第24話 第10層での死闘


「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!」



 そう鳴き声を発したと同時に、地面にドスンと巨大蜘蛛ヒュージスパイダーが降り立つ。ここでは便宜的に亜種と呼ぶが、この亜種は異常だ。あまりも大きすぎる。


 そんな通常型よりも一回り大きい亜種に、俺たちは圧倒されるがすぐに臨戦態勢に入る。



「フィー、モニカッ!! やるぞッ!!」

「「了解ッ!!」」




 俺たちは散開して、それぞれ三方向から攻撃を開始する。俺たちはあらかじめ、このような事態はある程度予想はしていた。今回は少し驚いたが、冷静になって戦闘を始める。


 今回のフォーメーションは俺が前衛で、フィーとモニカが後衛だ。二人には氷で身動きを止めてもらい、俺が薄羽蜉蝣で攻撃をする。本来ならば、俺も錬金術での攻撃参加、特に絶対零度アブソリュートゼロを使ってしまいたいが、そうなると賢者の石を使う必要が出てくる。まだ10層だというのに、使うのは勿体無い。また氷系の錬金術の使いすぎで俺は少しオーバヒート気味だ。今は近接戦闘に頼りたい。


 俺は錬金術を使用して、身体強化を図る。第一質料プリママテリアを周囲からかき集めて、それを元に自分の潜在能力を限界以上に引き出す。


「……フッ!!」


 そして尋常ではない速度で地面を駆けていき、亜種の足元に滑り込むと俺はすぐに薄羽蜉蝣を一閃。横に綺麗にいで、脚を一刀両断。


「……ぐうううううッ」


 重い。身体強化をしているかつ、薄羽蜉蝣をで切り裂いたというのに手には確かな手応えがあった。俺の持つ薄羽蜉蝣は性能だけで言えば、魔剣に劣らない。むしろ、切れ味の一点においては薄羽蜉蝣を超えるものはそうないはずだと自負している。


 だというのに、脚一本を切断するのにこんなにも重さを感じるとは普通はありえない。薄羽蜉蝣は切った感触さえ残らないほど、切れ味がいい。俺がそういう風に作ったからだ。


「……キ、キ、キ、キィイイイイイイイイイ!!」


 瞬間、脚の切断面から大量の体液があふれだすと、その中から筋繊維のようなものが絡みつくように出てきて……再び脚を生み出した。


 再生。それも超高速。今の再生時間は1秒程度しかない。これは、かなりまずい状況だ。俺たちはここにくるまでにある程度、錬金術を使ってしまっている。


 魔力の減りもかなりある。万全の状態には程遠い。


 どうする。どうすれば……そう考えていると、亜種が尻の方から糸を吐き出した。だがしかし、俺たちを狙っているものではない。見当違いの方に糸を吐いている。


「……まずいッ!! 避けろ、フィーッ! モニカッ!!」


 俺は気がついた。糸の先には錬成陣が展開されていた。さらに別の錬成陣が俺たち一人一人を取り囲むように、出現する。


 これは……知っている。俺とフィーはよく知っているし、よく使っている錬金術だ。


 間違いないこれは……転移だ。


 糸を錬成陣を経由して転移させている。その転移の錬成陣は幾重にも出現し、どの方向から攻撃がくるか不明だ。



「何なのよッ!!! こいつッ!!!!」

「これは……転移ですかッ!!?」



 二人は自分に向かってくる糸を錬金術で防ぐ。全てを何とか燃やし尽くしている。俺はその間にも本体へと攻撃を仕掛ける。


「うおおおおおおッ!!!」


 雄叫びをあげながら、上空へと飛来。俺はそのまま重力に従って落下し、全ての重さを乗せて薄羽蜉蝣を亜種の脳天に振り下ろす。


 決まった。


 ……と、思いきや俺の攻撃は見えない防壁に阻まれる。


「くそッ!! 頭部には防御が張られているのかッ!!」


 第一質料プリママテリアを頭部に集中させ、見えない壁を錬成。この亜種はその防御壁を常時展開している。だがこの術式はかなり高度なもの。頭部にしか存在しないのがいい証拠だ。


「フィーッ!! モニカッ! 頭部には防御壁が張られているッ!! レジストできるかッ!!?」

「無理よッ!! こっちは糸の相手で精一杯ッ!!」

「私も厳しいですッ!!」

「くそッ!! ジリ貧かッ!!」



 このままではジリ貧でこちらの魔力が先に尽きてしまう。だがしかし、相手の魔力消費も相当なものだ。


 現在はフィーとモニカが糸の対処をしており、俺が単身で本体と向き合っている。


「……」


 ジリジリと距離を取る。相手も俺をじっと見つめている。本能的に悟っているのだ。こいつこそが最大の脅威であると。


「……フッ!」


 肺から息を全て吐き出し、俺は相手の腹に潜り込もうとする。下に潜ってしまえば、あとはこちらが攻撃をし放題。勝てるビジョンが明確に見える。


「キ、キィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」


 亜種のやつは自身の脚を俺の脳天目掛けて振り下ろす。だがしかし、それは余りにもお粗末だ。このまま腹を割ってやる。そう、思っていた。


「……なッ!!!」


 瞬間、俺の真横に錬成陣が出現したと思ったら、亜種の脚が俺の頭部を貫くようにして迫る。


「……クソッ! 転移は脚にも使えるのかッ!! 器用なやつだッ!!」


 何とか躱すもわずかに掠ってしまう。頰からはどくどくと血が流れ出す。


「エルッ! 大丈夫なのッ!!?」

「あぁ……なんとかな……」


 再び、俺は亜種と向き合う。薄羽蜉蝣の切れ味は全く落ちていないし、俺の身体強化もまだ続く。まだいける。まだ戦える。


 そのまま俺たちは戦い続けた。転移を小賢しく使うのを何とか捌きながら、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、俺は脚を切り落とし続けた。だが、脚の再生は終わらない。俺一人では火力が足りない。本当はフィーとモニカにも増援を頼みたいが、それは出来ない。二人は俺に糸が来ないように、立ち回っているからだ。つまり、俺が一人でこの本体を倒す必要があるのだ。



「……使うか」


 手元にある賢者の石を見つめる。これを使えば、あと1回くらい特異錬金術エクストラが使える。絶対零度アブソリュートゼロを使えば、何とかなる。全てを凍らせる絶対の錬金術。


 フィーとモニカを見ると、かなり消耗しているのが分かる。ここでケチって全員が全滅してはいけない。


 決めた。俺は賢者の石を使って、絶対零度アブソリュートゼロを発動する。



「フィー、モニカ、あと1分だ!! 1分耐えてくれ!! 絶対零度アブソリュートゼロを使うッ!!」

「……了解ッ!!」



 そして俺は賢者の石の力を全て解放した。


「……う、ぐううううううううううッ!!!」


 右手に握りしめる白い賢者の石からは尋常ではない第一質料プリママテリアが溢れ出す。そしてそれは俺の体内へと収束していく。


「あ、ぐうううううううううううッ!!」


 体が内側から破裂しそうだ。そしてそれは決して比喩表現ではない。


 過去の実験で試したことがある。野菜もそうだが、ラットでもやってみたが容量キャパシティ以上の第一質料プリママテリアを入れ込むと、ポンっと破裂するのだ。


 野菜は粉々に砕け散り、ラットは粉微塵に粉砕。細かな肉片が周囲に飛び散るという結果になったのをよく覚えている。実験用のラットとはいえ、あれは惨すぎた。その実験の末に完成したのが、賢者の石。そこには膨大な第一質料プリママテリアが眠っている。これが出る量を調節できればいいのが、そんな都合のいいことはない。解放すれば、全て溢れ出すのだ。


「ぐううううううううううッ!!」


 耳、鼻から出血しているのを感じる。さらに眼球からも血液はだらだらと溢れ出す。身体中にはヒビのようなものが走り、そこからさらに出血。もう全身は血まみれだった。


 もう少し、もう少しで錬成陣の構築が終わる。俺は脳内で全ての工程を処理していた。これだけ巨大な巨大蜘蛛ヒュージスパイダーになれば、全てを凍らせるのにも相応の出力が必要になる。


 今ここで決めるべきだ……そして全ての準備が整った。


「フィーッ!! モニカッ!! こっちに来いッ!!」


 瞬間、フィーのやつが転移を使ってモニカごと俺の背後へと回った。俺はそれを感じた瞬間に、発動した。この世界を全て凍らせる永久の氷雪の領域を……。


「……絶対零度アブソリュートゼロ


 そして俺は両手を横に広げるようにして、凍てつく波動を亜種へと放つ。


「キ、キ、キ、キ、キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアッ!!!」


 耳を塞ぎたくなるほどの騒音。だがやめない。俺はこいつを完全に凍らせるまで、錬金術を行使する必要があるからだ。


「ぐ、ぐううううううううううううううッ!!!!!!」


 亜種のやつの抵抗はかなりのもので、一部はすでに凍りついているものの俺の絶対零度アブソリュートゼロをレジストしている。


「……嘘、レジストしているの……?」

「これは、一体何なんでしょう……」


 二人が後方でそう言っているも、俺はすでに音を捨てた。今集中すべきは錬金術の構築を続けるだけだ。一瞬ではダメだ。体内にある大量の第一質料プリママテリアを吐き出すまで、終わるわけにはいかない。


 絶対零度アブソリュートゼロの使用時間はすでに1分を超えていた。もちろん、普通は特異錬金術エクストラを1分も使い続けるなど不可能だし、たとえ出来たとしても体の崩壊も起きてしまう。


 だがもう、なりふり構っていられない。溢れ出す血はもう気にならない。今はこいつを凍らせることだけに集中すればいい。


 そして、相手も魔力が尽きたのか一気にレジストが緩む。俺はその隙を逃さなかった。


「キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キ、キィィィィイイィィィィ……キ、キ、キィィィィ……」



 ……終わった。


 目の前では超巨大な氷のオブジェが出来上がっていた。そして俺は疲れ切ってしまい、その場に受身も取ることもなしに倒れこむもフィーが抱きかかえてくれる。


「……あぁ、やったのか……俺は……」

「大丈夫!? エルッ!!!?」

「エルさんッ!! しっかりしてくださいッ!!!」


 俺は閉じられたドアが開くのをこの目で見た。あぁ、ここの部屋のギミック解除はやはりこの亜種を倒すことだったのか……思った……通りだ……この迷宮の秘密に少しだけ……触れられた気がする。でも……今はとても眠い。体から全ての力が抜けていく……ようだ。


 そして、俺の意識はそこで途絶えた。



 

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