第35話 異常魔物戦域アルタート 1


 翌日、早朝。俺たち五人は馬車に乗り込んで、西にあるアルタート村に向かっていた。アルタート。それは帝都から西に外れた先にある小さな村。馬車で数時間ほどで辿り着くその場所だが、今は地獄の戦場と化しているらしい。


 さらにクラリスの情報だと今日の夕方からスコーピオンたちが出現するようだ。


「これ、読んでおきなさい。三人とも」


 クラリスにそう言われて俺、フィー、モニカの三人は資料を受け取る。それはスコーピオンについての詳細な情報だった。


 スコーピオン。危険度B級の魔物。蜘蛛と異なり、スコーピオンに小さなものはいない。スコーピオンは過去からずっと進化しており、一番小さな個体でも人と同程度。基本的は熱帯地方、特に砂漠に存在しているが寒冷地方に適応しているものもいる。外殻の色は基本的に赤い。だが、寒冷地方には真っ青な個体もいるらしい。この情報は知らなかったな。やはり魔物も環境に応じて変化するのか。


 戦闘は基本的に頭を潰すこと。外殻はかなり固く、突破するのは容易ではない。そのため集中的に頭を潰すことを優先するべきと書いてある。だが中には錬金術を使って防御してくるものもおり、一概にはその戦い方は正解ではない。


 またスコーピオンは尻尾の毒を周囲に撒き散らすこともある。これは柔らかい皮膚を持っている人間にはかなり効果的で、触れた箇所は爛れて真っ赤になる。さらに時間経過で真っ青になり、死に至る。と言う風に情報が纏められていた。


 最後の文章は、適宜柔軟に対応せよ。そう簡潔に占められている。



スコーピオンなら足を凍らせればいいんじゃないか?」


 俺は資料をざっと読んで、そう質問してみる。だが帰ってきた答えはそう簡単な話ではないと言うことだった。


「数がかなり多いし、周りの人間を巻き込む可能性があるわ。それに、反射陣リフレクターを使う個体もいるのよ。基本的には最前線は白兵戦。後は後ろから錬金術でバックアップという感じでやってるわ」

「……反射陣リフレクターか。厄介だな」


 反射陣リフレクターとは、相手の錬金術をそっくりそのまま返す錬金術のことである。錬金術師の中にも使い手は少なくないし、俺も使える。だが、魔物が反射陣リフレクターまで使うとなるとこれはいよいよ……おかしい。


 異変だ。明らかに何かを起点にしてこの世界に異変が起きている。


 迷宮の件、それに今回のスコーピオン。錬金術を使う魔物に、今までは出現しない場所に現れる魔物。これが全くの偶然だと、俺には思えなかった。


「それで、エル、フィー、モニカで白兵戦ができるのは? できる人は最前線に行って欲しいのだけど」

「……俺だけだな」


 クラリスの質問に俺が答える。黙っておけば、フィーとモニカも行くと言いかねない。最前線での戦闘は間違いなく地獄だ。死と隣り合わせの戦場になる。それならば、俺が行くしかない。伊達に碧星級ブルーステラの錬金術師ではないのだ。


「……行けるのか?」


 レイフが訝しい目で俺をじっと見つめる。


「あぁ。俺は本来はただの農家だが、最近は迷宮攻略で白兵戦も慣れてきた。それにコレもあるしな」


 俺は腰に差している薄羽蜉蝣をトントンと叩く。するとレイフは気になるのか、それに手を伸ばしてくる。


「……見てもいいか?」

「あぁ。構わない」


 スーッと引き抜くと、翠の刀身が露わになる。ここにくる前に研いでおいたし、錬金術で硬度も以前より上げておいた。おそらく、スコーピオンの外殻も容易に切り裂けるだろう。


 第六迷宮でのことを踏まえて、俺は薄羽蜉蝣を強化していたのがここで活きるとはな……。


「……薄いな。だが、悪くない。切れ味は抜群だろうな。それに、高度もかなりある。スコーピオンの外殻程度なら問題ないだろう。さては、魔剣か? しかし、翠で薄く細い、さらに切れ味に特化した魔剣は知らないな。第六迷宮で入手したのか?」

「いや、自分で作った」

「……材料は?」

「キュウリだ」

「……なるほど。碧星級ブルーステラは農作物に狂ったイかれた天才と噂があったが、本当なようだな……キュウリから魔剣相当の業物わざものを生み出すとは……呆れて言葉も出ない」


 農作物に狂ったイかれた天才、とはまた酷い噂もあったものだ。まぁ的を得ているのは自分でも自覚しているので特に反論はしない。俺の研究結果が正当に評価されているのだから、別に文句を言うべきでもないしな。


「俺はこれを使う。魔剣、レーヴァテインだ」

「……レーヴァテイン? 炎の魔剣か?」

「あぁ。第三迷宮の最深部で手に入れた」


 魔剣レーヴァテイン。俺の薄羽蜉蝣とは違って正真正銘の魔剣。真っ赤な外観に、分厚い刀身。俺の薄羽蜉蝣は切ることに特化しており、刀の形態をしているがこれは違う。


 分厚く、重量のあるこの魔剣は全てを叩き潰すと言う感じがする。しかも、魔剣レーヴァテインといえば炎を纏うことができるのだ。


「あの……魔剣って、普通の剣と何が違うんですか?」


 モニカがそう言ってくるので、俺が答えることにした。レイフは基本的に寡黙そうだからな。


「魔剣は現代の錬金術では再現できない剣のことだ。ロストテクノロジーの一種で、この魔剣レーヴァテインは炎を纏うことができる」

「炎を纏うって……普通に錬金術で出来るんじゃ?」

「いや魔剣は、この剣そのものに錬金術が施されているんだ。武器に錬成陣を刻むのは出来るけど、必ず錬金術師の魔力が必要となる。でも魔剣はコレ一つで完成している。ある種、究極の剣なんだよ」

「へぇ……すごいですね……」


 俺はレイフにレーヴァテインを返すと、レイフはニヤッと笑っていたのだった。



 ◇



「野戦病棟か……ひどいな、これは」


 アルタート村に着いた俺たちは野戦病棟に顔を出していた。簡易的に作られたテントにはベッドがたくさん並べてあった。また、この村の家はもう誰もいない。全員すでに避難したらしい。ここにいるのは軍人か錬金術師だけだ。


 腕がないもの、足がないもの、目がないもの、様々だった。軽症から重症まで色々な人間がいた。うめき声を上げながら、じっと耐えているようだった。


 帝国はかなり広い国で、このアルタート村に大規模な軍が到着するのは何日もかかる。それまでこの近隣を守っている兵士たちが戦っていたようだ。錬金術師もいるが、戦闘に特化したものは少ないため多くの兵士が駆り出された。その結果がコレらしい。


 魔物との大規模戦闘など今までに例はない。あったとしてもこちらはしっかりと準備をできていたし、相手の魔物も縄張りからは出ない。非常に簡単に対処できていた。


 そう、今までは。だが、突然のスコーピオンの出現に対処した人間は軒並みやられ、この野戦病棟が生まれてしまうことになったみたいだ。



「わ、私、治療してきます!」

「私も行くわ」


 フィーとモニカは治療系の錬金術が得意である。俺が迷宮で負傷した時も助けてもらったしな。俺も何かできることは……そう思っているとレイフに肩を掴まれる。


「エル、お前は何もするな。数時間後には最前線だ、温存しておけ。それにお前の存在はこいつらの希望になる」

「?」


 よくわからないと言う顔をしていると、レイフが声を荒げて話し始めた。


「聞けッ!! 碧星級ブルーステラの錬金術師である、エルウィード・ウィリスがやって来てくれた。これで活路が見出せるッ!! お前たちの負傷は無駄ではない。俺たちとこいつで必ず最前線を維持し、そしてスコーピオンどもを一網打尽にしてやるッ!!」


「おおぉぉ……あれが……」

「レイフ殿がそう言うのなら……」

「あぁ……良かったこれで……」

「俺たちは生きて帰れるのか……?」


 陰鬱だった野戦病棟はまるで息が吹きかえったように活気を取り戻す。


「おい、いいのか。言い過ぎじゃないのか?」

「いいさ。このぐらいのパフォーマンスは許せ。士気にも関わる。よし、俺たちは作戦本部に行くぞ」


 そして俺はレイフの後についてくのだった。





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