第34話 魔物の活性化


 あれからもみくちゃにされた俺は、なんとか協会を脱出。ヘトヘトになって外に出ると、フィーとモニカが待ってくれていた。


「エル、どうだった……?」

「つ、疲れた……」

「でしょ? 帝国の錬金術師は結構フレンドリーだからね。そりゃあ一気に来るわよ。ま、有名税ね」

「有名税か、そうだよなぁ……とりあえず、今日はもう何もしたくない……」

「宿を取っているから、行きましょう」

「あぁ……」


 そうして俺たちはフィーが取った宿に向かう。途中でジロジロと顔を見られていたが、俺はバッジを隠しているのでバレたりしないはずだ。まぁ顔を完璧に知られていたらアウトだが……今の暗い状況なら他人の空似程度でどうにかなるはずだ。


「エルは一人部屋ね。私とモニカは一緒の部屋だから」

「三人一緒の方が安いくないか。今から変えればいいだろ?」

「あんたにはデリカシーがないのかッ!! ふん! あとで合流ね! ご飯食べにいくから!!」

「あぁ……分かった」


 怒られてしまった。やはり、俺には女心は分からない模様だ。


 そうして俺は荷物を置いて外で待つことにした。持っているのは財布だけだ。



「全員集まったわね。それじゃあ行きましょうか」

「どこにいくんですか、フィーさん」

「行きつけの居酒屋。ま、今回は騒ぎにならないように、認識阻害を使いましょ」

「……いいんですか? 街で錬金術を使っても?」

「私たちには有名人が一人いるからね。それに迷惑をかけるわけでもないし、大丈夫よ」

「そうですか、分かりました」


 フィーおすすめの居酒屋はすぐそこにあった。店主とも顔馴染みらしく、奥の目立たない席に案内してもらった。俺は軽く自分に認識阻害をかけることにして、注文はフィーとモニカに任せた。


「それで、レイフ・アランはどこにいるんだ? 情報は?」

「それが……今、帝都にいるってことしか分からないのよ」

「情報源は?」

「ここの会長。クラリス・バーデって名前なんだけど、私と同い年で仲いいのよ」

「フィーと同じ年でこの帝国で会長か。有能なんだな」

「そりゃね。私よりもずっとね。で、私が迷宮に潜ってる噂を聞いて、知らせてくれたわけ」

「……なるほど」

「聞き込みをするとかはどうですか?」

「そうね……それもいいかもしれないけど。でも、結構時間かかりそうね」


 そう三人で話していると、ドアが乱雑に開く。入ってきたのは男女の二人組。だが、それを見た周りは妙に萎縮しているというか、驚いているというか……変な感じだ。


「あ……クラリスじゃない」

「え? あれがそうなのか?」

「えぇ。間違いないわ」


 黒髪ショートカットで身長は高い。170センチはあるだろう。スラッとした体つきだ。一方の隣にいる男は筋骨隆々で茶髪の刈り上げをした男。俺よりも身長は高く、さらに筋肉は分厚い。よほどの使い手なのだと見受けられる。


 さらに体には錬成陣が掘られているのがチラッと見える。近接武器を使う人間は錬成陣を体に刻んでいる傾向にある。俺たちのように錬成陣なしで使えればいいのだが、そうもいかない人間が多いので錬成陣を刻むのは主流だ。


 だがしかし、それにはデメリットが存在する。まずは施術の際の痛み。神経に届くまで錬成陣を刻み込むので痛みは相当なものだ。さらに、魔力の消費が激しい。その二点から、あまり使い手はいないのだが、この男はぱっと見は身体中に刻まれている。さぞ優秀な人間なのだろう。


 そう俺が二人を観察していると、フィーとクラリスは普通に会話をし始める。


「あら? フィーじゃない」

「久しぶり、クラリス。帰ってきたの? 協会に行ったんだけど」

「実は西の方で魔物が活性化していてね。討伐隊に参加していたのよ」

「魔物? 種類は?」

スコーピオンよ。しかも、巨大蠍ヒュージスコーピオンもいたわ」

「え? あれって帝国に生息していたの? 砂漠とか、熱帯地方に多いはずじゃ……」

「それが謎なのよ。でも実際に人が死んでいるし、被害も大きいの。今日は休むけど、明日からはまた西の前線に戻るわ」

「前線? 野戦病棟でもあるの? そんな規模で?」

「数千といるわ。今はかなり削ったけど、まだ分からない。今は補給部隊が帝都で補給中ね」

「そんなことになってるなんて……」

「そんなことよりも、そちらの二人は?」


 クラリスがそう言うので、俺とモニカは自己紹介をする。


「エルウィード・ウィリスです」

「モニカ・ダンです。エルフです」


「へぇ……碧星級ブルーステラ白金級プラチナのエルフね。私はクラリス・バーデ。白金級プラチナの錬金術師で、帝国の錬金術協会で会長をしているわ。あ、それとタメ口でいいから。私、堅苦しいの嫌いなの」

「え、あの……クラリスさんってお呼びするのはダメでしょうか?」

「……あなたはその口調が普通みたいだからいいわ、モニカ」

「クラリス、それでそっちの男性は?」


 俺は不躾だがそう聞いてみた。そして帰ってきた返答は得心のいくものだった。


「レイフ・アラン。迷宮踏破者よ」



 ◇



 そして俺たちが探していたレイフ・アランは口を開く。


「レイフ・アランだ。アルスフィーラ・メディスに、エルウィード・ウィリス、それにモニカ・ダンだな。現在第六迷宮を攻略しているらしいな。それと俺もレイフでいい。堅苦しいのは苦手だ。それで、第六迷宮はどうだ?」


 レイフはそう言ってじっと俺を見てくる。


 これは俺が答えるべきか。


「……現在は第十層まで攻略した」

「十層? てことは、何かデカい、それともとびきり強い魔物に出会わなかったか?」

「あぁ。全長10メートルオーバーの巨大蜘蛛ヒュージスパイダーと戦った。しかも錬金術を使ってくる。主に防御と転移だったが」

「討伐したのか? 三人で?」

「フィーとモニカにカバーしてもらいながら、俺が絶対零度アブソリュートゼロで凍らせた」

特異錬金術エクストラを一人で使えるのか。碧星級ブルーステラは伊達じゃないってか……」

「俺たちは貴方に会いにきたんだ」

「情報が欲しいのか?」

「その通りだ」

「なるほど……なぁ、クラリス。こいつらも前線に呼べよ。使えるぜ、きっと」


 レイフがそうクラリスに話を振る。


「あら? それはいい考えね。と言うよりも、最初からそう考えていたわ。前線に碧星級ブルーステラ白金級プラチナ二人。さらにあの第六迷宮を十層まで突破していると聞けば、参加してもらうしかないわね。フィーそれでいい?」

「私はいいけど、モニカとエルは?」


 俺たちも揃って頷く。


「俺の迷宮に関する情報は今回の件でお前たちが迷宮を踏破できると判断できたら、教える。百聞は一見に如かず、と言うしな。まだ信用はしていない」

「あぁ、分かった。それで状況は? どうなってるんだ?」

「実は……」


 それからクラリスが概要を説明してくれた。


 一ヶ月前、西の村でスコーピオンが出現。数は千を超え、中には巨大蠍ヒュージスコーピオンもいたらしい。


 スコーピオンは危険度B級、巨大蠍ヒュージスコーピオンは危険度A級の魔物。甲殻種の魔物で、生態系としては基本的に砂漠などの熱帯地方に生息している。真っ赤な外殻を持っており、生半可の攻撃では弾かれてしまう。それに尻尾の毒は喰らえば、数分後には死に至る。また厄介なのが、その毒を撒き散らすところだ。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーと似ている面もあるが、どちらかといえばスコーピオン系の方が厄介だ。それが数千もどこからともなく出現。今は優秀な錬金術師と軍がことに当たっているらしい。だが、今はほぼ錬金術師しか最前線に残っていないみたいだ。他の普通の人間はすでに死亡か、負傷で戦線離脱。


 かなり厳しい状況らしい。


「前線を離れていいのか?」


 俺がそう尋ねると、クラリスが真剣な目つきで答える。


「あいつらには活動サイクルがあるみたいなの。今はどこかで休んでいるわ。これはパターン化されていて、一定時間活動した後はどこかに逃げるわ。尋常じゃないスピードでね」

「……迷宮の件といい、魔物が活性化しているのか? それとも……」



 そうして俺たちは一旦解散して、明日に備えることにした。

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