアの扱いが抜群になった。些細な量の調整ができるようになり、錬金術の微調整も効くようになった。ピンポイントで巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの足先だけを凍らせて、薄羽蜉蝣で一閃。


 その作業を繰り返すだけ。フィーとモニカも同じように淡々と脚を凍らせていき、俺が頭を両断する。



 そして順調に進んでいき、俺たちは十五層へとたどり着いた。今は十六層への階段の前で休みをする。


「はぁ……今の所は順調だな」

「そうね。まだ全然いけるわね」

「でもそろそろ二十層が見えてきますね、ちょっと怖いです」

「油断せずに行こう」


 飲料水と携帯食料を食べると、俺たちはそのまま次の層へと進んでいく。そんな矢先、俺は視界にチラッと何かを捉えた。


 あれは……ウロボロスの紋章か?


 ウロボロス。それは錬金術において、『一は全、全は一』という円環を示すものだ。自分の尾を加えた蛇。あの紋章は教科書にも出てくるし、錬金術師ならば常識として知っている。だが、この迷宮にこれが刻まれているというのはどういうことだろうか。


「フィー、モニカ、見ろ。ウロボロスだ」

「え?」

「ん?」


 階段を降りる時の壁に一匹だけだが、ウロボロスが刻まれている。これは何かの意味があるのかもしれない。


「……確かに、ウロボロスね。でもどうしてここに?」

「……ウロボロスが示すのは、世界の円環ですよね? もしかして迷宮って、どこかと繋がっているとか?」

「そうだな……これは無視できない。やはり、迷宮はロストテクノロジー、または錬金術に関連した施設なのかもしれない」


 そして俺はその情報をノートにささっと書き込む。

 

 ウロボロス。これはきっと、何かに繋がっている気がする。




 そしてそのまま進んでいき、俺たちは順調に二十層の手前までやってきた。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーも流石に練度が上がっているのか、かなり戦略的な動きをしてきた。だがしかし、知性は俺たち人間の方が上だ。あいつらの戦略などたかが知れている。殺すのはそんなに手間ではなかった。


 そして問題の二十層の前。情報通りならば、ここにも強力な個体がいるはずだ。


「……行くぞ。準備はいいな?」

「えぇ」

「はい……」


 俺は薄羽蜉蝣を抜刀した状態で進んで行く。


「……これは?」


 俺が先陣を切って二十層に入った。そこは十層と同じ空間だった。ただただ、広い空間。だだ、ここはおかしい。そう、おかしいのだ。


「ねぇ、エル……ここって」

「先生……」

「あぁ……何も、ない?」


 そうだ。ここには何もないのだ。生命の気配もない。ただただ、何もない空虚な空間。そして、二十一層の階段が見える。


「まぁ……それならそれで、先に行きましょう」


 フィーが歩こうとした瞬間、俺は絶対領域サンクチュアリを発動していたからこそ気がついた。何か錬金術が発動しているのだと……。


「フィーッ!!! 危ないッ!!!!!!!」

「……え?」


 俺はフィーの真下で発動した錬金術から彼女を庇うようにして突き飛ばす。そして発動した錬金術はまともに俺に襲い掛かった。


 そうだ……この錬金術は……転移だ。


 呆然としたフィーの顔を最後に、俺はどこかへと跳ばされていった。



 ◇



「う……ここは?」


 転移した瞬間に来た場所は小部屋だった。迷宮のトラップで転移した瞬間に大量の巨大蜘蛛ヒュージスパイダーに襲われる可能性も考慮したが、違うようだ。それに俺は気がついていた。あの錬金術はここ数日の間に設置されたもので、人間の体内の第一質料プリママテリアに反応して遅延発動するものだ。俺は迷宮は一筋縄でいかないのだと痛感した。


 あの錬金術は巨大蜘蛛ヒュージスパイダーが設置したのか、それとも……第三者の人間が、やったのか。でも人間だと考えると、おかしい。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーを無視してあそこまでたどり着けるのか? 転移を使うにしても、あれは互いの場所をマーキングする必要がある。


 まさか先駆者がいるのか? だがなぜあんな真似をする? 理解できないが、今はとりあえず……ここから出るしかない。そしてフィーとモニカと合流する必要がある。きっと心配しているようだしな。



 俺は指先から炎を錬成して、周囲を照らしてみる。すると、机と……何か箱があった。これは……レイフが言っていたものか?


「箱……でも、ガラスが付いている……何に使うんだ? それにこれは?」


 そこにあったのは箱と、小さな丸いもの。紐がついている。でも、何に使うのか分からない。でもこれは、王国でも帝国でも見たことはない。まさか、ロストテクノロジーなのか?


 持って帰りたいが、ぐっと持ち上げると重い。錬金術を使えば、運べるだろうが今はそれよりも現状を把握することの方が大切だろう。



 俺は扉を開けるとそこには細い通路があった。そしてその通路を見てギョッとする。そう、そこには大量のウロボロスがずっと連結しているようにして、描かれていたからだ。瞬間、両サイドの上にある明かりがともる。


「……来いってか?」


 まるで誘っているようだった。視線の先は薄暗い。何があるのかも分からない。だが俺が今できる選択肢は、進むだけ。それだけしかない。幸い、ポーチには水と携帯食料がまだ十分にある。迷宮探索はいける。落ち着け、俺は大丈夫だ……。



 そして俺は何かに誘われるようにして、歩みを進めるのだった。

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