第12話 アルスフィーラ・メディスの憂鬱 2
どうもフィーです。今、やっと、やっと……入学式とエルの特別講義が終わった……そう、終わった……!! 私はエルの講義が終わると思わず涙を流していた。
「ううううぅぅぅ。エルうううううぅぅ、よかったよおおおおお」
良かった。本当に良かった。無事に終わってくれて。途中でやばい時もあったけど、そこは流石の私のフォローでなんとかできた。あの農作物バカがここまでしっかりとできるなんて……私はエルが色々な意味で成長していることがとても嬉しかった。
これはもう、鼻高々である。エルに教えたことは少ないけど、今後も私がしっかりと世話をしなくちゃ!
そんなことを思いながら、私はエルと二人で意気揚々と飲み会にいくのだった。
「でさぁ……エルぅ、聞いてよぉ。なんかぁ、お母さんがずっと結婚しないのか? しないのか? ってうるさくてぇ……」
「フィーは確か、今年で27だっけか? まぁそれは言いたくもなるかもな。それに貴族は結婚が大切だろ?」
「うん……優秀な子どもを残すのが大切って言われてるけどぉ……私ってほら? すごいじゃない?」
「まぁ……優秀だよな。ふつーに。20代後半で学院の長だし、
「そうそう。で、お見合いとかもするのよ? それなりの名家の男とね? でも私の経歴がすご過ぎてみんなすごい
「……貴族も大変だな」
今はお酒も入って良い気分。さっきエルにプレゼントも貰ったし、さらに良い気分。まさかエルが私にプレゼントを用意しているなんて夢にも思っていなくて、本当に嬉しかった。今日はもしかしたら人生で一番嬉しい日かもしれない。あらゆる呪縛から解放され、それを愛弟子に祝ってもらう。これほど師匠冥利につきることはない。ま、今はランクは逆転してるんですけどね……とほほ。
「はぁ……私より優秀で若くて、釣り合う男はいないのかしら」
「騎士団とかはどうだ?」
「んー、可能性としてあるけど……どうだろ。騎士団でそんな人はもういないかも」
「そうか、大変だな。心中お察しする。良いやつがいたら俺も紹介しよう」
「うん……よろ〜」
うん、バカなのかな? この農作物バカはやっぱり、周りが見えていない。私と釣り合う男なんてあんた以外にいないでしょうがッ!!
実は最近、エルにアプローチをかけている。教え子に手を出すなんてけしからん! と思う人もいるかもしれないが私はもう……貴族間でイビられるのは嫌なのだ。貴族のパーティに出席すると必ず、まだ結婚していないの? みたいなことを言われる。家族、親族も同様だ。無駄にエリートになり過ぎて、貰い手がないと父も嘆いているのを私は知っている。
なら、身近な男に手を出しても良いじゃん!? 良いよね!? だってエルってかっこいいし、それに何よりも
私と釣り合うなんて、エルしかいない。以前はそんなことは微塵も考えもしなかったけど、最近は弟子に対する友愛なのか、それとも恋愛的な感情が本当にあるのかと迷っている。アプローチをかけているのもそれを確かめるためだ。
だがこの男、決して動じない。全くだ。脳内には農作物を研究することしか考えていない。
最近はブリュー家のセレーナがエルを妙に色っぽい目で見つめているのを私は知っている。そして彼女の母もまた、エルを気に入っていると私は知っている。貴族間の情報網をなめちゃあいけない。
でも問題は……私とエルが10歳も年が離れていること。うん、10歳。大きいなぁ、10年。それだと比較的に年が近いセレーナの方がいいのかな? と思うとちょっと悲しくなる。うん……。
そんな経緯もあって、私は今日は飲んだ。それはもう、飲んだ。途中でエルが、「飲み過ぎだぞ、フィー」と言っていたがそんなのは無視。今日は久しぶりに解放された日なのだ。私は自由だあああああッ!!!!
そして、そこから先……私は幸せな夢を見る。
「さぁ早くぅ! 脱がせて! エル! 早く!」
そう私はエルと恋仲になった夢を見た。ずっと一人で気丈に振る舞ってきた。両親にも甘えることは許されず、三大貴族筆頭のメディス家として、
でもエルなら、私と支え合うことができる。私はもう、一人じゃないのだ。
という潜在意識から、私は夢の中ならエルに甘えまくろうと思った。恋人ができたらやりたいシリーズが私にはあり、服を脱がせてもらい、一緒に入浴して、一緒に寝る。そんな些細なことがやりたかった。今まで一度も恋人ができず、実は処女である私はそんなちっぽけなことがやりたかった。
今はまどろみの中。何をしてもいい夢の中。そう、ここでなら私は自分をさらけ出していいのだ。
「やだ! 一緒に寝て? お願い……」
エルが帰るって言っている。そんなのやだ! 一緒に寝たい!
でも、エルは卒業して私の無理で講師になって……農作物の研究が遅れている。ここでずっとジタバタしたら、私……重い女になる。それはエルの迷惑になるし、よくない。
そしてエルはそのまま帰って行った。なんか妙にリアリティのある夢だったけど、たまにはこんなこともあって良い。きっとこれは神様からの贈り物。ずっと孤独だった私への、贈り物。
「ふふふ……」
そうして私は再びまどろみの中に落ちてくのだった。
ピピピピピピピピピピピピピ。
「ん? 朝?」
目が醒める。それにしても妙に頭が痛い。ズキズキする。昨日は飲み過ぎたのかもしれない。そして私は目を覚ますために、洗面所に顔を洗いに行った。
「あれ? タオルがたたんである? それにお風呂に入った跡も……あれ私って昨日……」
記憶を遡る。そういえば、私はどうやって家に帰ってきたのだろう? ずっと気持ちのいい夢を見ていたが……え? 待って、待って、待って。え? まじで? ままままま、マジで?
私は昨日の夢の痕跡を全て探してみた。お風呂の中、歯ブラシ、さらにはタンスの下着とパジャマ。それは全て夢でエルにしてもらったこと。下着を見ると新しいものになっているし、パジャマも夢でエルに着せてもらった、お気に入りのクマさんパジャマだ。
「……」
サーっと顔が青ざめる。
え? ちょっと待って!? 現実!!? あれって現実だったの!!?
私はヤベェ! と思ってすぐに隣に住んでいるエルの家に向かった。
「はーい。どちら様って……あぁ、直接インターホン鳴らせるのはフィーぐらいしかいないよな。ふわああああ……どした? 何か用か?」
「ききききき!!! きききききき!? きき!!」
「……? 猿真似の披露か?」
「昨日のこと!!!? 覚えてるよね!!!!?」
「わ、忘れて! 昨日のことは、忘れてエル!!!」
「俺に記憶操作の錬金術は使えない。無理だ。まぁいい経験になっただろ? これからはもっと酒に気をつけろ」
「う……それで、見たの?」
「いや、俺は視界がなくとも周囲を把握することができるのは知っているだろ?」
「そうだけど……輪郭とか、形とか、覚えているでしょ?」
「直接見られるよりかはいいだろう。これでセクハラと言われるなら、俺は泣くぞ。フィーが超高度な結界を張るせいで、帰るに帰れなかったし」
「う……ごめんなさい。全面的に私が悪いです」
「で、どうだった?」
「ん?」
「私、綺麗だった?」
「いやシルエットしか見えないから、綺麗かどうかはわからない」
「そう……そうよね……はぁ、こんなことで私はお嫁に行けるのかしら……」
「……まぁ、いつかいい縁があるさ」
「……うん。いきなり押しかけてごめんね。今日は帰る、バイバイ」
「あぁ」
そんなやりとりをして、とぼとぼと家に戻った。お、終わった……私のクールビューティな印象が全てなくなってしまった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
ソファーにダイブして悶絶する。
私のアドバンテージと言えば、できる女でクールで知的……なはずなのに、昨日の私はなんだ?
「返さないもん!」「脱がせて!」「一緒に寝よ!」
バカか。脳みそスイーツ女か私は。エルは気にしていない風だったが、いや実際には全く気にしていないのも、さらにムカつく。私の裸をシルエット越しに見たくせに……うぅぅぅぅぅ、私って本当に魅力ないのかな? 昨日のあれは襲われても仕方がない状況だった。私の処女が散っていてもおかしくはない状況だった。でも、何もない。ただ、子どものように世話をされただけ。うん、それだけ。
こ! これはきっと心的外傷後ストレス障害の一種で、日頃のストレスのせいで! それで……。
言い訳虚しく、これ以上は何も出てこない。私はやらかした。そう、やらかしたのだ。うううううううぅぅぅ、これからどんな顔をしてエルに会えば良いの?
絶望に浸っていると、家の電話が鳴り響く。
「はぁ……こんな時に誰よ……はい、もしもしアルスフィーラです」
「フィー? 今は家にいるの?」
「いるけど、どうしたのお母さん?」
電話してきたのは母だった。てっきり仕事の電話と思っていたから、ちょっとだけ気が抜ける。
「今から帰ってこれる?」
「今日は何もないから良いけど……どうしたの?」
「神秘派の連中がどうにも動きが怪しいのよねぇ……それで貴族会議をするって、あなた次期当主なんだから来なさいよ」
「えぇ……まーた、神秘派? 今度は何?」
「……言いにくいけど、エルさんの進路が気にくわないとかなんとか。メディス家が囲い始めたとか、横暴だとか、色々とクレームが多くてね。それの対策」
「ええええぇ……だるぅ。お父さんに任せちゃダメ?」
「あなたが原因でもあるのよ? 学院の講師にするなんて、周りから見ればあなたが囲っているとしか思えないわ。もっと良い就職先もあったのに」
「えええええぇぇ、私のせい? 私がいなかったら、今頃エルは家の農家を継いでるんだよ? 最大限譲歩した方でしょう」
「……あいつらの頭はね、そんなことじゃ変わらないの。ま、とにかく来なさい」
「……うーい」
電話を切ると、まだ痛む頭を押さえながら私は外着に着替えて、自宅へと向かうのだった。
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