第40話 迷宮の性質
「……エル、本当にもう大丈夫なの?」
「あぁ。もう万全だ」
「それなら良かったけど、最近のエルは本当に無茶しすぎ! 気をつけてよね!!」
「そうですよ、先生っ! 倒れた時は本当にどうなるかと思いましたっ!」
「ははは……すまん」
翌日。俺たちは帝都へと戻ってきていた。クラリスのやつは事後処理があるとかで忙しいらしい、そして俺たちはレイフと以前に来た居酒屋へと足を運んでいた。ちなみに、モニカは自分は治療の手伝いをするからいけないと言って今回はいない。それにレイフの圧がどうにも苦手らしい。
今は俺とフィーが待っている状態である。
そんな俺たちはやっと今回の目的である迷宮の件を聞くことができる。
そしてしばらくすると、レイフのやつがやって来た。
「マスター、酒を」
「あいよ」
そう注文してから、レイフは俺の目の前に座る。その瞬間、俺は音が漏れないように音声遮断の錬金術を発動。これで内密な話もできる。
「さて……どこから話してものか……」
「確か、十層に強力な魔物がいると知っていたな。あれはどうしてなんだ?」
「あぁ……あれは俺が攻略した第三迷宮もそうだったからだ。全五十層からなる莫大な地下空間。そして十層、二十層、三十層、四十層、五十層、そこには全て強力な個体がいて、奥に進めば進むほど魔物は強くなる。さらに階層ごとに縄張りがあるのか、他の階層に行った魔物はそこの奴らに捕食される。どうやら、ヒエラルキーのようなものが生態系としてあるようだ。そっちも同じか?」
「あ……エル、覚えてる? あれのこと」
「あぁ……あれか。やはりあれはそういうことだったのか」
そう言われて俺は思い出していた。第一層にいた
「こちらも同じ生態系が確認できた。一層の
「なるほど。その情報はこちらにも有益だ。これは迷宮共通の認識と考えていいな」
「それで、第三迷宮はどうだったんだ? 漠然とした質問だが」
「第三迷宮の別名は知っているよな?」
「あぁ。キメラの迷宮だろう?」
「そうだ」
第三迷宮。別名、キメラの迷宮。そこには何故か様々な魔物が組み合わされた強力な個体がウロウロしている。キメラ自体は錬金術で生み出すことは可能だが、魔物となれば話が違う。強力な魔物を確保して、組み合わせる。理論としてはそうだが、あの迷宮ではその数が異常に多いのだ。人の手で生まれたというよりは、自然発生していると考えた方が合理的である。詳しくは分からないが、あそこにいるキメラもまたロストテクノロジーの産物なのかもしれない。
「第三迷宮はまさに地獄だった。今回の
「……もう一人と言うのは、有名な人なのか?」
「マリー・ブラン。年齢不詳の女だ。ある森で引きこもっていた錬金術師だが、変わった奴でな。真理探究のために、我が力を貸してやろう! とかほざく頭のイカれた女だが、技量とサバイバル能力だけは抜群だった。五十層でもあいつの活躍がなければ俺は死んでいた」
「マリー・ブラン? 確か噂程度で聞いたことがあるわ」
「フィー、知っているのか?」
マリー・ブランという名前を俺は知らない。だがどうやら、フィーは知っているらしい。
「なんでも極東の森に住んでいる魔女とも呼ばれている超一流の錬金術師よ。協会所属じゃないから全然分からないけど、表舞台にいれば
「アルスフィーラの言う通り、奴は極東の森の中。さらにその最深部で研究をしていた。なんでもそこが一番濃度がいいとか、なんとか言っていたな。だがしかし、技量で言えば……エルと同格なのは間違いないな。まぁ、俺の主観も入るがマリーのやつも錬金術は錬成陣なしで使っていたしな」
「え……!!? そんな人がエル以外にもいたなんて……世界は広いわね」
「それでレイフ。そのマリーとやら今はどこに?」
「帰ったよ、森に。今回の冒険も楽しかったですよ、とか言ってな。戦利品も何も取らずに戻って行った。お前と同じで、錬金術を極めている奴はどこかイかれている」
「……なるほど」
イかれていると言う言葉は無視する。俺は農作物に一途なだけだ。そう……思いたい。
「で、話を戻すと迷宮にはヒエラルキーがあって……どうやら最深部の魔物は何かを守っているらしい。守護神のような存在だな」
「第三迷宮の最深部には何がいたんだ?」
「キマイラさ。キメラの語源となる、神話に登場するアレだ」
「キマイラ? てことは、頭が獅子、胴体が山羊、尻尾が毒蛇の?」
「あぁ。強靭すぎる肉体に、口からは炎を吐く、さらに胴体にある山羊の頭は錬金術で電撃を使う。尻尾の毒蛇は言わずもがな、まさに三位一体。尋常ではない死闘だった。攻撃はマリーにレジストしてもらい、俺が攻撃を与えて……十数時間戦ったのちに、首を
「そこにあったのか? 何かが……?」
「あったのは箱と、四角て黒い小さなものが二つ。それだけだ。箱はよく分からないが、黒いやつは周囲の音を拾えるらしい。両方とも、王国の協会に送ったが、見ていないか?」
「あれか……」
「あれね……」
俺とフィーは箱はともかく、もう一つの方に心当たりがある。それはオスカー王子が使っていた盗聴器だ。まさかレイフたちが死闘の末に手に入れたものが、あのアホの手に渡るとは……因果なものだ。
「ま、結局のところ第三迷宮を攻略しても魔物の生態系と謎の物体しか見つからなかった。だがお前たちも気がついているだろうが、世界の魔物の生態系がおかしい。俺が気がついたのは三年前からだ」
「三年前? そんな時からか?」
「あぁ。俺は仕事柄、人と向き合うよりも魔物と向き合っている方が長い。そして異変は三年前だったと思う。少なくとも、俺が気がついた時はな。それで迷宮攻略と同時に、いや攻略する前から何かおかしかったな……だが、未だに全貌は掴めていない。俺は帝都のクラリスに迷宮の情報を与えにここにきて、お前たちと同じように成り行きであの蠍どもと戦った。そして俺は次は第五迷宮に行く予定だ」
「……第五迷宮か。と言うことは北に行くんだな」
第五迷宮。それは氷の迷宮と呼ばれている。北のさらに奥の、最北端に位置する氷で出来ている迷宮。そこは他の迷宮よりも情報が少なく、誰も近寄らないことで有名だ。レイフはどうやらそこに行くらしい。まぁ、魔剣レーヴァテインの能力を考えれば、妥当な選択だと思う。
「あぁ。本当は迷宮は俺が全て踏破しようと思っていたが、第六迷宮は任せる」
「……そうだな。俺たちも戻ったら、第六迷宮攻略を再開する」
「最後に餞別だ」
「これは?」
「俺がまとめた魔物のデータと、第三迷宮の特徴が書いてある代物だ。考察も書いてあるが、主観的なものだ。鵜呑みにはするな」
「いいのか? そんな莫大な金になりそうなものを」
「俺は別に金のために生きているわけじゃない。やるさ。それにコピーはとってある」
「助かる。ありがとう」
俺はそう言って、分厚い紙の束をもらう。
「さて、じゃあ俺は北に行く」
「あぁ……またな」
「エル、アルスフィーラ、それにモニカはいないが……お前たち三人なら第六迷宮を攻略できると信じている。この世界の異変を解く鍵は迷宮だ。よろしく頼む」
「さようなら、レイフ。エルは任せて、私がしっかりと舵を握っておくから」
フィーがそう言うと、レイフはフィーの耳元に口を近づけて何か囁いた。
「こいつ、鈍感だろ? 頑張れよ。時には強引に迫るのも手だぜ?」
「なあッ!!?」
フィーが顔を真っ赤にして、ぎょっとした顔をする。一体何を言われたのだろうか。
「じゃあな!! また会おう!!」
そうしてレイフはでかい声をあげて、去って行ったのだった。
第三迷宮を踏破した冒険者レイフ・アラン。奴はどこかぶっきらぼうだが、情に厚く、そして月並みな言葉になるがいい奴だった。またいつか、会える時が来るだろう。その時までに俺たちも迷宮攻略をしなければ。
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