第8話 工房を立ち上げよう!


「さぁ早くぅ! 脱がせて! エル! 早く!」

「農作物よ、俺に力を……」



 目を閉じて、十字を描くようにして俺は農作物の神に祈りを捧げる。


 そして、ここで俺はオリジナルの錬金術を発動する。それは視界を開かなくとも、空間を認識できる錬金術だ。元は第一質料プリママテリアの発見から応用したもので、俺は周囲の第一質料プリママテリアを完全に把握する頃ができる。この異能は農作物の研究をしていくにつれて、俺に現れたものだ。この状態の俺にはシルエットが見える程度で明確な色形などの視覚ほどの情報は入ってこない。



 まぁつまり、目を閉じたままフィーの要求を満たすことができるのだ。



 やはり農作物は偉大である。学院で農作物の研究をしていなければ、今頃は窮地に陥っていた。だがしかし、まだいける。俺はやれる。


 俺はささっと洗面所へ行ってタオルを借りて、目を覆うようにして結ぶ。硬く。そう、硬くだ。俺はこんなところでフィーと変な関係になりたくない。こいつは盟友なのだ。ならば俺も毅然とした態度を示すべきだろう。



「ほら、バンザーイってしろ」

「うん……バンザーイ!」


 始まった。俺の史上最大の困難が始まった。視界からの情報はないが、俺は第一質料プリママテリアを感じ取って器用に彼女の服をスルスルと脱がせていく。


「よし! 脱げた! お風呂いこ! エルも一緒に入ろ?」

「あぁ……」


 もうどうにでもなれ。そう覚悟を決めて、俺は風呂へと向かった。


「ふんふんふ〜ん」

「どうだフィー気持ちいいか?」

「うん! エルは洗うのうまいね!」



 俺はフィーの背中を洗っていた。フィーのやつは完全に全裸だが、俺は服を着ている。そうしなければ何か嫌な予感がしたからだ。



「エルはお風呂に浸からないの?」

「あぁ……俺は自分の家に帰ってから入るよ」

「ふーん。そうなんだぁ」



 なぁ、こいつは本当に酔っているのか? 何かやばいクスリでもキメてんじゃないか? そう思うほどいつもの言動とはかけ離れている。確かにフィーは、ちょっと抜けているところがあるが……これは潜在的に眠っているものなのか?


 とまぁ、いろいろ考えても仕方ない。



「よし、上がるぞフィー」

「うん!」



 なんか、親戚の子どもの世話をしている気分だ……。


 その後可愛らしいクマさんパジャマに着替えさせて、歯も磨いて、ベッドにフィーを連れて来た。


「やだ! 一緒に寝て? お願い……」


 ウルウルとした目でそういうが、もうすでに結界の解除は終わっている。俺の任務も終わった。俺はタオルを取るとやっといつもの視覚情報を手にいれる。


 はぁ……本当に災難だった。どうか、フィーがこのことを覚えていませんように……。


 そしてこんなことをしているうちに、時刻は0時を回っている。俺は自宅に戻ってまた別の農作物のデータ収集をする予定がある。


 今日はもう帰るべきだ。



「フィー。また来るよ。一緒に寝るのは、また今度な?」

「うん……エルがそういうなら……おやすみ、エル」

「あぁ。おやすみ、フィー」



 俺が扉を開けようとした瞬間には、すでにフィーの寝息が聞こえた。


 よっぽど疲れていたのだろう。度重なる苦労によるストレス。それが少しでも解消できたのなら、俺は満足だ。



 そうして俺は自宅へと戻っていく。ま、隣なんですけどね。



 ピンポーン。ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポーン。


「……ううううん?」


 ピンポーンとずっとインターホンが鳴っている。誰だそんな連打しているのは? うちの家のインターホンは連打ゲーじゃないぞ……。


 枕元にある時計を見ると、午前10時。


 休日だからといって少し寝すぎたか。まぁでも昨日はいろいろとあって遅かったしな。あれから家に戻って二時間ほど農作物の研究をして、寝たのは2時半。


 もう少し寝たいが、今日は大切な用事もある。インターホンに出るついでに、起きるか。


 そして、俺はまだ少しぼんやりとした頭で玄関に向かう。


「はーい。どちら様って……あぁ、直接インターホン鳴らせるのはフィーぐらいしかいないよな。ふわああああ……どした? 何か用か?」

「ききききき!!! きききききき!? きき!!」

「……? 猿真似の披露か?」

「昨日のこと!!!? 覚えてるよね!!!!?」



 真っ赤な顔でそう言って来るフィー。こいつも寝起きなのか、可愛らしいクマさんパジャマだ。あぁ、そういえば昨日の夜にこいつの棚をみたが可愛いパジャマがたくさんあったなぁ。と、考えているとフィーはさらに顔を赤くして迫って来る。



「わ、忘れて! 昨日のことは、忘れてエル!!!」

「俺に記憶操作の錬金術は使えない。無理だ。まぁいい経験になっただろ? これからはもっと酒に気をつけろ」

「う……それで、見たの?」

「いや、俺は視界がなくとも周囲を把握することができるのは知っているだろ?」

「そうだけど……輪郭とか、形とか、覚えているでしょ?」

「直接見られるよりかはいいだろう。これでセクハラと言われるなら、俺は泣くぞ。フィーが超高度な結界を張るせいで、帰るに帰れなかったし」

「う……ごめんなさい。全面的に私が悪いです」



 シュンと落ち込むフィー。あそこまでの痴態を晒したのだ。言いたいことがあるのも理解はできる。が、俺だって大変だったのだ。そこも理解してほしい。



「で、どうだった?」

「ん?」

「私、綺麗だった?」

「いやシルエットしか見えないから、綺麗かどうかはわからない」

「そう……そうよね……はぁ、こんなことで私はお嫁に行けるのかしら……」

「……まぁ、いつかいい縁があるさ」

「……うん。いきなり押しかけてごめんね。今日は帰る、バイバイ」

「あぁ」



 フィーはそのままトボトボと歩いて、戻っていく。



「よし! 今日は記念すべき日だ! やるぞ!」



 俺には午後から大切な予定がある。そう、やっと工房を立ち上げるのだ! こうして俺はやっと独立への一歩を踏み出すのだった。



 § § §



「……とりあえずは、こんなもんか」


 俺がやってきていたのは、このマンションの地下だ。本当は今住んでいるマンションに地下室などないが、俺が錬金術で再構築して作り出した。一応、様々な関係者の許可はとっている。それにここに住んでいる人に迷惑にならないように、ちょっと深めのところに作ってある。



 広さはワンフロア全てと同じぐらいで、かなり広い。だが手広く農作物を研究するためにはこれぐらいの規模は必要だ。自室ではレポートまとめ、この工房では実験を主にしていく予定である。



 そして色々と準備をしていると、二人の客人がやってきた。



「あら……本当に地下室なんてありましたのね。これはちょっと……本当にすごいですわねぇ……」

「師匠! ご無沙汰しております! これは講師就任のお祝いです。隣国の高品質の農作物を約束どおり、持ってまいりました」



 そう、今日呼んでいるのはセレーナとフレッドだ。二人ともちょうど今日が休日だったので、こうしてきてもらった。工房の設立は一人だと大変だからな。



「二人ともよくきたな。フレッドのそれはそこに置いておいてくれ。本当に助かる。ありがとう」

「いえいえ、師匠のお力になれるのなら幸いです」

「で、私たちは何をすればいいんですの?」

「とりあえず、実験器具の設置だな」

「……まぁ、勝手はわかっているので任せない。完璧に仕上げますわ」

「師匠! 私も助力させていただきます!」

「あぁ、頼む。それじゃあやるぞ! えいえい」

「「「おー!!」」」



 学生の時のように俺たちは三人で作業を始めた。


 実験器具は大きいものが多く、俺が一人で錬金術を使って設置してもいいのだが、あいにく俺はそんなに魔力の多い方ではない。俺よりもむしろ、セレーナとフレッドの方が魔力はある。だからこそ、今日は二人を呼んだのだ。


 まずは大きな器具から。これらは俺が自分で作り出した器具である。農作物の糖度を測る機械から、バイタルデータを正確に把握できるものある。細い器具はフラスコや試験官といった一般的なものだ。



 そうして二時間ほど奮闘して、俺の工房は完成した。



 そう……完成したのだ。思えば、長い道のりだった。俺は学生時代から自分の工房を持つのが夢で、ここに引きこもって最高の農作物を作るのが夢だった。


 本当に色々あった。幼少期に世界最高の農家になると誓い、錬金術は品種改良に最適な手段だと知った。そして俺はカノヴァリア錬金術学院に入学し、さらに錬金術への知識を深めた。全ては夢を叶えるために。学生時代は色々と失敗もあった。農作物を無駄にしてしまうこともあった。その度に涙を流し、俺は誓った。あいつらの犠牲を決して、無駄にはしないと。俺は世界最高の農家になるのだと……。



 そう感極まっていると、涙が出ていた。



「あ……俺はやっと、たどり着いたのか……」

「師匠! これが学生時代に夢見ていた工房ですよ!」

「エル、おめでとうですわ。本当に良かったですわね。夢に近づいて……」

「お前ら……うぅぅぅ、ありがとう」



 セレーナとフレッドが俺に励ましの言葉をかけてくれる。思えば、初めは二人ともいい出会いではなかった。はっきり言って邪魔だと思った。だからこそ正面からねじ伏せた。俺の方が錬金術の技量が上だと自覚していたからこそ、一度ひどい目に合わせればもう関わってこないと思った。



 でも、この二人は俺の夢を真面目に応援してくれている。あの時からずっと、友人として接してくれた。一緒にバカをやった記憶も懐かしい。卒業して一ヶ月も経たないというのに、なぜかものすごい昔のような気がする。



「俺はこれから、夢を叶える。そして……世界最高の農家になるよ」



 涙ながらにそういうと二人はニコッと微笑んでくれた。


 あぁ……俺は本当にいい友人を持った。


 と思いきや、セレーナが俺の手を引いて階段を上がろうとする。



「え? どうしたセレーナ? 俺は今から『羽ばたく玉ねぎ』の研究を……」

「今日は私の特訓に付き合う予定でしょう? これが終わったらやると言っていましたわ」

「あ! 言ってたな……」

「師匠! 私も久しぶりに師匠に鍛えて欲しいです!」



 うん。まぁ与えてもらってばかりじゃ悪いよね。うん……あぁ、すぐに研究したかった……。



 こうして締まらないままに、俺はセレーナとフレッドに連れ去られるのであった。

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