第13話 プロトが立った
あれからセレーナの家から帰って来た俺は早速、工房にこもって研究を開始する。今回の研究は、プロトを立たせることはできるか? というテーマだ。
俺が開発した完全独立型人工知能のプロトタイプである、『ハイハイする人参』。名前はプロトタイプだから、プロト。最近こいつのハイハイの速度が上がってきており、さらに手足の肥大が激しい。以前よりも数パーセントは上がっている。全てのデータを数値化しているからこそ、可視化できる。そして俺はその数値を見て思いついた。プロトを一号たちのように、立たせることはできないか……と。数値的には一号たちと遜色はない。ならば、理論的には可能なはずだ。しかし、問題は錬成陣の組み込みである。自立型二足歩行術式の組み込みは後からでも可能なのか。それさえできればプロトはもっと成長できる。
そして工房に来た俺は、プロトに声をかける。
「プロト、帰ってきたぞ〜」
するとひょこっとプロトが顔を出す。こいつはとても良い子で基本的は勝手に出たり、俺の言うことを聞かないと言ったことはしない。トウモロコシたちと違って、クーデターも起こさない。「良いか、プロト。俺が帰ってくるまで、おとなしくしていろよ? 栄養剤はここに置いておく。だが急激に摂りすぎるなよ? ゆっくりだ」と言うとコクコクと頷いて、そのままハイハイをして何処かへ行く。本当は外で日に浴びせたいが、今日は用事もあるので仕方なかった。そうして帰ってくると、プロトは元気そうだった。
「栄養剤の減りは……おぉ! プロト、今日も最適な間隔での摂取だな! すごいぞ!」
プロトを優しく撫でると、ブンブンと頭を縦に振るう。これは嬉しい時のサインだ。ちなみに嫌がっているときは横に頭をブンブンと振る。
「それにしても……興味深いな……」
プロトの栄養摂取の時間は俺の理想としているものだ。一日に二回、間隔は最低でも6時間は空けること。こいつはそれをきっちり守っている。トウモロコシ達はろくに守らないが、プロトは違う。こいつは教えたことは愚直にこなすやつなのだ。
プロトとトウモロコシは完全に偶然の産物で生まれてしまったのだが、生まれたからには最期まで責任を持つ必要がある。だからこそ、今後のためにも俺はこうして研究を続けている。
「……コード起動」
俺はスッとプロトに手をかざすと、プロトはごろんと腹を見せるようにして寝転がる。俺が今行なっているのは、コード解読だ。これは一般には公開していないが、生物にはそれぞれ独自のコードが走っている。そのコードの中を
実はこれ、人間にも応用できる。だがそれを知っているのは、俺とフィーを除けばほんの数人しか知らない。
「良いこと、エル。このことは絶対に秘密よ。コードの存在もそうだけど、コードの書き換えが可能で、それをすると生物が変質する。これは知られたらいけないわ」
「優生思想の話か?」
「そう。より優れた人間を人工的に生み出そう。ホムンクルスと違って、後天的にね。そうすれば、人々には人権がなくなる。より下層の人間が搾取され、錬金術師がまるで神のようになってしまう。特に、神秘派たちが好きなそうな思想ね」
「わかった。他言はしないと誓う」
「よろしくね」
そう言うやりとりがあった。俺はもちろんこの研究成果を公開しない。俺がしたいことは農作物を世界に広めることで、研究成果を発表して賞賛されたいと言うことではない。
そして、プロトのコードを解読していると、やはり思った通りの変化があった。
「……やはり、トウモロコシたちとコードの配列が似ているな。つまり、プロトは成長可能なのか……?」
俺はすぐにノートにメモを取る。最近、トウモロコシたちは学院で管理しており、プロトはここで管理している。と言うのも、トウモロコシたちよりも俺はプロトこそ鍵になると踏んでいるからだ。
完全独立型人工知能。これは未だに解明されていない点が多い。そしてそれを理解できるのはこの世界で俺だけ。ならば、俺がその謎を解き明かして最高の農作物を作るしかない。正直、ホムンクルスを作ろうと思って作ったわけではないが、結果的にはこうして生まれて来てくれて感動している。我が子のようなものだ。
そして今までは、完全独立型人工知能には進化の余地がないと考えていた。プロトが長い時間経過しても、コードに変化がなかったからだ。だが最近、プロトはかなり賢くなって来ている。以前はトウモロコシたちのように、言うことを聞かないことが多かった。だと言うのに、プロトは俺の言語をしっかりと理解して行動している。理性、知性はすでに小学生並みである。
「プロト、大丈夫か?」
「……!」
そう言うとプロトはぐっと右手を挙げる。歯医者のような気分だが、悪くない。こうしてしっかりとコミュニケーションを取るたびに、俺は自分の夢が確実に前に進んでいると実感できる。
実際のところ、俺はこの研究はさらに進んでいくのではないかと予想している。生物に存在しているコードの解読。それはきっと、神の領域に等しいものだと。まぁ俺は別に神秘派でもないので、神とかはよくわからないがきっとそんな感じだと思う。
俺はそんなことを考えながら、プロトの定期検診を終えた。
「よし、プロトよく頑張ったな。今日はもう良いぞ」
「……!」
ぐっと再び右手を挙げると、その瞬間……プロトが立った。
そう、立ったのだ。
「ぷ、プロトッ!!? お前、立ったのかッ!!」
「……!!」
驚愕を示していると、直立したプロトが再びぐっと右手……だけじゃない。両手を天高く挙げる。
「ああああ……あぁあああああ」
あまりの驚愕に体が震える。俺は自立型二足歩行術式をプロトには組み込んでいない。こいつにあるのは、完全独立型人工知能だけ。だと言うのに、プロトは今、俺の目の前で悠々と闊歩している。
まるで歩くことそのものが楽しいと感じているように、テクテクと確実に大地(机)に足を踏みしめている。
「ぷ、プロト! もう一度、コード解読だッ!!」
「……!」
そう言うとプロトは、よっこらせと言わんばかりに座り込んで再び仰向けになる。こ、こいつ……挙動が段違いだぞッ!!?
そして俺はもう一度、プロトのコードを確認する。
「な……!!? これは、自立型二足歩行術式!? この錬成陣は組み込んでいないのに……錬成陣が生まれている……だと……!?」
そう。そこには、自立型二足歩行術式があった。厳密にはコードの中に複雑に絡み合うようにして錬成陣が組まれている。
俺は急いで今の現象をノートに詳細に書き込んでいく。
今回の研究の結果、完全独立型人工知能は成長すると言うことが判明。さらに体内に独自に錬成陣を生成できるとも分かった。これは世紀の大発見に違いない。俺の目指すプロジェクトが、大きく前進したのだ!
「よし、もう良いぞ。プロト」
「……!!」
そう言うとプロトはスッと立ち上がって、水分補給へと向かう。その足取りは軽い。
「……」
プロトは黙々と水に頭を浸からせている。そしてそれは、今まで俺の補助が必要だった。ハイハイしかできないプロトには、器に溜まった水に頭を入れるなどできないからだ。だがしかし、今は自分で行っている。そう、自分一人で……!
これが独り立ちした子どもを思う、親の気持ちなのか……。
その時、俺は考えた。今すぐ、この研究成果を誰かと共有したい。そして共有できるのは一人しかない。フィーだ。今はもう夜なので家にいるはず。
「良いか、プロト。フィーを連れてくる。おとなしく待ってろよ?」
「……!!!!」
任せろと言わんばかりに右手をぐっと掲げるプロト。
そうして俺はすぐさま、フィーの部屋に向かった。
「フィー!! フィー!!! おい、開けろッ!! 大変なんだッ!!」
インターホンを押すのも忘れてドアをドンドンと叩く。すると、ドタドタと音がしてフィーのやつが出てきた。
「ど、どうしたの!!!? エルが大変って言うことは何かやばいことが!!? また野菜たちが反乱でも起こしたの!!!? やばくない!!? やばいよね!!!!? どうするの!!?」
顔を真っ赤にしているが、そうではない。今日は歴史が変わった瞬間なのだ。
「よく聞け、フィー。プロトが立った」
「……え? プロトってあの人参……だよね? 錬成陣の組み込みに成功したの? でも確か、自立型二足歩行術式の組み込みは後からだと難しいって……」
「なんとな……自然発生したんだ……」
「は?」
「後天的に獲得したんだよ。コード解読をしてみたが、複雑に絡み合うようにして錬成陣が構成されていた。つまり、俺の生み出した完全独立型人工知能は……進化するんだ……」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!? それ、まじ!!? それこそやばくない!!?」
「あぁやばいとも!! こい! 見せてやるよ!!」
「うんッ!!」
そうしてテンションマックスになった俺たちはエレベータで一階へと向かい、そのまま地下室に赴いた。
「おい、プロト。戻ってきたぞ」
「……!」
すると、プロトが右手をスッとあげる。まるで「やぁ、戻ってきたんだね」と言わんばかりの仕草だ。どことなく優雅な雰囲気もする。
「……えぇぇえええええ!? 本当に立ってる!? エルって、あの論文じゃ完全独立型人工知能の発展はないって記述してなかった!?」
「……常に技術、概念とはアップデートされるものだ。俺は今日、再び偉業を成し遂げたんだ……やったよ、フィー……」
「う……嘘……エルってば、本当にすごいのね……これはまた、歴史が変わるわよ……」
フィーはあまりの驚きにその場にぺたんと座り込んでしまう。フィーは最近バカっぽいが、こいつも正真正銘の天才であり、
「はぁ……でも、これってまた火種に……神秘派の連中にバレたら、まためんどくさそうな……」
「どうした? 何かあったのか?」
「実は……」
だが、俺の人生はそう上手くいかないらしい。
こうして『世界最高の農家プロジェクト』は大きく前進したのであった。
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