第39話 異常魔物戦域アルタート 5


 あれから30分が経過した。


 俺とレイフは亜種のやつをかなり追い詰めていた。


「キ、キィィィイイイ……」


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「まだ、死なねぇのか……このクソ蠍は……」


 三者ともに満身創痍。すでに魔力は互いに尽きかけている。巨大蠍ヒュージスコーピオンの亜種はすでに、右鋏は再生できないのかそのまま切断された状態になっている。だが欠損しているのは、そこだけ。ただ身体中に火傷の跡と、切り裂かれた跡が残っている。どくどくと溢れる血液が、今の戦場の過酷さを物語っている。



 そして、一方の俺とレイフも満身創痍。俺は先ほどの攻撃のダメージがまだ残っているし、レイフのやつは俺を庇うために放った炎のせいで魔力が枯渇気味だ。第一質料プリママテリアも乱れに乱れている。



「キィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 それはおそらく、最期の咆哮。これでお前らを殺すという意志の表れなのだろう。俺とレイフに休む暇を与えることなく、亜種のやつはもう突進を仕掛けてくる。


「……これで……終わりにしてやる」


 薄羽蜉蝣を低く構えると、俺は呆然と立ち尽くす。レイフのやつは魔力の枯渇でフラフラになっている。今なら、俺の方がまだ戦えるだろう。そして奴も、俺目掛けて迫ってくる。


 ドドドドドドド、と大地を駆けてくる。砂埃を立ち上げながら、俺の首を取りに来る。


 動かない。いや、もう動く必要はなかった。そもそも、今の俺にそこまでの力は残っていない。ならば、やれることは一つだけだ。


「……スゥウウウウウウー、ハァアアアアー」


 大きく深呼吸をして覚悟を決める。これは失敗すれば俺の命が終わる。間違いなく、一瞬で首を弾き飛ばされる。いやきっと生きたまま捕食されて終わりだろう。



「カ、カ、カ、キ、キ、キィィ、キィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



 眼前に迫ってくるやつを捉えながら、俺は居合抜きの構えを取る。薄羽蜉蝣を握る手にはジワリと汗がにじむ。失敗は許されない。失敗すれば俺が死に、そしてレイフが死ぬ。


 今回使うのは、錬金術と刀の合わせ技。そう、俺はこの薄羽蜉蝣をさらに進化させる。そうでなければ敵わない。今の俺に魔力はほとんど残っていない。だが周囲には錬金術を大量に使用することで生じた第一質料プリママテリアが大量に漂っている。ならば、大量の第一質料プリママテリアとわずかな魔力、そして俺の明確な心的イメージの3つを組み合わせれば……できる。


 思い出せ。あの時の、プロトを作った時、そして一号たちを作った時を。あの時にやったことをなぞるだけだ。さらにレイフのあの魔剣を思い出せ。その二つの記憶を組み合わせて、俺は……覚悟を決めた。


「……まだ、まだだ……こい……もっと来い……」


 この技は射程が極端に短い。そのために十分に引きつける必要がある。


「キィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 眼前。俺はすでに死の領域に足を踏み入れている。1秒以下の世界。この世界で俺は全てを決める必要がある。絶対領域サンクチュアリは俺の半径数センチに留めている。身体から僅かに離れた領域が、俺の反応できる全てだ。


 そして、俺の頭に鋏が触れようとする。そう、ギリギリのところ。本当に触れているか、いないのか、分からないほどの近距離。側から見れば、俺は亜種の鋏に切断されたと思うだろう。だが、まだゼロコンマの世界で俺は生きている。


 そしてこう呟いて、俺は薄羽蜉蝣を鞘から引き抜いた。


「……属性付与エンチャント絶対零度アブソリュートゼロ





 抜刀した瞬間、俺の目の前には氷の柱が縦に伸びるようにして走っていく。そしてそれをまともに喰らった亜種のやつは、奇声を発する。


「キ、キ、キ、キアアアア、キイイイイィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 だが俺のこの攻撃を食らってしまえば、もう終わりだ。この技は、相手の体内の第一質料プリママテリアをも使用して放たれる錬金術だ。薄羽蜉蝣の表面に絶対零度アブソリュートゼロの錬金術を込めておいて、放つ。その対象となったものは、俺の組み込んだ錬成陣に触れると自動的にその対象と第一質料プリママテリアが組み合わさり、錬金術が発動する。


 今回はそれを絶対零度アブソリュートゼロを応用して使ったのだ。


 そして体外と、体内からピキピキと凍りついていき……最後に俺の頰を引っかくようにして鋏が凍りついていき……全てが終わった。


 巨大蠍ヒュージスコーピオン亜種の生命活動は今この時をもって終了した。


「はぁ……はぁ……はぁ……終わったのか……」


 俺は薄羽蜉蝣を杖にするようにして、地面に突き刺す。肩で息をしながら、目の前の光景を見る。15メートルを超える巨大な蠍は、俺の眼前で完全に凍りついている。そして僅かに掠った頰からツーっと血が流れ出てくる。


 本当に僅かな差だった。どちらが死んでもおかしくはない。それほどまでに、死闘を極めていた。


 だが俺は勝った。今までの研究成果を全て注ぎ込んで、勝ったのだ。プロトや一号たち、そして大切な仲間がいるからこそ、俺はここまで戦うことができた。


 農家だってやればできるのだと、両親に自慢したいくらいだ。


 でも、今はそうだな。疲れたから、十分に休みたいな……。


「エルッ!! エルッ!!!」

「先生っ! 先生っ!!」


 フィーとモニカの声が聞こえる。おそらくあっちも終わったのだろう。


 良かった。本当に良かった。


 そして俺は自分の意識をそこで手放した。



 ◇



「……ここは、どこだ?」



 目が覚めた。だがあれからそれほど時間が経過したという実感はなかった。体を確認すると、外傷は全くない。確認して見るが、魔力が足りない程度で今の俺は十分に健康体だった。


 そして周りを見ると、ここは夜戦病棟だと分かった。ベッドで寝ている俺は体を起こすと、そこにはフィーとモニカが重なるようにして寝ていた。


「……あら? 起きたのね?」

「クラリス……戦況は?」

「勝ったわ。おそらくあのデカいのがリーダーだったのね。あいつをあなたが倒した瞬間に、他のスコーピオンたちは戦意を喪失したのか、あっさりと駆逐できたわ。おそらく、この戦いはこれで終わりでしょう」

「……そうか。勝てたのか……それで、こちらの損害は?」

「死傷者が数名ね。あなたの怪我はこの二人が全身全霊をもって治療してくれたのよ? 感謝しときなさい」

「あぁ……そうだな」


 そして俺は二人を起こさないようにして、ベッドから出ていく。


「あら? まだ寝てなくていいの?」

「あぁ。魔力が足りないくらいで、体は平気なようだ。ちょっと涼んでくる」

「……いってらっしゃい」


 俺はそのまま外に出ていく。空を見上げると、そこには星々が輝きを放っていた。雲は一切ない。どこまでも澄んだ夜空。そんな風景を見ながら、俺は初陣の前に一人でいた場所に向かう。すると、やはり……この男がいた。


「レイフ、大丈夫なのか?」

「あ? エルか。お前こそ、重症だっただろ」

「俺はフィーとモニカのおかげでなんとかな。お前は魔力がかなり無くなっていただろう。影響は?」

「飯食って、寝れば戻る。俺はそんなに外傷はなかったしな」

「……そうか」


 俺はたちはそのまましばらく黙っていた。すると、レイフの方が先に口を開く。


「迷宮の話だが、明日には俺の持つ情報を全て伝える」

「情報料は?」

「今回の件でチャラだ。お前がいたからあいつは倒せたからな」

「そうか。分かった、じゃあまた明日話を聞こう」

「あぁ……」



 そして俺はそのままレイフの元を去っていくのだった。


 こうして、俺の初陣は勝利という形で終わった。


 だがこれはまだ始まり。世界の変異のほんの序章でしかなかったということを、俺はのちに知ることになる。

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