第17話 神秘派の一存


「エル!! エルってば! 準備できてるの!!?」


 ドアがドンドンとなる。うるさい。非常にうるさい。昨日は遅くまでプロトの研究をしていたのだ。休日くらいゆっくりさせてほしい。


「入るよ!!? 入るからねッ!!」


 そんな声がするとガチャ、とドアが開く。フィーと俺は最近、互いの合鍵を交換した。一応、互いに何かあった時にすぐに駆けつけられるようにするためだ。だが、安眠を妨害させるために渡したのではない。


 俺は断りも無しに入ってきたフィーに苦言を呈する。


「……おい。まだ6時だろ? 今日は昼まで寝るんだ……寝かせてくれ……」

「やっぱり!! 早くきて良かった!! 今日はオスカー王子に呼ばれたパーティーがあるでしょ!!? もうエルってば、私がいないと本当にダメなんだからぁ……はぁ……」

「ん? あぁ……そういえば、そうだったな」


 のそりとベッドから出る。ぼーっとしているので、俺は着ているものをポイポイと脱ぐとそのまま浴室へ向かう。


「ぎゃー! 服はちゃんとお風呂の前で脱ぎなさい!! それと、ご飯作っておくからね!? 勝手に使うよ、材料!!」

「……うーい」


 寝ぼけているので、どうにでもしてくれ。そんなことを考えながら、俺はざっとシャワーを浴びるとフィーが作った朝食を食べる。卵焼きに、味噌汁、それにサラダと焼き鮭。もぐもぐと食べているとふと思う、なんでこんなにも優良物件のフィーが売れ残るのだろうかと。


「……なぁ、フィー。なんでここまで出来てお前は結婚できていないんだ? 家事全般はできるし、容姿端麗。家柄も、能力もいい。疑問だな……」

「うううぅぅぅ……人が作った朝ごはんを食べながらそんなこと言わないでよぉ……」


 俺とフィーは向かい合って朝食をとると、入学式の時に着ていたスーツに着替える。まぁ、この格好なら別にいいだろう。フィーのやつもスーツだし。



「いいこと、エル。神秘派の戯言はテキトーに流しなさい。間違っても、噛みついたらダメよ?」

「いつも通りの擬態だろ?」

「そうそう。天才モードでよろしく!」

「了解した」



 そうして俺とフィーは、パーティー会場である王城へと向かった。この王国の王城は北にある貴族街のさらに奥に存在している。俺は一度だけ、碧星級ブルーステラの授与式の時に一度だけ行ったきりだ。だからいまいち覚えていない。あの時も授与式が終わったらさっさと帰ってしまったからな。



「なぁフィー。王子ってどんな人なんだ?」

「オスカー第二王子? えっとね、誠実な人よ。狂信的な神秘派だとは思えないわね。私も何かの勘違いだと信じたいわ」

「でもなぁ……このタイミングで直々の招待。それに噂の件もあるし、神秘派筆頭なのは揺るがないだろう。相手も知られて困る件でもないみたいだしな」

「まぁ神秘派は結構主張激しいからね。私も何度か勧誘を受けたけど、本当に派閥争いはだるいわ……貴族だと、神秘派と理論派のどっちに所属しているかも重要だしね……はぁ、だるぅ……」

「フィーはずっとそんな中に居たんだな。俺のことでも迷惑をかけたようだ。また今度、礼でもさせてくれ」

「ちょ、ちょっと何よ……最近は妙に物分かりがいいじゃない。学生の時はそんな気遣いなんて出来なかったのに」

「俺も成長しているということだ。何も世界最高の農作物を作るだけじゃダメだ。売る相手は人だ。そして、売るには人脈も必要だ。こういう付き合いも、いざという時には役立つかもしれない。神秘派と言って邪険にするのも勿体無いからな」

「エル……うぅぅぅぅ。成長したのねぇ……私は嬉しいわぁ……」

「ほら泣くな。そろそろ着くぞ」


 雑談を交えながら、俺たちは王城にたどり着く。相変わらず、でかい城だ。顔を見上げないと全体像が見ないほどだ。そして俺たちがついた時にはメイドたちがやってきた。


「エルウィード・ウィリス様に、アルスフィーラ・メディス様ですね、こちらへ。すでに開場しておりますので」


 俺たちがついていくと、そこは庭だった。と言ってもセレーナの家の庭とはまた違う格段に格調高い庭だった。そばにある木々は綺麗に切り揃えられており、芝もまた最近刈ったばかりのようである。さらにそこにある机と椅子は白を基調としており、王族の紋章が入っている。


「なぁフィー。思ったけど、これはなんの名目のパーティーなんだ?」

「えっと……一応、貴族の定期的な集まりみたいなものね。たまに王族の方が開いてくれたりするの」

「へぇ……」


 そうして俺たちが庭へ入ると、大勢いる人間の視線が一気にこちらを向く。


「おぉ……あれが」

碧星級ブルーステラの錬金術師、エルウィード・ウィリスですか」

「ほほぉ……流石の貫禄。超一流の錬金術師は格が違いますな」


 この視線には慣れている。いつもはテキトーに無視をしていたが、いざ向き合うとツラい……こんなにも注目される存在でもないのに……だが、やはり碧星級ブルーステラは貴族たちにとって特別なのだろう。農家の俺にはピンとこないが……。


 ちょっと周りが怖いので、俺はフィーにぴったりとくっ付いている。


「……フィー、助けてくれ……怖い、この視線は怖いぞ……」

「耐えなさい。本格的に始まったら私も離れないといけないのよ? そろそろ独り立ちしなさい」

「くそ……俺はまだ16歳だぞッ!!」

「そうも言ってられないのよ。あなたは碧星級ブルーステラ。みんなは子どもと思っていないわ」

「あぁ……そうだよな。うん、そうだよなぁ……」


 悲しい。俺も少しは変わってみようと思ったが、これはツラい。今までは完全に無視していたが、いざ向き合ってみると皆が好奇の視線を向けてくる。授業の時にも多くの人間に見られているが、これはまた違う。俺を確保しようという獲物の目だ。おそらく、今回のパーティーでは神秘派ばかりが集められているのだろう。俺はそれをひしひしと実感していると、やって来たのはオスカー第二王子だ。どうやら初めに軽く挨拶をするらしい。


「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。これだけ多くの人が集まってくれるとは、本当に感激です。さぁ、では私の挨拶はここまでにして……本日の主役に登場してもらいましょう。碧星級ブルーステラの錬金術師、エルウィード・ウィリス氏です」


 周囲からあふれんばかりの拍手をされ、オスカー王子の元に開くようにして道ができる。あぁ……どうしてこんなことに……こんなの聞いてないぞ……。


 と、恨み言を心の中で吐きながら俺はオスカー王子の元へ向かう。そして一言だけ話すことにした。周りの空気がそうしろって言ってるしなぁ……。



「あー。どうも、ご紹介に預かりましたエルウィード・ウィリスと申します。今回はこのような会に呼んでいただき、本当に感謝しております……」



 それっぽい言葉をテキトーに言うと、早速パーティーが始まった。俺の頼りのフィーも何処かに行ってしまい、オロオロとしていると若い女性が5人ほど押しかけてくる。


「エル様!!」

「きゃー! 生エル様よ!!」

「エル様、今日はお越しいただきありがとうございます!」

「はぁ……エル様、尊い」

「かっこいい。はぁ……はぁ……」


「……はははは、どうも」


 会話をしてみると、全員が貴族の家の娘でありこのパーティーには来ないらしい。だが、今回は俺が来ると言う噂を聞いて駆けつけたようだ。そして、全員が俺のファンだと言って色紙とペンを渡して来るのでいつものサインをしておいた。ちなみに俺のサインはフィーが作った。相変わらず、優秀な人間である。


「ではまた機会があれば……」


 俺は話を切り上げると、ちょっと休みたいと思いそそくさと逃げるようにするが、ガシッと肩を掴まれる。


 ヒィィィいい! この感触は!!?


「先生、来たんですね」

「あ、アリス王女。これはどうも……」


 ぺこりと挨拶をする。一応、周りの目があるので敬語で対応をする。そしてアリスは俺の耳元でこそこそと話し始める。


「……先生、なんで来たんですか」

「……いや、フィーのやつの顔を潰すわけにも……王族の誘いだしな……」

「……ッチ、またフィーですか」

「……黒い王女は今はしまえ。それで、やはりこれは……」

「……えぇ。ここにはほぼ神秘派しかいません。今日はさながら、教祖のお披露目会ですね」

「……そうだよなぁ」


 そう話していると、誰かが悠然と近寄って来る。これは……。


「やぁ、アリス。僕も話に混ぜてくれないかな?」

「オスカーお兄様」


 にこりと微笑みながらやって来たのは、オスカー第二王子。短髪で色素の薄い青い髪、それに飾り気はないが気品のある振る舞い。間違いなく、王族の人間である。


「初めまして、エルウィード・ウィリス殿。私はオスカー・カノヴァリア。この国の第二王子です」

「これはご丁寧に……エルウィード・ウィリスです」


 ガシッと握手を交わす。体格は俺よりも小さいが、やはり優雅で荘厳な雰囲気を感じる。王族特有のものである。


「そういえば、アリス。お父様が呼んでいたよ、あの件といえば分かると言っていたけど」

「げ! あ……おほほほほ。そうですか、なら私はこれで……」


 最後の頼みであるアリスが行ってしまった。いつもは絡まれてウザいのだが、今日はずっとそばにいて欲しかったのに……。


 そう思っていると、オスカー王子が満面の笑みで話しかけて来る。


「先ほどはすいません、急に。打ち合わせもしていないと言うのに」

「いえいえ。挨拶は慣れていますので……」

「流石は碧星級ブルーステラの錬金術師ですね」

「いえまだまだ未熟者です」

「ほう、まだ貴方には先があると。これほどの結果を出しているのに、慢心せずにいる。流石はウィリス殿、傑物と聞いていましたが噂以上のお人ですね」


 にこりと微笑むオスカー王子は何の悪意もない、ただの青年のように見える。だがきっと、心のうちでは何かを企んでいるに違いない。


「それでは、私はこれで……」


 俺が去ろうとすると、オスカー王子は聞き逃せないワードを口にする。


「……プロト、でしたか? 最近成果が出たようで、私も自分のように嬉しいものです」

「……どこで……そのことを」

「ふふふ……どこでしょうね?」


 先ほどのように微笑む王子。だが、その目には間違いなく邪悪なものが潜んでいた。

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