第18話 異変


「……なぜ貴方がそのことを知っているのですか、オスカー王子」

「ふふ。さぁ、なぜだろうね……」


 俺はオスカー王子と向き合っていた。いや、睨み合っていたと言ってもいい。プロトのことを知っているのは本当にごく少数。そしてそれは俺が信頼できると信じている者だけ。誰かが漏らしていたと言うのも考え難い。そう思考を巡らせていると、彼は俺にある提案をして来た。


「単刀直入に言おう、どうせ知っているだろうしね。君には、神秘派の象徴になってもらいたい」

「……象徴ですか?」

「そうだよ。この王国を取り仕切るのは神秘派だ。錬金術は確かに理論的なものでもある。でもそれはやはり、人間が勝手に当てはめたものでしかない。君だって、まだ錬金術の真理に到達したと思っていないだろう?」

「それは……」


 言葉に詰まる。確かに錬金術は理論的なものだ。俺は理屈、理論を突き詰めて錬金術を発展させて来た。だがしかし、オスカー王子の言う通り錬金術はまだまだ未知数である。それこそ、神の領域と俺は表現したこともある。


 神。それは証明できない存在。いると言う証拠もないし、いないと言う証拠もない。つまりは悪魔の証明。だが、俺の存在は錬金術の神に最も近いらしい。碧星級ブルーステラとはそういう存在なのだ……彼らにとっては……。



「この世界は神によって創造されて、その神が奇跡のわざである錬金術を生み出した。そしてこの世界で最も錬金術の深奥に至っているのは君だよ、エルィード・ウィリスくん。さぁ、一緒に行こう。君なら分かってくれるはずだ。それにこちらの支援も惜しまない。君のやりたい農作物の事業も手伝うし、アリスとの婚約も与えよう。王族になって、そして一緒にこの国をより良くしていかないかい? 悪い話ではないだろう?」

「……」


 すぐに言葉は出ない。確かに、悪い話ではない。王族のバックアップがあれば、俺の事業は間違いなく波に乗る。俺の夢に確実に近づく。合理的に考えれば、俺はここで話に乗るべきだ。だが、俺の感情はそうは言っていない。


 碧星級ブルーステラの錬金術師。それはこの世界の真理に最も近い存在。錬金術師とは、元を辿ればそう言う存在だ。だがしかし、俺の夢はいいのか? このような道を歩んでも。他人のレールに乗り、夢のためだけに婚約をして、王族になる。アリスもきっと複雑な気持ちになると思う。あいつはいつも思わせぶりな態度だが、俺のことを真剣に応援してくれている。


 それを踏まえて、俺はどうするべきか……。


 いや、もう決まっている。俺は自分の力で前に進むべきだ。他人と協力するのはいい。でもそれは対等な関係でだ。このままでは俺はただ搾取されるだけの存在。この国の形だけの象徴でしかない。だが俺は……確かに象徴としての一面もあるが、一人の農家なのだ。農家として果たしたい夢があるのだ。


 俺はそう決意すると、オスカー王子に毅然きぜんとした態度を示す。


「……申し訳ありませんが、その提案は受け入れることはできません」

「ほぉ……どうしてだい?」

「自分の目標は自分で叶えたいからです」

「……分からないな。そんな感情に流される存在が、碧星級ブルーステラとは思えない。何か別の不安要素が?」

「いえ、ありません。それに私は別に、神秘派だとか、理論派だとか、どうでもいいのです。夢を追い求める。それだけです」

「……そうか……分かったよ。君の言い分はよく分かった。今日は時間を取らせてすまないね。またいずれ、機会があれば」

「はい。それでは失礼します」



 そうして俺はパーティー会場を後にした。


 そして、自宅に戻って俺はフィーと一緒にご飯を食べた。その時、少しだけ落ち込んでいるのがバレたのか、フィーが心配そうに話しかけてくる。


「エル……もしかして何かあった?」

「はぁ……流石はフィーだな。実は、オスカー王子に誘われたよ。神秘派に来いってな」

「やっぱり。それで……?」

「断ったよ。俺にはやることがあると言ってな。それと王子がなぜか、プロトのことを知っていた。情報が間違いなく漏れているな」

「嘘……どこから漏れるっていうの……?」

「分からん。今のところ、誰かが話したとは思えないし……まさか、フィーが裏切っているわけでもないだろう?」

「それはそうよ……神秘派なんて連中、嫌いだし。いつもネチネチネチ、私の婚期のことを……うわあああああああ!!! 考えたらさらにムカついてきた!!!」

「だよな。まぁ、とりあえずは断ったんだ。大丈夫だろう」



 俺たちはそこで話を切り上げて、別れた。だが、今日の夜は妙に寝つきが悪かったみたいで、夜によく目を覚ましてしまった。


 願わくば、俺の夢がこのまま進みますように……。



 § § §



「実はリタ。今日は紹介したい奴がいる」

「……誰かいるんですか? エル先生」


 翌日。俺はリタにゼミで指導をしていた。最近はこの時間が本当に癒しになっている。リタの錬金術の技量はかなりのもので、会った頃に比べれば本当に良くなっている。このままいけば、近いうちに金級ゴールドの錬金術師になれるかもしれない。近いうちに協会に申請を出して、試験を受けさせる予定だ。と、そんな感じで今はリタにあいつを紹介したいと思っている。


「ほら、出てこい。プロト」


 俺がそう呼ぶと、カバンからひょこっと顔を出すプロト。今日は研究室に連れてきてみた。もちろんリタに見せたいというのもあるが、一号たちとコミュニケーションは取れるのかを知りたいから連れてきたのだ。



「……!!」


 プロトがいつものように、「やぁ!」と言わんばかりに右手を挙げる。それをみたリタは目を見開く。


「え!!? これって、あのプロトですか!!?」

「あぁ。俺がずっと話しているプロトだ。見てくれ、最近は歩くことができるんだ」


 俺の言葉を察してか、プロトが威風堂々と机の上を闊歩かっぽする。小さな足取りだが、迷いのない歩き方。最近は歩き方も様になってきており、もはや人間のそれにかなり近い。


「おおおおおおぉぉぉ!! す、すごいですね!!? 以前はハイハイしていたんですよね!? それが勝手に歩くようになるなんて……ホムンクルスが進化するって聞いたときは驚きましたが、こうして実物を見るとなんだが感慨深いですね。先生の研究成果の全てがここに詰まっているんですねぇ……」

「その通りだ」


 リタは本当にわかる奴だ。俺の話をいつも真面目に聞いてくれる。さらに最近は『歩くトウモロコシ』たちの世話はリタにも任せている。俺が不在の時は、屋上の鍵を渡してあいつらの散歩をしてもらっている。初めは遠慮していたが、「ぜひ、やらせてください!!」というので任せてみた。すると、トウモロコシたちは俺よりもリタの方が気に入ってしまい、最近はリタに任せきりになってしまっている。


「よし、では……運命の邂逅といこうじゃないか」


 俺は一号から四号を全て机に並べる。そして、プロトと接触させて見ることにした。


「……!!」

「「「「………!!!??」」」」

「……!!!!」

「「「「………」」」」


 何やらジェスチャーでやり取りをしている。俺は早速それをノートにまとめる。やはり、完全独立型人工知能はどの農作物でも互いに意思疎通を図れるらしい。人参とトウモロコシという別の農作物だというのに、しっかりとコミュニケーションを取っている。


 そしてしばらくすると、プロトが全員と握手をし始める。どうやら受け入れられたようだ。


「ほええええ……これはまさに未知との遭遇ですね! すごいですよ! 私は歴史的な瞬間に立ち会ったに違いありません!!」

「おお! そうだな! 間違いない!!」

「やりましたね、先生!!」

「あぁ!! やったぜ!!」


 そのあとしばらく、俺たちはテンションの高いまま馬鹿騒ぎをした。だが、偶然通りかかったフィーに「うるさいッ!」と一喝されてしまった。フィーは怒ると結構怖いので、俺とリタはそのままシュンとなり解散するのであった。



 学院を出ようとしていると、偶然フィーと出会う。さっきのことがあったから妙に気まずい……だが無視するわけにもいかない。



「あら、エルも今帰り?」

「あぁ」

「今日もご飯一緒に食べよ?」

「……いいけど。俺の家には今は何もないぞ」

「私も今はちょうど切れているの。一緒に買い物いこ?」

「了解した」



 どうやらフィーの方はそんなに気にしていないらしい。よかった……そうして俺たち二人はスーパーで買い物をすると、夜道を二人で歩いていく。



 今通っている道は街灯があまり機能していない場所で、ちょっと薄暗い。女性が一人で通るには危ない。最も、カノヴァリア王国は治安がいいので滅多に暴漢などはいない。そんなに警戒する必要はないな。そう思っていると、俺は妙な気配を感じ取る。



「フィー、ちょっと俺の後ろにこい」

「え……?」

「よく見ろ、錬成痕れんせいこんだ。これは……神経に麻痺をかけるものだな……」


 俺は錬成陣を見て、そう見抜く。そして一瞬でそれをレジストする。この錬成陣の精度からいって、これを仕掛けた奴は間違いなく白金プラチナレベル。俺はさっきよりも警戒をあげる。俺一人ならばどうにでもなるが、フィーも一緒だと分からない。といっても、フィーもそれなりに強いので心配はしていないが、念のためだ。


「……レジストしたが、相手はかなりの手練れだな。錬成陣にクセがない。これはここから特定するのは難しそうだ」

「……そうみたいね」


 俺とフィーはレジストされた錬成陣を見つめる。そこにはどこまでも綺麗な錬成陣が描かれていた。錬成陣は人によってクセがあり、個性的なものになる。そこから個人を特定するのは協会を使えば容易だ。だがしかし、これは意図的にその癖を消している。


 何万と錬成陣を見てきた俺たちにはそれがよく分かった。


 そして悟る。どうやら、オスカー王子達の神秘派は俺をこのままにしておくつもりはないようだ。


「フィー帰ろう」

「……うん」


 俺はフィーの手をぎゅっと握り締めると、急いで家に戻った。


「……」

「……」


 二人で黙々と食事をとる。あんなことがあったのだ、陽気に話す気になどなれない。すると、フィーが重い口を開いた。


「その……今日のこと、明日叔父さんにいっておくね」

「そうだな。会長の耳には入れておいた方がいいだろう」

「……」

「……」



 そうしてまた沈黙する。よく見るとフィーの体は少しだけ震えていた。



「フィー、お前……」

「私ね、怖いの。エルが優秀すぎるせいで誰かに害されるなんて、嫌だよ……だって私は知ってるよ? ずっと、ずっと、ずっと、エルが頑張ってきたって。なのに、こんな事ってないよッ!! あれは何ッ!!? 仮にエルが気がついていなかったらどうなってたのッ!? 私はね、悔しいよ。あんなことをする連中がいるなんて、許せない。碧星級ブルーステラの錬金術師だからって、エルも一人の人間じゃん。それを無視して、神だのなんだのって……そんなの、ないよ……」


 よく見ると、フィーの目からは涙が流れていた。俺のためにそこまで想ってくれているなんて……。


「ねぇ、エル。今日は一緒にいよ? 私、今日はエルといたい」

「……分かった。今日は泊まるよ」


 フィーの隣に住んでいるのだから、別に泊まる必要はない。普通はそう考えるかもしれない。だが、俺はフィーの気持ちを尊重した。一緒にいたいと言われたのだ、滅多にこんな風に求めないフィーが。


 フィーはずっと俺のために色々と頑張ってくれた。学院で働き始めてからそれがよく分かる。だからこそ、俺はそんな彼女に報いたいと思ったのだ。



「……ねぇ、起きてる?」

「まだ眠くないからな」


 あれから互いに入浴して、今は二人で同じベッドにいる。俺はソファーで寝るといったが、フィーが嫌そうな視線を向けるので一緒に寝ることにした。


 互いに背中を向けていて、呼吸の音が間近で聞こえる。


「これからどうなるんだろ……」

「さぁな。でも、こちらも対策を立てないとな」

「でも相手は王族だよ? 下手に逆らったら……」

「いざとなったら、この国を出る覚悟もある」

「……そんな、そんな事って……ないよ」

「別に俺の研究は外でもできる。環境的にはこの国が一番いいが、他の国も錬金術が盛んなところはある」

「そうだね……でもね、私はエルがいなくなるのは寂しいよ」

「……そうだな。俺もフィーと会えなくなるのは寂しいし、家族もいる。それは最終手段だな」

「ねぇ、エルはずっと私のそばにいてよ……嫌だよ……そんなのってないよ……」


 ぎゅっと後ろからフィーが抱きついてくる。小さい体だ。思えば、フィーが頑張ってきているのはずっと見てきているので、体以上に精神的に大きく見えた。年齢も10歳は離れているし。でも、フィーはこんなにも小さい。そして震えている。何歳になっても人はそんなには強くなれない。互いに支え合って生きているのだ。


 俺はそんなことを考えながら、フィーが抱きついてくるのを受け入れた。


 そして気がつくと、フィーは寝息を立てていた。


「すぅ……すぅ……すぅ……」


 寝返りを打って、フィーの顔を見ると涙が流れていた。この間の酔った時もそうだが、フィーは寂しがり屋だ。ずっと厳しい環境で育ってきて、天才錬金術師と言われてきた。友達もあまりいなく、孤立していたと会長にも聞いたことがある。その時は、あのフィーに限ってそんなことはないと思っていた。社交的で、外交的、それに真面目でしっかりとしている。俺の学生時代の印象はそれだ。だが、同じ学院で働くようになって、フィーの苦労がよく分かってきたし、ずっと一人で働いているのも知っている。


 だからこそ、俺がフィーの支えになる必要がある。フィーが結婚相手を見つけて、俺が必要なくなる日まで俺はずっとフィーのそばにいよう。


 そんなことを考えて、眠りについた。


 その晩はよく眠れた。前日の不眠が嘘のように眠れた。そして夢の中で、農作物を世界中に売っている自分の姿を見た。あれが未来の俺だ。俺は絶対にあの場所にたどり着くのだ。例え、どのような障害があったとしても……。

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