第38話 異常魔物戦域アルタート 4


 巨大蠍ヒュージスコーピオンの亜種。それはあの迷宮での戦いを彷彿とさせるものだった。それと同時にオレは確信する、これは迷宮と同じ現象で、世界中の魔物が活性化しているのだと。そう考えなければ、説明がつかない。


「キィィイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 亜種がそう叫びながら俺目掛けて突進。両手の鋏を振りかざしてくるが、大きさもあってそれは遅い。


 だが、俺の感覚は何かを捉えた。そう、今目の前にあった鋏が後方から迫っているというありえない現状を。


 絶対領域サンクチュアリ第一質料プリママテリアを知覚する能力である。そして錬金術が使われる際に兆候として現れるのが、特有の揺らぎ。錬成陣に収束するようにして集まる第一質料プリママテリアを俺は知覚できる。そのため、未来予知とまではいかないが、ある程度錬金術の使用に対して先読み程度はできる。


「……くッ! 転移かッ!! 厄介すぎるッ!!」


 そして俺は後方から転移によって迫り来る鋏を何とか躱すと、そのまま距離を取る。レイフのやつも俺の方へと寄ってきて、とりあえず二人でこの戦線を維持する。


「ふぅ……やばいなあれは」

「そうだな。ただお前は特異能力デュナミスで対応できるようだが、俺は厳しいな」

「大丈夫なのか?」

「何、伊達に何十年も戦場に立ってはいない。死線はなんどもくぐってきた。今回もその一つに過ぎないということだ」

「……強気だな」

「そうじゃなきゃ、死んでいるさ」


 瞬間、亜種のやつは尻尾を天高くあげる。すると周囲にまるで噴水のように毒をばら撒き始める。


「行くぞッ、エルッ!! 再生する箇所はお前に任せるッ!!」

「了解したッ!!」


 そうして俺たち二人は地面を駆ける。


 駆ける、駆ける、駆けるッ! 大地をしっかりと踏みしめながら俺たちは毒を躱して、奴の尻尾と鋏を狙う。


「ハアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 レイフのやつはレーヴァテインの能力を解放。尋常ではない炎が亜種の鋏を包み込んで、そしていていく。


「キィィイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 亜種のやつはそれに悶絶しているが、やはりレジストも使えるようで瞬く間にその炎は消えてしまう。


 そして俺はその隙に背後に回り込んでいた。姿勢を低くして、地面に対して薄羽蜉蝣を平行にしながら駆けていた。さらにその勢いのまま、俺は天高く飛んだ。


「ハァアアアアアアアアッ!!!!!」


 俺もまた雄叫びをあげながら、亜種の尻尾を一閃。スパッと切れた尻尾はそのままドスンと地面に落ちる。だが次の瞬間には切断面から肉が盛り上がってきていた。俺はすかさず、その切断面を凍らせる。


 パキパキパキと凍りつく尻尾はレジストして対抗しているも、すぐには解除されない。今回は第一質料プリママテリアと魔力をかなり強く込めていた。少なくとも、あと数分はあの尻尾は再生できないだろう。



 そして俺とレイフは再び、距離をとって一息つく。


「はぁ……はぁ……尻尾はあと数分は保つ……」

「よくやった。だが、あとはあの鋏だな」

「あぁ、そうだな」

「また凍らせることはできないのか?」

「あの純度の氷だと錬成に膨大な第一質料プリママテリアと魔力が必要になる。そう連発できるものじゃない」

「……なるほど。てことは、やることは変わらねぇってことか」


 そう話していると、亜種のやつの外殻の色が変化していくことに俺たちは気がついた。


「青い……外殻……?」

「エル、気をつけろ……何かおかしい」


 そして次の瞬間、やつは脱皮したのだ。ズルズルと剥けていく外殻からは、バカでかい皮が地面に落ちていく。


「キィイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 咆哮。いつにも増して大きな声量に俺たちはたまらず耳をふさいでしまう。


「な……あれは……」


 俺が見たのは今までとは全く異なる巨大蠍ヒュージスコーピオンだった。真っ青な外殻に、どこまで透き通る輝き。一見すればその見た目は幻想的にも見える。だが、尻尾もすでに再生しており俺たちは再び一からやつと戦わなければならない。それにあの変化に何が起きたのかも分からない。


 寒冷地方に存在するという個体らしいが、あれはサイズも普通のものとは桁違い。どんな攻撃が来るか分からない。


「……レイフッ!! 避けろッ!!!」


 俺はやつの攻撃を先読みできた。というよりは錬金術を使ってきたので、何が来るかまで予測できたのだ。


 奴が使っているのは氷。氷の錬金術だ。見た目通りといえばそうだが、俺たちの間を引き裂くようにして縦にザァァアアと巨大な氷の壁が走っていく。


 俺は右に、そしてレイフは左に躱した。


 だが次の瞬間、俺は自身の右側に尋常ではない圧を感じた。


「……は?」


 そう。奴はすでに俺の右側に回り込んでいたのだ。俺は先入観で転移できるのは鋏や尻尾など、ある程度サイズが限られていると思っていた。俺自身も転移を使う際は自分よりも大きなものを移動させるのは苦しい。だからこそ予想すべきだった。こいつもまた、自分自身を移動させることができるのだと。


 そして俺は薄羽蜉蝣を盾にするようにして相手の攻撃を防ぐ。薄羽蜉蝣の硬度をあげ、俺の体も衝撃に耐えれるようにする。だがこれは1秒以下の攻防。俺も錬金術をそこまで極めていない。とっさの環境で万全の錬金術が使えるわけではない。


「ぐぅぅぅううううううううううううううううううッ!!!!」


 呻き声を上げながら俺はそのまま後方へと吹っ飛ばされる。


「……ガハッ!!!」


 吐血。おそらく内臓か、骨がやられた。俺は尋常ではない痛みに耐えながら、まともに受身を取ることなくそのまま後方へと転がっていく。


 そして薄羽蜉蝣を突き立てるようにして静止すると、すでに奴は俺の眼前に迫っていた。


 俺の頭はまさにあの鋏に飲み込まれようとしていたのだ。


「あ……」


 呆然として、そんな声が出る。


 これは……死んだ。








「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおッ!!!」


 だが俺の首は宙を舞うことはなかった。俺と鋏の間に炎の柱が出現したからだ。レイフが雄叫びをあげながら、レーヴァテインの能力を解放したようだった。


「キイイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 悶絶しながらよろよろと後方へ下がっていく亜種。そして俺の横にはレイフのやつが来ていた。


「生きてるか?」

「何とかな……」

「骨か? 内臓か?」

「両方だと思うが……応急処置は自分でできる」


 俺は自分の腹に手を当てるようにして、錬金術を発動。医療系のものは得意ではないが、最低限のことはできる。骨を軽く繋ぎ合わせ、内臓からの出血も塞ぐ。だがじわじわとした痛みは消えない。脂汗も止まることはない。


「はぁ……はぁ……はぁ……成功だ……」

「……流石と言いたいが、もう戦えないだろう。ここからは俺一人で」

「いや……俺も行く」

「しかし……」

「分かっているだろう? あれは一人の手に余る。俺とレイフが揃ってやっと太刀打ちできる位相手だ……」

「そうだが……行けるのか?」

「あぁ……俺は国に大切なものをたくさん残している。こんなところでくたばる訳にはいかないさ」

「なら……やるか」

「あぁッ!!」


 俺は痛みを無視して立ち上がる。まだ魔力は残っているし、第一質料プリママテリアも感じ取れる。やれる。俺はまだ戦える。


 それに、俺がここで引いてしまえばこの前線は一気に崩れ落ちて、被害は甚大になる。後衛の人間たちがいくら束になっても、この亜種には敵わないだろう。


 それに俺にはまだやるべきことが残っている。国に残している野菜たちに、まだ成果の出ていない研究、それに俺の生徒たちもいる。


 こんなところで死ぬ訳にはいかない。俺は自分の夢を絶対に果たすのだから。



「 キイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」



 やっと炎をレジストしたのか、亜種は再び吠える。だが灼けた鋏の回復はまだ完全にはなされていないようで、爛れているのがよく見える。


「今度こそ決めるぞッ!!」

「あぁッ!!!」


 そして俺とレイフは再び地面を駆け抜けて行くのだった。



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