第29話 犬猿の仲


「先生、やっぱり私は後で入ります。お先にどうぞ」

「そうか? なら先に入るか」


 アリスが浴室から戻ってくるとそんなことを言うので、俺はお言葉に甘えて先に入浴する。


 服と下着を脱いで、カゴに入れると俺はシャワーを流し始める。お湯は張っていないが、水を一気に入れて錬金術で42度程度に上げておいた。やはり、錬金術は便利だなぁ……そう思っていると、ガラガラガラと音がする。


「お、お邪魔しまーす」

「……はぁ。そう言うことか」

「ちょ、ちょっと先生! 裸の女の子が入ってきたのに、ため息はやめてください!!」

「タオルしてるけどな。裸とか言うな」

「……ふーんだ! では失礼しますね〜」


 アリスは何のお構いもなしに入ってきた。まぁいいか。セレーナとフィーとも一緒に風呂は入ったことがある。昔はリーゼともずっと一緒だったしな。別に慣れているからいいだろう。


「……じー」

「何だよ?」

「いえ、そのなんか。平然としているのがムカつくので。ちょっとは慌てたりしないんですか?」

「まぁ、完全に全裸だったら困るが、タオルあるしな。それに誰かと風呂に入るのは慣れている」

「それってぇ……男性……ですよね?」

「いや、妹のリーゼと、フィーと、セレーナだな。この三人は一緒に入ったことがある」

「は、はああああああああ!!!? それってどう言う状況ですか?」

「流れってやつだ。それに二人同時に入った方が効率的だろ?」

「私は先生の倫理観に驚きましたよ! それでも聖職者ですか!!?」

「俺は農家だが?」

「そんな事はどうでもいいんですッ!! くそー、妹はともかくあの女二人はやはり要注意か……チッ、舐めた真似しやがって……」

「おーい。黒アリス出てるよー」

「おほほほ。これは失敬。ちょっと動揺してしまいまして」

「ははは、もうそれにも慣れたなぁ……」

「こんな姿見せるの……先生だけですよ?」


 俺は湯に浸かっており、アリスはシャワーを浴びていたが、アリスのやつは浴槽に入ってくる。まぁ、二人でも十分余裕があるほど大きいのでいいが。


「……反応ないんですか?」

「何に対して、どう反応しろと言うんだ?」

「その、ムラムラと来ないんですか?」

「来ないな、全く。妹と同じ感じだ」

「はぁ……先生は、性欲ないんですか?」


 明け透けなことを聞いてくるが……まぁいい。答えてやろう。


「イマイチ実感できない。確かに理解はできる。性欲のおかげで、人間は生殖をして、子どもを産んで繁栄できる。だがしかし、俺の目的はそれじゃあない。少なくとも、農作物を世界に売りさばくまでは俺にそんな余裕はない。これは俺の人生全てをかけたプロジェクトなんだ」

「……ブクブクブク。はぁ……まぁそうですよね。そうじゃないと、他の女とお風呂に入るわけないですよね」

「じゃあ俺は先に上がるな」

「うーい」


 俺はささっと風呂から出ると、これまでのことをノートにまとめて整理する。迷宮の謎に、この世界の在り方、そして錬金術とは何なのか。集中して考察していると、時刻はすでに23時。そろそろ寝よう。


 そして寝室に行くと、すでに寝息が聞こえていた。


 布団をぺろっとめくると、アリスのやつが心地よさそうに寝ていた。大方、待っている間に睡魔に持って行かれたのだろう。計画的なようで、抜けているやつだ。俺はアリスの隣に潜り込むと、そのまま数分で寝てしまうのだった。



 ◇



 朝。今日はやけに目覚めがいい。何もなしに勝手に目が覚めた。時計を見ると、時刻は7時。清々しい朝だ。カーテンを開け、朝日を目一杯浴びる。


 今日もいい天気だ。さて、今日はアリスのところに行って、伝承を探さないとな。


「う……眩しい……」

「アリス、テキトーに起きて準備しろよ」

「う……うーい」


 この王女は本当に王族なのだろうか。なんか妙に俗っぽいんだよな。馴染みやすいからいいけど。すると、ピンポーンとインターホンが鳴る。相手は間違いなくフィーだろう。俺はそのまま玄関に向かって扉を開けると、フィーとモニカがいた。


「やっほ〜、エル。朝ごはん作りに来たよ。モニカも手伝ってくれるって」

「よ、よろしくお願いします」

「ではお邪魔しま〜す」

「お、お邪魔します」


 俺の許可を得ずにズカズカと入り込むフィー。モニカは遠慮しているが、おずおずとフィーの後をついて行く。


 あ、アリスのこと言ってなかった。


「せんせ〜い。私の着替え、どこですかぁ……? ふわぁああ……ねむ……ねむ……」


 寝ぼけまなこをこすりながら出てきたアリス。だが、彼女が見たのは俺ではなかった。



「は? 何でアリス王女がここに……?」



 フィーが呆然と立ち尽くす。


 すると急にアリスのやつは顔をニヤッとさせる。予想はつくが、俺の入る余地はない。女の喧嘩は理不尽だ。偏見かもしれないが、この二人の場合は特にそうだ。俺が過去に割って入ったこともあったが、逆に俺がすげー怒られた。それからは傍観者でいることにしている。


「モニカ、二人で四人ぶんの朝食作るぞ」

「え? いいですか? それに王女様って……」

「いつものことだ。放っておけ」


 俺たちはそのまま台所に行くと、早速始まった。


「あらあらあらぁ? フィーってば、何しにきたんですか? 正妻気取りで、朝食作りですかぁ? あらあらまぁまぁ、甲斐甲斐しいことですねぇ……私と先生はもう、一線を超えたって言うのに……」

「はあああああああああ!!? あんたみたいなガキンチョ、エルが相手にするわけないでしょ!! ぺったんなくせに!!」

「はあああああああああ!!? まだ成長過程なんですッ!! おばさんとは違うんですよッ!!」

「はあああああああああ!!? 誰がおばさんじゃあああああああああああ、このガキいいいいいいいいッ!!」

「黙れババアああああああああッ!! 先生の隣に偶々いるからって調子にのるなよッ!!」

「あんたも王女だからって調子にのるなッ!!」

「何だと!!?」

「何よッ!!?」


 と、うるさいやりとりが行われる中、俺たちはテキパキと朝食を作り終えた。味噌汁にご飯、焼き鮭にサラダ。今日も美味そうだ。


「ほら、ご飯できたぞ〜。食べるぞ〜」


 俺がそう言いながらご飯を持って行くと、二人は息が荒れていた。


 朝からよくやるなぁ……。


「はぁ……はぁ……今日はここまでにしてあげる、おばさん」

「はぁ……はぁ……こっちのセリフよ、このクソガキ王女」


 そして俺たち四人はそれぞれ配置について、ご飯を食べ始めた。ちなみに俺の隣はモニカだ。フィーとアリスがそうしてくれと言うのだからいいけど、妙にモニカが恐縮している。


「エルさん、王女様とフィーさんがすごい睨んでくるんですけどっ!」

「ん? 気にするな。害はない。あぁ……そういえば、アリスは初めてだったな会うの。モニカ・ダン。エルフの村の子だ。今は一緒に迷宮攻略をしている」

「ど、どうも。モニカ・ダンと申します。エルフです。エルさんとフィーさんと一緒に迷宮攻略をさ、させて頂いています。アリス様……」


 フィーは王族という存在に会うのが初めてらしく、緊張でガチガチだ。しかし、アリスはそんなモニカに対してフレンドリーに接する。


「あらあら。ご丁寧にどうも。私はアリス・カノヴァリア。第三王女でもあります。私のことは様、なんてつけなくてもいいんですよ、モニカ?」

「で、ではアリスさんで」

「よろしい。それにしてもモニカは可愛いわねぇ……人間とは違った美しさがあるわぁ……流石はエルフ。うん、あなたなら愛人になってもいいわ。謙虚なところも美徳だし。このババアと違って」

「あ? あんま調子に名乗るなよ?」

「ふーんだ。私は大人ですから、そんな挑発には乗りません」



 また言い争いになりそうになるので、俺は軽く静止しておく。一応、食事時だしな。


「二人とも、食事中ぐらいは喧嘩するな。モニカも怖がるだろ」


「「誰のせいだと思って……」」



 何かボソッと言っているが、よく聞こえない。


 まぁ聞こえないほうがいいこともある。


 そして、そのまま食べ進めているとフィーが俺に話しかけてくる。


「エル、今日の予定は?」

「今日はアリスの部屋に行って、伝承を探す。なんでも、こいつが持っているらしくてな。その手の本を」

「なるほどね。私はモニカと学院に用事があるから、今日は別行動ね」

「そうだな」


 アリスが妙にニマニマしていたが、二人はそれ以上は何も言い争わず今日は解散となった。


 さて、お望みの伝承があればいいが……。

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