第14話 這い寄れ、第三王女!
「先生、おはようございます」
「おはよー、エル先生」
「おはようございます、ウィリス先生」
「うーい。おはよー」
俺が講師になって一週間が経過した。生徒たちも俺に見慣れたのか、今では普通に挨拶をしている。中には異様な視線で見てくる奴もいるが、概ね平和である。
そして自分の研究室で授業準備をしようと思って歩いていると、後方から声をかけられる。
「せ〜んせい。おはようございます」
「あぁ……これはアリス様。おはようございます。では私はこれで」
「……お待ちなさい?」
「ひいいいぃぃい……!」
逃走を図ろうとするも、尋常じゃない力でガシッと肩を掴まれる。
何なの!? 今俺、錬金術で逃げようとしたのにレジストされたぞ!? こいつは何者なんだ!!?
そう。実はほぼ毎日、この第三王女ことアリスに声をかけられる。もはやストーカーの領域だ。アリスのお気に入りという噂もあるらしく、あまり生徒が寄ってこいないのはそれが原因らしい。フィーから聞いたので、間違いない情報だ。フィーのやつは情報通だからな。
それにしても、この王女。飽きないのだろうか。いつもいつも絡んでくる。まぁ心底嫌いってわけじゃあないが、苦手なのであまり接触はしたくない。
「今日のお昼はどうされますか? 先生?」
「いや、いつも通り購買か学食かな」
「……ふ〜ん。そうなんだぁ……」
ジロリと値踏みするような目線で見てくるアリス。
お、俺の昼食事情を知ってどうする気なんだ? また
そう思っていると、アリスは思いがけないことを口にする。
「実は私、お弁当を作ってきたんです」
「は? 弁当?」
「先生のために、作ってきたんですよ?」
上目遣いかつ、妙に色っぽい視線で俺をじーっと見つめてくる。確かに最近は購買か学食が多かった。本当ならば毎日でも野菜や果物を摂取したいが、錬金術と同じで何事もバランスが大切だ。人間に必要なのは、脂質、たんぱく質、炭水化物の3つだ。それをバランスよく摂るのならやはり、学食を頼ったり購買で自分で考えて食べたほうがいい。もちろん、自分のオリジナル野菜はいつも入っている。今日は野菜スティックを常備している。
だが、弁当なんてものは久しく食べていない。実家からこの学院に通っていた頃は母が弁当を作ってくれていたが、今は一人暮らしなのでそうもいかない。
まぁ、たまにはこの王女に付き合ってもいいかと思うと、俺はその提案を了承するのだった。
「……分かった。屋上で食べよう」
「あら? 屋上は立ち入り禁止では?」
「俺が鍵を持っている」
「あらあらまぁまぁ。私は誰もこない屋上で何をされてしまうのでしょう?」
「はいはい。昼食を食べるだけな。んじゃ、また」
「えぇ。では……」
と、俺たちは別れるが意味はない。なぜならアリスのやつは、俺の講義に絶対に最前列に座って出席するからだ。
俺が今年から受け持っているオリジナル授業。名前は、『元素理論と錬金術再構築概論』というものだ。要するに、錬成陣なしの錬金術をどうやって理論的に使うのか、ということを教える授業である。
この授業、もう慣れてしまったが毎回満員だ。なぜか座席指定もあって、立見席もある。また学生だけでなく、他の講師やわざわざ他の国からも見にきたりもしている。
初めは超絶緊張していたが、自分の専門領域なので案外慣れてしまった。
「……はい、ではここまで。次回は元素理論と錬金術の関係性についてお話します」
そう言って俺は授業を終える。今日の予定はこの後アリスと昼食をとって、ゼミでリタを指導するだけだ。帰ったらまたプロトの様子を見て、レポートをまとめて寝る。完璧な流れだ。そう思案していると、ダダダッとアリスが近寄ってくる。
「先生、行きましょう!」
「あぁ……早いな。んじゃ行くか」
アリスがやけに俺に近づいてくる。歩いて教室を出るときもぴったりと隣にくっついている始末。そして教室から何やらコソコソと声がする。
「やっぱりあの二人って出来てるんだぁ」
「まぁでも、王女と
「そうだよね〜。二人ともかなりお似合いだし」
ざわざわと噂が広まる。だがしかし、俺はこの時は全く気がついていなかった。今はプロトのことで頭が一杯だったからだ。こうして俺の状況がやばいことになるのは、また先のことである。
§ § §
「ん! うまいなぁ!」
「ふふふ。そうでしょう?」
屋上。今日は晴天でかなり気持ちがいい。俺はいつもここで一人で昼飯を食べることが多い。というのも、『歩くトウモロコシ』たちを定期的に日光に当てる必要があるからだ。今日は連れてきていないけど。
実は学生時代からここを使っている。フィーに校内で暴れないという約束をして、ここの鍵を渡してもらった。今となってはベストプレイスだ。誰もこないしね。
そしてアリスの持ってきた弁当を食べるが、これがまた美味い。全て手作りなようで、玉子焼きからミニハンバーグ、おにぎり、プチトマトにレタスとキャベツ。安定のラインナップだ。それにしても、こいつが本当に作ったのか?
「本当にお前が作ったのか?」
「……まぁ! 疑いになるのですか? 正真正銘、私の手作りです。王族たるもの、料理の一つや二つ出来ますよ」
「ふーん。そういうものか」
俺はさらに箸を進める。美味い。これは俺のアレも提供するべきか。
「アリス、これやるよ」
「何ですか、これ?」
「野菜スティックだ」
「野菜スティックですか?」
「この棒状になった野菜に、俺特製のマヨネーズをつけて食べるんだ」
タッパーから野菜スティックを取り出して、小さな器にマヨネーズを盛る。市販のマヨネーズは油分多めだが、俺のは少なめで少しだけ酸味を強くしている。これがまた、野菜に合うの何の。
「では、失礼して……いただきますね」
アリスは人参をつまむとマヨネーズにつけて、ポリポリと齧るようにして食べる。瞬間、アリスの顔が驚愕の色に染まる。
「あらあら、まぁまぁ! 美味しいですね、これ!」
「俺の家の野菜と、俺特製のマヨネーズだ。まずいわけがないな」
フッとドヤ顔で語ると、俺もぽりぽりと食べ始める。美味い! 美味すぎる! やはり自分の天才的な農家センスには惚れ惚れしてしまう。だが、慢心は良くない。俺はたどり着く場所がある。これもまた商品化したいが、今は雌伏の時。より多くのサンプルを取って、
そうして二人で昼食を進めていると、アリスが唐突に話題を変える。
「そういえば、先生。神秘派のこと、聞いていますか?」
「神秘派? あぁ……そういえば……」
俺は先日、フィーに聞いたことを思い出した。
「実は、神秘派がうちがエルを囲っているって怒ってんのよ」
「は? 何だそれ? 俺は貴族様に養ってもらってるってか?」
「うーん。なんかぁ、今ってエルは学院で働いているじゃない? んで、その学院はうちが経営してるでしょ? だから、囲っているって。学院という檻にあの偉大な才能を閉じ込めるとは何事かッ! みたいな文書を公表してるのよ。それで、貴族会議にかけられて……まぁ、ちょっと様子を見ようってことに。エルには私が伝えるように言われたの」
「はぁ……神秘派も何だか、大変というか、何というか。暇なのか?」
「……どうなんだろ。でもエルを特別視しているのは間違いないわね。初めは神の所業を暴く狂信者とか言われていたけど、今はむしろあなたが神だという考えが根付いているわ」
「神? 俺が?」
「うん。錬金術の神だって」
「農作物の神じゃなくて?」
「それは……ないでしょうね。まぁ、ということで気をつけてね」
「了解した。気に留めておく」
そんなやりとりをした。しかし、アリスが言うって事はそんなにも大ごとになってるのだろうか。
「フィーに聞いた程度だが、なんか俺が神とか何とか」
「……ッチ、またあの女か」
「おーい。黒い王女、出てますよ〜?」
「あら失礼。おほほ。それで、そうなんです。先生が神って崇めているやばい連中がいるんですよ。神が降臨なされた! とか、神を崇めよ! とか」
「ウヘェ……俺は神じゃないぞ……百歩譲っても、農作物の神なんだがな」
「実は王族にも神秘派は一定層いるんです。うちのお兄様とか……」
「あぁ……第二王子か、それは有名な話だな」
「えぇ……しつこく、先生を紹介しろって言われています。でも、しばらくは合わない方がいいでしょう。うちに来るときは、婚姻の時でも構いませんし」
「あぁ……そうだな……ん?」
「あらやだ。つい本音が、おほほほ」
「わざとだろ」
俺はそう言ってアリスの頭に軽くチョップを入れる。
「あいた! 仮にも王女に何をするんですか!? 訴えますよ!? 責任とって婚約させますよ!?」
「どうどう。落ち着けアリス」
「あらいやだ。叩かれるなんて滅多にないので……オホホホ」
「それにしても神秘派かぁ……何もないといいけど」
すると、屋上の扉がガチャリと開く。俺は念のために外から鍵を閉めている。だがそれが開くということは、来るのは一人しかいない。
「エル、ちょっと話が……あ」
やってきたのはフィーだった。そして俺の右腕にはアリスがこれでもかと絡みついていた。1秒以下の行動。俺が認識する前には、アリスは絡みついていたのだ。
「そ、その……邪魔しちゃった?」
「えぇ。とてもお邪魔です。これから私たちはもっと凄いことをするというのに……」
「……ゴクリ。凄いこと、ですか?」
「そうですよ、フィー。凄いこと、ですよ?」
「はぁ……エルってば、またこのおてんば王女に捕まったのね。ほら、例の件で話があるから私の研究室に行くわよ」
「あぁ……分かったよ」
俺はアリスの腕を振りほどこうとするが、振りほどけない。
「おい、アリス。真面目な話なんだ。話してくれ」
「つーん。私より、あの女がいいんですか? 同い年よりも、10歳も年上がいいんですか?」
「……ふふふ、言ってくれるじゃないの。小娘がぁ……」
あ、これやばいやつだ。
俺はそう考えて、咄嗟に転移の錬金術を発動。
「……よっと」
「わぁ!!!」
俺は着地に成功するも、フィーはすっ転んでしまう。転移が初めてでもないのに、ドジなやつだ。俺が手を貸すとフィーは恥ずかしそうに立ち上がる。
「いててて。って、やるなら言ってよね!? びっくりするじゃない!」
「すまん。こうでもしないと、アリスは離さなかったからな」
「ま、そうよね。それで本題なんだけど……」
そして俺はフィーから驚愕の事実を言われることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます