第37話 異常魔物戦域アルタート 3


 夕方。と言ってもすでに日は暮れつつある。


 俺たち最前線組は、横に並んで待ち構えている。薄羽蜉蝣は帯刀済み、さらに特異能力デュナミスである絶対領域サンクチュアリも発動済み。


 俺は周囲の第一質料プリママテリアの流れを感じ取っていた。空気のように流れているも、それは均一に集まっている。だがそんな時、わずかな揺らぎを感じた。


「……来たぞ、レイフ」

「もう分かるのか、エル」

「あぁ。微かな第一質料プリママテリアの揺れを感じる。かなりの数だな……正確な数字は出ないが数百は超えている」

「総員、戦闘準備ッ!!!」


 今回の戦闘ではレイフが隊長を務めている。そしてその声を聞いた最前線組は各々の武器を構え、戦闘態勢に入る。


「……レイフ、俺が先制攻撃を仕掛ける。と言っても足元を凍らせる程度だ。反射陣リフレクターの影響がここまで届かない程度にはしておく」

「分かった。先陣はお前が切れ」


 瞬間、水平線から真っ赤な塊が砂埃をあげて迫ってくる。


 ドドドドドドドドドド、という地響きを上げながらやって来たのはスコーピオンの大群。俺は自分の錬金術の射程範囲に奴らを捉えると、真下から氷の領域を錬成する。


 ピキピキピキと薄い氷が地面を走って行くと、スコーピオンの大群の動きが鈍る。


「……よしッ! 決まったッ!!」


「「「「キィイイィィイイイイアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」」


 何匹かは足止めに成功して、奇声を発している。だが反射陣リフレクターを使ったものもいるようで、そのままこちらに直進してくる個体もいた。


「……フッ」


 肺から一気に空気を吐き出すと、俺はそのまま地面を駆ける。身体強化をしている俺の速度は生半可なものではない。


 駆ける。駆ける。駆ける。駆けるッ!!


 周囲の風景が一瞬で過ぎ去っていき、俺の目前にはスコーピオンが数体。横並びになっているスコーピオンたちは俺をその巨大で鋭利なはさみで切り裂こうと襲いかかってくる。


 だが俺は相手の鋏がこちらに届く前に、一閃。


 薄羽蜉蝣を真横に一閃すると、ズズズッと上半身が横に裂けてボトリと落ちる。


「いけえええええええええええええッ!!!!! 一匹も後ろに漏らすなあああああああああああああああああああッ!!!!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」


 俺の一太刀を合図に、一気に仲間たちがスコーピオンの大群へと突撃。俺もそれに合わせて、手早くスコーピオンを切り裂いていく。


 単身突撃した俺は孤立気味なために周囲を完全に囲まれているも、絶対領域サンクチュアリで周囲は完全に把握している。


 後ろの死角からの攻撃も難なく躱し、一閃。


 またボトリと頭が落ちていく。その瞬間を狙ってか、スコーピオンは一斉に尻尾から毒のシャワーを俺に浴びせてくる。だがそれはあまりにもお粗末すぎる。


 一瞬で相手のそばに移動して、そのまま切り裂く。毒を放つ際はこいつらは無防備になる。まだ鋏で攻撃された方がマシだ。


 そして再び俺は地面を蹴って、戦場を駆ける。走り去りながら、一気に何十体ものスコーピオンを細切りにしていく。


「「「「キィィイイイイイアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」」


 痛み、威嚇、または応援を呼んでいるのかスコーピオンたちが一斉に騒ぎ始めるも俺は自分の手を緩めない。さらに、薄羽蜉蝣の切れ味は全く落ちる気配がない。切れば切るほど、感覚が自分に馴染んでいる気がする。



「うわあああああッ!! 来るなッ!! こっちに来るなあああああッ!!!」


 見ると一人の男が倒れこんでいた。すでに右腕は肘から先がなく、止血を何とかしながら後方に下がっている。距離にして100メートルは離れているも、俺は迷うことなくそちらに向かうと、四体のスコーピオンの足元を錬金術で凍らせる。


 今回は反射陣リフレクターを使わない個体だったようだ。運がいい。


「……ハァッ!!」


 俺は動きの取れない四体のスコーピオンの頭を薄羽蜉蝣で切り裂く。溢れ出る体液を避けながら、何とか倒れている男を助ける。


「……大丈夫か?」

「あぁ……本当に助かった。ありがとう。流石は碧星級ブルーステラ、鬼神のようだな」

「今は世辞はいい。早く後方へ下がれ」

「あぁ。礼は後で……」


 俺はそう言って男を見送ると、さらに戦場の奥深くへと潜るようにして駆けて行った。



 ◇



「……かなり殺したな」


 俺の周りには何百体という屍の山が築かれていた。おそらくスコーピオンの数は千に迫っていただろう。だが今はすでにほぼ殲滅した。残っているのも数十体で、それはレイフの周りにいる。助ける必要もないだろう。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 レイフはそう叫ぶと、魔剣レーヴァテインの能力を解放。燃え盛る炎がスコーピオンを焼き尽くす。


「「「キィイィィィィィイイイイィィィイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」


 断末魔。振るわれる青い炎の海へと飲み込まれていくスコーピオン達。圧巻だ。流石は魔剣。俺の薄羽蜉蝣とは異なり、圧倒的に多数向けの代物だな。


 そうして逃げていくスコーピオンを殺し尽くして、第一陣は終了。こちらの負傷者は十人以下。死亡したものは今回はいない。


 上々だろう。


「エル、終わったな」

「レイフ。流石だな、最期の一撃は中々のものだった」

「お前の方こそ、あの技量は驚いた。初陣前にビビっていた男とは思えない働きだった。正直言って、今回の成果はお前のおかげがかなり大きい。助かった」


 俺たちは互いの健闘を讃えあっていた。終わったのだ。無事にやりきったのだ。最前線で俺たちが殺し尽くし、漏れたものは後方からの錬金術でカバー。完璧だった。そう、完璧だったのだ。


 だが俺はこの時でも、絶対領域サンクチュアリを発動していた。終わったというのに発動していたのはただ忘れていただけだ。偶然、ただの偶然だった。


 しかし、それが始まりだった。この泥沼の戦場をさらに泥沼へと引きずりこむ、始まり。



「……?」

「どうした、エル?」

「地下に何かいる……でかいぞ、これはッ!!!」

「まさか、巨大蠍ヒュージスコーピオンかッ!!!?」



 瞬間、地面から爆発音がすると大きな真っ赤な鋏が見える。そして徐々に姿を現したそれは……まさにいびつであった。


「なッ……!!?」

「あれが、巨大蠍ヒュージスコーピオンだと……!?」


 現れた巨大蠍ヒュージスコーピオンは明らかに異常だった。全長は15メートルを超えているだろう。それにはさみのサイズも体格に比べて異様に大きい。これもまた、あの迷宮と同じ亜種なのだろうか。そう考えていると、亜種のやつは鋏を高らかにあげると、その鋭利な口を開いた。



「キィイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」


 奇声。俺たちは堪らず耳をふさぐ。すると、再び水平線から大量のスコーピオンの群れが出現。


「エルッ!! 俺たちで時間を稼ぐぞッ!!」

「了解ッ!!」


 逸早く気が付いた俺とレイフは再び戦闘体制に入る。俺は迫り来るスコーピオンの群れは氷の障壁を立てることで進行を遅らせる。正直言って、あちらの対処は俺たちでなくとも何とかなるだろう。


 だがしかし、目の前にいるこいつだけは俺とレイフの二人で戦う必要がある。そう直感的に感じていた。



「レイフッ!! 後ろだッ!!」


 瞬間、奴の尻尾に錬成陣が出現したと思ったら転移してレイフの頭部めがけて鋭い尻尾が迫っていた。


「くそッ!! これが転移かッ!!!」


 レイフは俺の言葉を知覚した瞬間に、その場にしゃがみこんでそれを避ける。俺はすかさずその隙をついて、尻尾を切断。毒を放つあれは早めに処理するに限る。薄羽蜉蝣の切れ味も変わらない。そして、そのままスパッと切り裂くが、次の瞬間俺たちは最悪のものを目にする。


「再生……だと……」

「そのようだな……これは最悪だ……」


 そう。切り裂かれた尻尾はすでに再生されていた。そして亜種のやつは切り落とされた尻尾をムシャムシャと食べ始めていた。



「キィイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」



 その咆哮は雄叫びか、怒りか、それとも……。


 さらなる地獄の戦場が幕を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る