第28話 モニカの軌跡 2


 どうも、モニカです。私はエルさんたちと一緒に迷宮へ行くことになりました。碧星級ブルーステラ白金級プラチナの錬金術師と共に行けるなんて、夢のようです。


 ちなみにそれは、早朝にフィーさんに錬成陣なしの錬金術を見せたのが決めただったようです。


「モ、モニカ……あなたそれ……自力で覚えたの?」

「いえ。エルさんの論文を参考にしました」

「参考にって……読んだだけ?」

「はい。読み込んで理論を完全に覚えて、何度も反復練習しました」

「まさか……この村に白金級プラチナレベルの錬金術師がいるなんて……」

「え!? 私って、白金級プラチナレベルなんですか!!?」

「そうね。あの理論を理解していて、使えるなら白金級プラチナレベルね。多分、今すぐ試験を受けても受かるわよ。実践はともかく、まぁペーパーの方は分からないけど」

「へ、へぇ……お、驚きです。自分がそんなに成長しているなんて」

「あぁ、そう言えばこの村ではモニカしか使えないものね」

「はい……でも、ちょっと嬉しいです。努力した甲斐がありました」



 こういうやりとりをした結果、私はその後にエルさんにも同行を許可して貰えました。でも、迷宮は生半可な気持ちでは臨めません。あそこは本当に異質なところだと、村ではずっと言われているからです。そうして、私たちは迷宮へ突入しました。



 ◇



「臨戦態勢ッ!! 二人は俺のカバーをッ!! 一気に決めるッ!!」

「「了解ッ!!!」」


「よし、構築完了だッ!! フィー、モニカッ!! 俺の後ろに来いッ!!」

「ひいいいいいぃぃ、追いかけてくるうううううう!!!」



 迷宮第一層。大量の巨大蜘蛛ヒュージスパイダーを前に、私は恐怖していました。普通の蜘蛛は別に大丈夫です。でもこの数になると、自分が生きたまま頭から食べられてしまうのではないかと……そう、想像してしまうのです。


 でもフィーさんが半狂乱になりながらも使う錬金術は私よりもずっと練度が高いし、エルさんはもっと凄いのです。


 特異錬金術エクストラ。それは大規模錬金術のことで、錬成陣を幾重にも合わせ大量の魔力を使うことで成せる錬金術。しかし使用するには膨大な時間がかかるので、実践的ではありません。


 でも、エルさんはやってのけました。ものの1分で。


「……絶対零度アブソリュートゼロ


 それは絶対零度の領域。瞬く間に全ての巨大蜘蛛ヒュージスパイダーが凍りついていきます。


 圧巻。これを表現するのにこれ以上に適切な言葉はありません。


 全てが、ずば抜けている。特異錬金術エクストラを一人で使える錬金術師などいません。彼を除いては……。私は改めて、碧星級ブルーステラの異質さを垣間見るのでした。



 それから一度王国に行って、私たちはもう一度迷宮へやってきました。二度目は勝手が分かっているのか、順調です。二層、三層、四層と手際よく進みます。でも、十層で私たちは思い知ることになるのです。この迷宮という存在の恐ろしさを。



「……え!!? 閉じ込められた!!?」

「だ、大丈夫なんですか!?」

「いや、この程度なら破壊……できない? 錬金術が完全に弾かれる。まさか、転移も……フィーッ!! 転移は使えるか!!?」

「だめ!! 他の層と錬金術のつながりが断たれているわ! 第一質料プリママテリアの経由ができない!」

「……閉じ込められた、か」



 十層に入った瞬間、扉が閉じて完全に封鎖されました。錬金術も壁にレジストされて、出る手段がなくなってしまったのです。


 そして私たちは天井で大きな何かがうごめいているのに気がつきます。あれは……巨大蜘蛛ヒュージスパイダーでも、大きさが桁違い。おそらく亜種でしょうが、あれはあまりにも大き過ぎます。



「フィー、モニカッ!! やるぞッ!!」

「「了解ッ!!」」



 エルさんの声を合図に、戦闘に入ります。今回の戦闘は本当に死闘と呼ぶべきものでした。錬金術を使ってくる上に、転移も併用してくるのです。吐き出す糸を転移で移動させ、死角から攻撃してくる。私とフィーさんがそれに対応して、エルさんが本体と一人で戦っています。でも、私はエルさんの魔力がもうあまりないことを知っていました。あの薄羽蜉蝣うすばかげろうと身体強化のみで戦っていますが、亜種は再生も使うのです。私たちは完全に追い込まれていました。


 そんな時、エルさんは使ったのです。真っ白な賢者の石を。


 私たちは何とか攻撃を防ぎながら時間を稼ぎます。そして、エルさんが叫びました。


「フィーッ!! モニカッ!! こっちに来いッ!!」



 瞬間、私はフィーさんの転移でエルさんの背後にいました。でも後ろから見る彼の姿は痛々しいものでした。身体中から出血して、地面には血溜まりができています。でも、止めることはできません。だってこうしないと、私たちが全員……死んでしまうのだから。



「キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キィィィィイイィィィィ……キ、キ、キィィィィ……」



 亜種が最後の声を絞り出すと、全てが凍りつきました。そしてそれと同時に、エルさんは倒れてしまいます。


「……あぁ、やったのか……俺は……」

「大丈夫!? エルッ!!!?」

「エルさんッ!! しっかりしてくださいッ!!!」



 ◇



 それからフィーさんの転移で私の家まで戻ると、私がフィーさんに魔力を分けてエルさんを治療しました。あまりにも痛々しい傷はすぐに治っていきました。でも、意識は戻りません。


「……エルさんは、大丈夫なのでしょうか?」

「峠は越えたわ。明日にでも目を覚ますでしょうね」

「よ、よかったぁ……」


 本当にホッとします。でも、エルさんが死力を尽くしてくれたのに、私はあまり役に立てませんでした。はっきり言って、フィーさんの半分くらいの貢献度でしょう。己の未熟さが恥ずかしいし、悔しいです。


「……フィーさん、私もっと錬金術が上手くなりたいです」

「……今でも十分だと思うけど?」

「でもさっきの戦闘では、そんなに役に立てませんでした……」

「そんなこと言っても、錬金術での戦闘訓練なんて受けてないでしょ? それであれだけやれるのだから、十分だわ」

「いいえ。あれではダメです。もっと、もっと上手くなりたいんです。それで相談なのですが、私……学院に入学したいんです」

「学院に? でも今の時期だと少し遅いわよ? まぁ、私は校長でもあるから捻じ込めるけど……本気? 亜人に対して、当たりが強いのは間違い無いでしょうね。特に貴族の連中は。普通の貴族は自分たちにプライドを持っているわ。そんな中、自分たち以上に優れた錬金術師が来たらどうなると思う? しかも亜人の錬金術師が」

「出る杭は打たれる……ですよね?」

「そう。普通の人間でさえ、起こるの。エルフなら尚更ね。迫害や差別まではいかないかもだけど、良くは思われないわ。それでも、入りたいの?」

「覚悟はできています。それに人間関係で錬金術が疎かになるなら、それまでです。私はずっと今まで言い訳をして来ました。いつか、行こう。いつか、王国に行って錬金術を学ぼう。いつか、正式な錬金術師になろう。でも、そのいつかって……いつですか? 私はずっと自分の可能性に甘えて来たんです。自分にはいつかできるんだと。でもそのいつかは自分で決めないといけません。そして、そのいつかは今です。エルさんと、フィーさん。二人の錬金術師に会って分かりました。私はまだまだ未熟だと。そして、私は自分のためだけでなく、誰かのためになれる錬金術師になります」

「そう……それはいい心意気ね」



 フィーさんはにっこりと笑ってくれます。


 私はずっとこの村で育って、そしてここの居心地の良さを手放す勇気がなかったのです。才能がある。だから、いつかその才能は大きくなると。でも、この村で一人で努力しても限界があります。より専門的な訓練を受けるためには、王国に行くしか無いのです。


 カノヴァリア王国は人間の国です。亜人はいるにはいるけど、全体人口の一割にも満たないらしいです。でも、それでも、私は決めたのです。今回のような無様は晒さない。誰かのためになれる錬金術師になるのだと。



 そうして私は正式にカノヴァリア錬金術学院の試験を受けることになりました。

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