第25話 迷宮の考察


 夢を見た。


 それは俺の理想だったものだ。自分の納得のいく農作物を生み出し、それを世界中に送り出す。周りには仲間がいた。いつも俺を支えてくれた仲間たち。だが、それは唐突に崩壊する。あまりにも呆気なく全てが無に還る。そんな夢をみた気がした。



「……」


 眩しい。始めに実感したのはそれだった。そして目を開いてみると、ちょうど真昼なのか日差しが俺の顔に当たっていた。


「う……そういえば、ここは?」


 周囲を見ると、見覚えがある。ここはモニカの家だ。そうか俺は……助かったのか。身体を見ると、全身に包帯が巻かれていた。おそらく二人がやってくれたのだろう。錬金術で治療した痕跡もある。すると、扉が開く。入ってきたのはフィーだった。


「……エルッ!! 起きたの!!?」

「あぁ……本当にさっき起きた。あれから何日が経った?」

「丸一日よ。結構危なかったわ。あなた、賢者の石を完全に使い切ったでしょ?」

「あの時の最適解はあれしかなかった」

「……だからってあんな無茶しないでよ、心配するんだからさ」

「あぁ、すまない」


 フィーは少しだけ涙ぐんでいた。心配をかけたようで申し訳ない。


「モニカはどうした?」

「今日は育ててる農作物を見にいくって。と言ってもすぐに戻ってくるわ。それで、身体は動くの?」


 手をぐ、ぱと広げてみる。そして身体を起こして見ると痛みもない。錬金術も使える。第一質料プリママテリアを周囲に感じる。これなら問題はないはずだ。


「問題ない。錬金術も以前と同様に使える」


 俺は指先に氷のバラを作ってみる。うん、精密なコントロールも大丈夫なようだ。


「よ、よかったぁ……後遺症が残っていたらどうしようかと思って……」

「すまない。本当に助かった。それで、あの後は?」

「あれからは……」


 それから俺はあの後の話をフィーに聞いた。亜種が氷漬けになると同時に扉が開き、そして転移も使えるようになったらしい。そして、フィーとモニカは俺をそのままここに運んだ。村長にも事情を説明してくれたみたいだ。


「……分かった?」

「あぁ……了解した。それでこれからだが、また王国にしばらく戻ろうと思う」

「そうなの? また迷宮に戻るとか言いそうな雰囲気だったけど」

「学院での授業とかあるしな、週に二回とはいえ。それに野菜たちの世話も。まぁそれと……調べたい文献もできた」

「そう? なら戻りましょうか。それにしても普通の冒険者とかは迷宮に籠もりきりになるんでしょ? すごいわよね。考えられない」

「あぁ、そうだな。俺たちは色々といい条件で迷宮攻略ができている。だがしかし、油断はできない。あの巨大蜘蛛ヒュージスパイダーを見ただろ? あれは亜種だと思うが、迷宮の生態系はこの地上とは少し……いや、かなり違う。迷宮だけ、時代感が違うみたいだ」

「……エルってば、農作物バカだと思ってたけど、意外と協力的なのね」

「はぁ? 俺の脳内は全てプロジェクトに直結している。いいか、迷宮には錬金術の真理にたどり着く何かがあるに違いない。つまり、錬金術をもっと知ることができるんだ、迷宮を踏破すれば。そして……そうすれば、品種改良はさらに容易になる。プロジェクト成功のためにも、迷宮攻略は必要だ。それに薄羽蜉蝣みたいに、試作品の実験もできるしな」

「あぁ、あのキュウリの刀ね。意味不明な切れ味ので、魔剣にも劣らない代物ね。でもとりあえず、いつも通りで安心したわ」


 二人でそう話していると、モニカが帰ってきたようだった。


「わっ! エルさん! 起きたんですか!? だ、大丈夫ですか!!?」

「モニカ、心配かけたな。一応後遺症はないし、体も脳の機能も正常なようだ。王国に戻ってから病院にはいく予定だがな」

「あ、また戻るんですか? 今回は何日くらいですか?」

「一週間から二週間だな。迷宮攻略に向けてやりたいこともあるし、俺は一応学院の講師だ。授業とゼミでの生徒指導がある。やるべきことはやるつもりだ」

「へぇ〜そうなんですか。そ、その私もまた着いて行っていいですか? 前回はあまり滞在期間がなかったので……」

「モニカは周りに何か言われないのか?」

「えぇ。昔から王国には行きたいのはみんな知っているので、行ってこいと言ってくれていますよ。父も勉強してこいと」

「そうか……なら、戻るか」

「はいっ!」


 そうして俺たち三人は再び王国へと戻るのだった。



 § § §



「報告は以上かい?」

「はい、会長」

「それにしても亜種か……魔物の亜種は確認されているけど、巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの亜種。それも錬金術を使う。さらに体長は10メートルオーバー。さすがは迷宮だね。異次元すぎる」

「賢者の石の使用はやむを得なかったです。勿体無かったですが……」

「仕方ないさ。絶対零度アブソリュートゼロの限界を超えてやっと討伐できたんだ」


 あれから王国に戻った俺は協会に来ていた。フィーとモニカは今回はいない。なんでも二人で買い物をするらしい。「ストレスが溜まったから発散しないといけないの!」とフィーが言っていた。


 ま、報告は実際に討伐した俺がした方が何かといいだろう。迷宮のことも少しは分かって来たしな。


「本題ですが、俺はあの迷宮そのものがロストテクノロジーなのだと思います」

「ほぅ……なぜそう考えるんだい?」

「迷宮は何百年も前から存在が確認されていました。だというのに、中にあるものは現代を超える代物ばかり。謎は未だに解けていません。そして今までは中身にばかり注目していましたが、迷宮の存在理由そのものを問う必要があると思いました。すると思いついたのが、あの迷宮そのものがテクノロジーの一つであり、魔法の産物だと思うのです」

「魔法か、前時代的な言葉だね。もはやお伽話だ。魔法という不可思議で曖昧な現象は錬金術によってあばかれた。確かな理論と共にね……だというのに、魔法というのかい?」

「えぇ。魔法です。迷宮は魔法と関係があるのです。そして、魔法は現代の錬金術とは別の技術体系である可能性もあります。親戚みたいなものですね。結果は同じでも、発生するプロセスが異なるのではないかと」

「ふむ……それはこのレポートにあるこれのことかい?」

「はい」


 俺が記述したレポートの中に、魔法について言及したものがある。永続的に燃え続ける炎、それは迷宮を照らし続ける明かり。さらに第10層でのギミック。標的を倒すまで、出ることができない部屋。さらに錬金術を阻害する特殊な壁。これは現代の錬金術では説明できないし、理論的にも不可能だ。もしかしたら、魔法とは錬金術がたどり着くかもしれない可能性。だがその可能性は分岐して、錬金術が生まれた可能性もある。


 一概には言えないが、世界七迷宮には錬金術の秘密が隠されている。俺はそう、確信していた。


「……一考の余地はある。いや、ありすぎるね。これは本格的に、迷宮攻略を協会でも乗り出すか……」

「そこはお任せします。ただ、第六迷宮は俺たちに任せてください。並みの錬金術師では瞬殺されますので」

「分かったよ。色々と掛け持ちで大変だと思うが、頑張って欲しい」

「大丈夫ですよ。迷宮攻略もまた、俺の目標へと繋がっていますから」



 会長との話を終えて、俺は外に出て来た。いい日差しに、いい風だ。今日はさぞ、農作物が育つ日だろう。そして自宅に戻ろうとすると、ばったりとセレーナに出会った。


「あら、エル。どうしたんですの? 最近は中々忙しみたいですけど……まさか、迷宮攻略をしているという噂は本当ですの? ま、どうせただの噂でしょうけど」

「いや本当だ。第六迷宮を協会の依頼で攻略中だ。俺とフィーとエルフのモニカって子の三人で。今は第10層まで突破した」

「は、はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!? だ、第六迷宮といえば、蜘蛛の迷宮でしょう……? 巨大蜘蛛ヒュージスパイダーがワラワラといるという……」

巨大蜘蛛ヒュージスパイダーならもう何百体も殺したな。あそこには本当に蜘蛛しかいない。蜘蛛の迷宮の名は伊達じゃないな、はは」

「はぁ……本当に何をやっていますの? 農作物はいいんですの? それに学院での講師も……」

「んー、話すと長くなるなぁ……ちょっとカフェで話すか。いま、金ある?」

「あ、ありますけど」

「ゴチになりまーす。じゃ、行こうぜ」

「はぁ……ま、いいですけど。今日はちょうど用事もないので」


 そうして俺たちは二人で並んで歩いて、カフェに向かうのだった。


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