第19話 終焉と急展開


 翌日。俺とフィーは協会にやってきていた。昨日のことを会長に伝えるためだ。



「叔父さん、その実は……」


 そう言ってフィーが昨日の件をざっと話し始める。それを聞いた会長は頭を押さえる。


「……そこまでしてきたか……こちらも対策を……あぁ。そういえば、こんなもの知っているかい?」

「「これは……?」」



 俺とフィーが見たことのないものだった。四角くて小さな黒い塊。一見すると虫に見える。


「これは迷宮から採掘されたロストテクノロジーの一つ。なんでも半径5メートル以内の音を拾って、伝えることができるらしい。技術体系としては、錬金術とは異なるものだ」

「へぇ……興味深いですね」


 そう言って俺はじっとその物体を見つめる。うん。少し見れば俺はそれが錬成物がどうかわかるが、これは全くの別物だ。一体どういう技術体系が……。


 そして会長はそこから思いがけないことを口にする。


「実はこれ、もう一つあったんだよ」

「あった……?」

「でも、運ぶ途中でもう一つは盗まれたんだ……」

「「ぬ、盗まれた……?」」

「そこで一つ考えがある。これ、君たちの体についていないかい?」


 まさか。と思って俺は体を探って見る。だが何もない。あのような物体は何もなかった。


「なぁ、フィー。お前も何もないだ……ろ……?」

「えええぇぇえええ。あったよぉ……」


 フィーはスーツの内側のポケットから小さな黒い物体を取り出す。そしてそれは間違いなく、この机の上にあるものと同じだった。


「はぁ……念の為に確認して見たが、やはりか。オスカー王子にも困ったものだ……」

「ねぇ……ちょっと待って。これって私の私生活が丸見えだった……ってこと?」


 サァーッとフィーのやつが青ざめる。確かに言われてみれば、音だけでも結構な情報になる。俺とフィーの会話はほぼ筒抜けだと言ってもいいだろう。


「やだ……もしかして、あの時の会話も? まさか、あの時のも!!? くううううううううぅぅぅぅ、なんで私ばっかりがこんな目にッ!! もう、今回ばかりは許せないッ!! こんなのプライバシーの侵害よッ!!」


 ドタバタと地団駄を踏んでキレるフィー。うん、久しぶりに見たな。このキレ具合は……。


「エルくん。それともう一つ確認したい。これはかなり極秘の情報なのだけれど、プロトは今工房に?」

「はい。いますよ」

「それって今確認できるかい?」

「まぁ、錬金術のパスは繋いでるんでわかります……け……ど?」


 俺は第一質料プリママテリアを辿って、プロトの痕跡を探す。いつもなら造作もない作業。10秒以下で終わるものだ。だがしかし、繋がらない。プロトとのパスが繋がらないのだ。


「は? プロトがいない?」

「……やはりか。オスカー王子がプロトを攫う。これも間違いない情報だったか……実は神秘派の中に部下を入れていてね。先ほど連絡があったのだが……遅かったか……」

「プロト……プロト……」



 プロトが誘拐? 俺はずっとプロトと一緒だった。


 健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、プロトを愛し、プロトを敬い、プロトを慰め、プロトを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓ったというのに……あいつらは俺からプロトを奪い去ったのか?


 自分たちの欲望のために、俺のプロトを……?


 許せん。絶対に許せんッ!!!


「フィーッ! 王城に殴り込みだッ!!」

「おうよッ!! かましてやるわッ!! 私たちの錬金術はこの時のためにあるのよッ!!」

「はぁー……ま、そうなるか。とりあえず、証拠はあるからいいけど……派手にやりすぎないように。幸運を祈るよ」


 会長がそういうと、俺たちは早速王城に向かった。


「王族がなんぼのもんじゃーい!!!」

「なんぼのもんじゃーい!!!」



 § § §



「頼もー! 頼もー! 道場破りに来たぞッ!!!」

「そうだ! そうだ! 開けろー! 私たちを中に入れろー!」


 王城の正門前で俺たちは騒ぎ立てる。すると、中から以前と同じメイドが出てくる。


「……オスカー王子は中でお待ちです」

「はははははは!! 血祭りにしてくれるわッ!」

「私のプライバシーを侵害したことを、後悔させてやるわ……」



 焦点の合わない目のまま、俺たちはそのまま王座へと案内された。



「やぁ……待っていたよ。エルウィード・ウィリスくん」



 その王座にはなぜか、オスカー王子が座っていた。確か昨日は王が遠征でいなくなると言っていたが、別にオスカー王子が正当な後継者でもないのに……あの態度はなんだ?


「……なぜ俺たちがここに来たのか、分かっているよな?」

「もちろん、こいつのためだろ? それとアルスフィーラはこれかな?」


 そういうとオスカーの野郎は、プロトを右手に、盗聴器を左手に出して来た。


「……貴様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!! いいかッ!? プロトに怪我でもさせてみろ、貴様の命はないと思えッ!!!!!!!」


 クソ王子の手の中で、プロトがジタバタと暴れている。あぁ……プロト、かわいそうに……すぐに解放してやるからな。



「わーお。怖いね。君がこれにご執心なのはどうやら、本当なようだ。それにアルスフィーラとずっとその話をしていたしね。あ! そういえば、君たちは恋人なのかい? 随分とあまーい生活をしているようだけど」

「あれはフィーが酔っていただけだ」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!! もう嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! 殺す、あいつを殺して、私も死ぬわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」



 フィーが発狂した。でもまぁ、あの痴態を聞かれるのは流石に堪えるだろう。


「とりあえず、この人参を返して欲しければ僕の軍門に下るといい。その時には呪縛カースもかけさせてもらうけどね」

「……呪縛カースか」


 呪縛カース。それは奴隷制があった時代に使われていた錬金術。相手の支配権を奪い、意のままに操るものだ。あれはすでに滅びた技術だが、まだ使えるものがいたのか。


「……分かった。取引に応じよう」

「エルッ!!! それはッ……」

「……大丈夫だ」


 ボソッとそういうと、俺はオスカーの元へ向かう。王座に向かう途中、何十人、いや百人近い錬金術師が待機していた。なるほど、神秘派の連中か。



「先にプロトを返せ」

「それはできない。同時にしよう」

「……分かった」


 俺は右腕をまくって差し出す。そしてオスカーが呪縛カースの錬成陣を刻んだ瞬間に、俺の手にはプロトが戻ってきていた。


「……!!!!!」


 ぐっと右手をいつものようにあげようとするも、一瞬でシュンとなってしまう。あぁ……かわいそうに怖かったんだな……。


「ははははははははは!!!! これでこの王国は僕のものだッ!! 碧星級ブルーステラの錬金術師も僕の手に堕ちた!!! あぁ……神よ、僕は僕は……やりましたよ!!!!」


 歓喜の声でそう叫ぶオスカー。そしてオスカーは早速、呪縛カースを使おうとする。


「ふふふ。じゃあ、早速、呪縛カースを使おう。エルウィード・ウィリス。アルスフィーラを痛めつけろ。殺す必要はない。だが、その女の反発は中々に面倒だった。やれ……」


 そう言うと同時に俺はゆっくりとフィーに近づいていく。


「う……嘘だよね? え、エルは私のことも大切だよね? ねぇ……?」


 プルプルと子鹿のように震えるフィー。そして俺はフィーに近づいていくと、そのまま右手を振り上げた。


「ひっ!!! って、え?」

「プロトを頼む。俺はあのクソ王子に用事がある」

「う……うん」


 優しく、そう優しくプロトをフィーに渡すと俺はオスカーの元に戻っていく。


「ば……バカな!!? 呪縛カースが効いていない!!!? 白金級プラチナの錬金術師でさえ逆らえないものだぞッ!!!」


 後ずさるように立ち上がるオスカー。こいつはバカなのか? サンプルが白金級プラチナだけでどうして碧星級ブルーステラの俺が抑え込めると言うのだ?


 こんなものはプロトの研究の初期段階のさらに下、下の下だ。こんな粗末な錬成陣など秒でレジストできる。造作もない。



「お、お前ら止めろッ!!! こいつを俺に近づけさせるなッ!!」


 オスカーがそう言うと、百人近い錬金術師が俺に錬金術を放ってくる。だがそれは、お粗末すぎる。錬成陣を一から組んでいては遅い。圧倒的に遅い。


 俺はスッと右手を横に薙ぐと、俺を中心にして氷の領域が広がっていく。そして有象無象どもの足だけでなく、手も凍らせる。


「は……はぁ!!!? 白金級プラチナ金級ゴールドの錬金術師だぞ!? それを一瞬で……!!?」


 このアホは俺の実力を履き違えていた。まぁそれも仕方ない。俺の業績は研究成果であって、戦闘力ではない。それに俺の強さを知っているのは限られているし、そこまで調べようと考えていなかったのだろう。碧星級ブルーステラの名前の印象が強すぎたんだな。それにしても、俺がお前ならもう少し準備するぞ。呪縛カースをかければ勝ちと思ったんだな、間抜けめ。


 そして俺はオスカー王子の眼の前にやってくる。


「なぁ……どう落とし前つけるんだ?」

「ひ! ヒィィィィいいいい!! お、俺じゃない!! そ、そいつらがやれって!!!」

「見苦しいなぁ……」

「ひいいいいいいい!! 冷たい!! 冷たいぃぃいいいいいい!!!!!!」



 じわじわと足の方から凍らせていく。そしてそれを一旦止めると、俺はニヤァと笑って再び話し始める。


「なぁ、四肢だけ凍らせて……少しずつ削ってやろうか?」

「ひいいいいいいいいいいいいい!!! それだけは!! それだけは!! そ、それに俺は王族だぞ!!? 何かあったら……!!」

「俺がそれに屈すると思うか? お前はプロトを奪った時点で、王族ではない。犯罪者だ。罪には罰を……だろ?」


 俺が本気の目をして、見つめるとオスカーの顔はさらに青ざめる。やっと俺が本気だと理解したか。アホ王子め。


「さぁ……後、何秒かな〜? 四肢が凍りつくまでさぁ……」

「ヒィィィィィ。もうしません、ごめんなさあああああああああああいッ!!!!!!!」



 間抜けな声が響き渡ると、後ろの扉が開く。そしてそこにいたのは、王とアリスだった。


「オスカーお兄様ってば、泳がせてみれば早速これですか。はぁ……哀れな……」


「お、お父様……」



 オスカーは去っているはずの王を見て目を見開く。



「オスカー。だから言っただろう、ものには限度があると。碧星級ブルーステラの錬金術師を怒らせるとは、バカな息子だ……エルウィード・ウィリス殿。それに、アルスフィーラ・メディス殿。この度はうちの息子がすまない……罰は私が与えよう、今日のところはこれで許してもらえないだろうか?」

「……分かりました。王がそう言うのであれば……」



 俺は自分の錬金術を解除し、そのままフィーと扉からさっていく。


「先生、またお会いしましょう?」


 アリスがそう言うので、俺はニコリと微笑んでおいた。まぁプロトが戻ってきて、あのアホが裁かれるのだ。もういいだろう。



 § § §



 後日談、と言うかあのアホの末路はあれから翌日の協会で会長に聞いた。


「オスカー王子は王位継承権を剥奪。それと禁固刑一ヶ月だそうだ。それにエルくんとフィーには個別の謝罪もあるらしい。不満はあるかと、王が言っていたけど?」

「いえ別に……もう終わったことですし」

「私は一発くらい殴りたかったけど、まぁエルがやってくれたのでいいです」

「そうか……それで本題なのだが」



 会長が何やらごそごそと机から一枚の紙をだす。俺とフィーはそれを見て、他にも何かあるのだろうかと思う。これ以上の用事はこちらにはないはずだが?



「エルウィード・ウィリスとアルスフィーラ・メディスに協会からの依頼だ。第六迷宮の攻略を頼みたい」

「は? 第六迷宮?」


 第六迷宮。それはカノヴァリア王国の近くにある迷宮だ。だがしかし、それをなぜ俺たちが……? そう考えていると隣でフィーが震えていた。あぁ、そうか。第六迷宮といえば……。


「だ、第六迷宮? い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! あの迷宮にだけは関わりたくないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!! お許しおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 半狂乱になるフィー。


 そう、第六迷宮は別名……蜘蛛くもの迷宮と呼ばれているのだ。


 とりあえず、まぁ……俺の引退はまだまだ先になりそうだ……とほほ……。






 § § §


 第一章 Independence 了

 第二章 The Sixth Labyrinth 続


 もしよければここまでの評価を星などでいただければ幸いです。今後の執筆へのモチベーションの為にも、何卒よろしくお願いします。


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