第11話 アルスフィーラ・メディスの憂鬱 1


 どうもフィーです。本名はアルスフィーラ・メディス。三大貴族の中でも一番、歴史と権力のあるメディス家の長女です。私はそのメディス家の中でも一番の有望株。次期当主なのは当たり前だけど、錬金術の歴史の中で史上最高の天才と称されていたわ。カノヴァリア錬金術学院を史上最年少で卒業。そして、卒業と同時に白金プラチナのクラスも獲得。その後は学院で講師を務めて、あっという間に校長の座に就任。


 順風満帆の人生だった。私には特に苦労した記憶はない。努力はそれ相応にしてきた。でも死ぬほど辛いとか、もういやだぁ、とか感じたことはない。


 でもそれは、エルとの出会いで変わる。そう、大きく変わったの。


 エルウィード・ウィリス。長い錬金術の中で二人目の碧星級ブルーステラとなった正真正銘の天才。史上最高の天才錬金術師と評されるようになって、もう割と時間が経った。私はそんな彼が無名だった頃から知っている。というか、彼は私の弟子なのだ。


 校長に就任した私には学院の経営という仕事がある。授業はちょっとはしても、以前のようにゼミを持ったりはしない。でも、私はエルの入学試験の点数を見て、私が担当するしかないと思った。



「は……? 満点?」

「えぇ。メディス先生。満点です。ペーパーも実技の満点ですよ」


 試験監督だった男性の先生が私にそう伝えた。その時は冗談だと思った。


「これ、試験結果です」


 そう言われて、私は試験結果をまとめた紙を受け取った。


 錬金術基礎論:100

 錬金術属性論:100

 錬金術実技:100


 本当にそう書いてあった。え? 本当に? 私だって、当時は8割が限界だったんだけど……。


「え? ちょっと待って……? 試験の合格ラインは?」

「今年はかなり難しいので、6割5分で合格です。平均は5割を切っています」

「えっと……その難関なテストの中で満点?」

「えぇ、満点です。彼は天才です。でも問題が……」

「素行とか、性格? 天才にありがちよね。ま、そういう奴は大したことないんだけど?」

「農家出身なのです……」

「……えええぇ? 貴族は……そうだったら私がもう知っているか……でも、農家の出身? 農家出身の錬金術って今までにいないわよね?」

「えぇ。いません。彼と、あとは彼の姉だけです」

「姉の方は?」

「姉の方は普通です。6割7分で合格。合格者の中では下の方ですね」

「問題は、この子か……」


 資料を見ると、エルウィード・ウィリスという名前が書いてあった。経歴は普通。至って普通の経歴。だけど、満点なんて異常だ。カンニングでもしたの?


「カンニングの形跡は?」

「ありません。それにカンニングだとしても実技では不可能でしょう」

「そうよね……わかったわ。彼の面接は私一人でしましょう。任せて」

「はい。宜しくお願いします」


 そう言って緊急事態を伝えにきた教師は去っていく。


 私は考える。このエルウィード・ウィリスという少年を入学させていいものかと。明らかに異常すぎる点数。オール9割なら、ギリギリ信憑性がある。でもオールパーフェクトはやばい。まじで、やばい。私も今回の入試で満点を取れるかと言われれば、ちょっと微妙だ。よくて9割5分。今の私でも……だ。


 この学院には一応形式的に面接試験がある。ペーパーと実技で合格点を取れたらほぼ合格だが、面接をするにはする。そして、生徒の性格などを考慮してゼミに配属する。もちろん、相手の要望も聞くが最終的にはこちらが判断する。



 私はそうして、エルと出会うことになる。



「では、エルウィード・ウィリスさん。入室してください」

「……失礼します」


 ぺこりと頭を下げて、私の前の机に着席する。うん、とりあえず異常な人間ではないらしい。たまにまともに机に座れない者もいるが、今の所は大丈夫。


 それにしても……かっこいいわね。妙に私好みの容姿だわ。髪は色素の薄い白金プラチナ。長さは肩にかかる程度で、サラサラとしている。また体つきはかなりのもので、高身長に肉付きのいい体。鋭い目は、それほどきつい印象はない。これで14歳というのだから、かなり早熟だ。ぱっと見は、20代に見える。


「では、志望理由をお聞かせください」


 これは本当に形式的なものだ。だいたいは錬金術師として、真理の探究を〜とか、家の使命で〜とかで私たちも何かを期待しているわけではない。


「私がこの学院の入学を志望したのは、『世界最高の農家プロジェクト』を達成するためです」

「せ、『世界最高の農家プロジェクト』?」

「はい。要するに、私は自分の生み出した農作物を世界中に発信したいのです」

「えっと……それと錬金術に関係が?」

「錬金術を使えば、農作物の品種改良が容易に行えます。私はそのためにここに来ました。親には無理だと言われましたが、試験は割とよくできたつもりです。そして、この面接に来れたということは、私はペーパーと実技で合格点を超えていたということですよね?」

「えぇ……その、割とよくできたの?」

「えぇ、割とよくできました」

「ほ、本当はよくないけど……点数知りたい?」


 本当は生徒に点数は開示しない。でも私は確かめたいことがあったのだ。


「教えてもらえるのなら、宜しくお願いします。フィードバックは大切だと思いますので」

「……その満点よ、あなた……」

「満点、それは錬金術基礎論、錬金術属性論、錬金術実技の3つ全て満点ということでしょうか?」

「そうね。こちらではそう把握しているわ」

「そうですか……満点の自信はなかったのですが……」

「その何処あたりが不安だったの?」

「錬金術基礎の錬成陣と魔力のあたりですね。全ての問題が記述だったので、書きすぎたと思いましたが良かったです」

「そ、そう……そうね。うん……」


 彼が言っている箇所の問題は私が作った部分だ。在学時代から学んでいた、錬成陣と魔力の関係性は私の専攻であり得意分野だ。彼の記述は控えめに言って、私が求めていたものそのものだった。むしろ、私よりも深い記述がしてあって驚いた。


 でも、それにしてもそれが全て農作物のため? 本当に? 何か裏があるんじゃ……。


「で、農作物を品種改良するために、この学院に?」

「今までは独学でやっていましたが、誰か専門的に学んでいる人に習ったほうがいいと助言を受けまして……両親は駄目元でやってみろ、と言っていましたがこの面接まで来れてホッとしています」

「そのぉ……ご両親は農家の方よね?」

「はい、そうです」

「錬金術は使えるのかしら?」

「いえ、うちの家族で錬金術を使えるのは姉と、私と、妹だけです」

「そ、そう……」


 うん、意味がわからない。農家の家系なのに、子どもが全員錬金術を使える? たまに突発的に生まれるけど、基本は錬金術の能力は遺伝する。だから貴族はより優秀な錬金術師と婚約させたがる。まぁ、私が婚約できないのは、優秀すぎるからだし? べ、別に強がってないし……。と、そんなことを考えている場合ではない。今はこの子を入学させるかどうかだ。


「えーっと、入学は認めてもいいです。でも何か変な目的があるわけじゃあ、ないわよね?」

「もちろんです。これまでも、これからもこの身は農作物と共にあります」

「そ、そう。じゃあこれから頑張ってね」

「はい!!」


 うん。この純粋な瞳はきっと目標のために邁進まいしんする覚悟の表れだ。まぁ大丈夫でしょう。何かあれば、私がどうにかすればいいし。流石に私よりも優秀ってことはないわよね?


 でもこうなると、14歳で入学か……。史上最年少になるわねぇ……これは貴族も荒れるだろうし、神秘派と理論派も黙ってはいない。きっと何か起きるかもしれない。あぁ……どうか何も起きませんように……。



 そしてそれは、見事に裏切られることになる。



 § § §



「はぁ……」


 あの時から二年。ちょうど二年。色々あった。本当に色々あった。エルは入学すると同時に頭角を現し、入学して半年後には白金プラチナの錬金術師に。そしてさらに半年後、つまり入学してから一年で碧星級ブルーステラになった。「なぁ、フィー。この論文ちょっと見てくれ。割とよくできた」そう言ってきて見た論文。


 それはもはや意味不明。結果として完全独立型人工知能が実現できて、ホムンクルスは生み出せるとわかった。でもそのプロセスは私ですら、いや世界中で彼しか理解できていない。



 私はそれを錬金術協会に届けた。だが、白金プラチナの錬金術師が何人集まっても理解できなかった。だが彼が生み出した、『ハイハイする人参』は意志を持っているし、簡易なコミュニケーション能力もあるし、自力で動いているのだ。エルによると、「クオリアへのアクセスと、錬成陣の組み込み方にコツがある。知能自体は俺のものをコピーして少しだけ分けている」らしい。意味がわからない。クオリアもそうだが、知能をコピーも意味がわからないし、それでなぜ人参がハイハイしているのかも意味不明。だが、これは紛れもなくホムンクルス。一見馬鹿げているようにも思えるが、ホムンクルスなのだ。私たちはホムンクルスが実現可能だということを伏せて、エルを碧星級ブルーステラの錬金術師にすることに決め、世間に公表した。史上最年少かつ、史上二人目の碧星級ブルーステラの錬金術師、エルウィード・ウィリスの名を。



 本当ならば一年で卒業もできたが、その論文の会議が4月半ばまで伸びたので、エルはもう一年在学することになった。と言っても、彼は特待生で取っているので入学金もないし、授業料も全て無料。もう一年先でもいい? と聞くと「ん? まぁ、もう少し研究したいからな。あと一年でちょうどいいくらいだ」と言っていた。ちょうど良いって……私ですら五年もかかったのに……二年でちょうど言いって……でももう慣れてしまった。


 エルの農作物への愛は錬金術の歴史を変えたのだ。本人には、碧星級ブルーステラの自覚を持てとか、碧星級ブルーステラって本当にすごいよって言っても、「ふーん。まぁ、クラスとかどうでも良いよ。俺は農作物を作れるなら、それで良い」としか言わない。


 でも逆にこれで良かったのかもしれない。これだけの才能が悪用されないだけでも僥倖なのだ。


 うん、そう思うことにしよう。うん……あぁ、でもエルの進路が決まって良かったなぁ……。


 そして明日は入学式だ。エルの講師デビューでもある。そのあとはエルと二人で飲み会。明日で解放される……明日さえ終わればッ……!!


 だがしかし、私の苦労はまだまだ続くのであった……とほほ。

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