第9話 お邪魔しまーす


 夕方。俺たち三人はセレーナの家にやってきていた。この国は中央にカノヴァリア錬金術学院があり、その北は貴族街である。俺の家は中央にあるので、今は三人で北に移動中だ。



「その、エル……お母様が何か言うかもしれませんが、お気になさらずに……」

「ん? あぁ、わかったよ。社交辞令だろうしな」

「えぇ……そうだといいのですが……」

「セレーナの母上は師匠と娘を婚約させたいのでしょう。私も親だったならば、師匠のような人材は放って置きませんからな」



 と、セレーナは不安を吐露する。いつもセレーナの家に行くと「セレーナとはいつ婚約するのですか? 今日? 今日ですか?」というふうに淡々と迫ってくる。とても優しく、お菓子作りもうまいし、いい母親だと思うがセレーナはちょっと苦手らしい。


 反抗期みたいなもんだろう。俺はテキトーにそんなことを考えがら歩いていると、セレーナの家に着いた。



 敷地はかなり広く、庭には噴水があり、その奥に巨大な屋敷がある。何度もここには来ているが、いつも感心してしまう。



「……おぉ、相変わらずでかいなぁ……」

「では……私は着替えて来ますので、いつもの場所でお待ちを」

「はいはい。了解した」



 セレーナはそう言って屋敷に入って行く。



「んじゃ先に行っとくか、フレッド」

「はい! 師匠!」


 いつも錬金術の訓練をするのは決まってセレーナの家のこの庭と決まっている。投げられたり、吹き飛ばされたりしても硬い地面よりは安全だからだ。


 ついでに言うと、俺とフレッドはすでに動きやすいラフな服装。セレーナは外に出るときはいつもオシャレしているので、今は着替え中なのである。



「あらあらあら、エル様とフレッド様。ようこそ、我が家へ」

「ケイト様、お久しぶりです」

「私は昨日ぶりですな。お邪魔いたします、ケイトさん」



 俺は一応、貴族ということでケイト様と呼んでいる。フレッドは俺よりも親交が深いのでケイトさんと。


「エル様、うちの娘とは如何ですか?」

「えぇ。今日は工房の設立を手伝ってもらいましたよ。本当に感謝しています」

「あら! 工房ですか! 碧星級ブルーステラの錬金術師による工房。さぞ、すごい事をなされているのでしょうね」

「いえ、いつも通り農作物の品種改良に勤しんでいるだけです」

「ご謙遜を。エル様の錬金術は本当にすごいのです。そしてあなたの生み出す、農作物たちも。本格的な事業を為さるときはお声がけください。うちの家ならば、力になれると思うので」

「これはこれは、ありがとうございます」



 ぺこりと頭をさげると、にこりと微笑んでくれる。年相応の柔らかい雰囲気に俺は癒しを感じていた。すると、隣にいたフレッドがこそっと言葉をかけてくる。


「……師匠、騙されてはいけません。頼るなら、ブリュー家よりもバルト家の方がいいです。これは間違いありません」


 この声は俺にしか聞こえていないはず。だが、彼女は耳がいいのかすぐに会話に入ってくる。



「あらあらあら? フレッドさん? それはどういう事かしらぁ? ねぇ?」



 うん、怖い。ものすごい微笑んでいるが、目が笑っていない。これはどうなることやら……と思っているとちょうどセレーナがやって来た。



「お母様! 今日はご連絡していないのに、なぜここが!!?」

「ふふふ。エル様の気配を感じ取って来たのですよ。あなた、例の件は進んでいるのですか?」

「いえ……その……」

「いいこと。既成事実さえ作れば、あとは私が周りを固めて目標まで導きます。必ず達成するのですよ」

「でも……私とエルはそんな関係ではありませんの……」

「嘘おっしゃい。私には全てまるっとお見通しですよ」



 なぜか二人が口論をしているが、すぐに終わりそのままセレーナの母は去って行く。


「では……お二人ともごゆっくり」


 最後まで優雅な立ち振る舞い。セレーナも将来はあんな風になるんだろうか。



「では、やりますわよ! フレッド、初めは私からでも?」

「えぇ。お譲りしましょう」



 こうして俺たちの訓練が始まる。




 § § §



「……」

「……」


 俺たちはじっと互いを見つめて歩きながら様子を伺っている。訓練の内容は俺から一本取ること。それだけのシンプルなルール。攻撃手段はなんでもいい。ただし、錬金術の使用は事前に行うのはだめ。



 本来ならば騎士が使う錬金術とは事前に身体強化をするものである。しかし、今俺たちが取り組んでいるのは戦闘しながら錬金術を使うことに趣を置いている。



「……はぁッ!!」



 セレーナが距離を詰めてくる。速い。たった一歩で俺の懐に入って来て、鳩尾を拳で打ち抜こうとしてくる。



「……甘いな、セレーナ」

「……なぁ!!?」



 俺はスッとそのまま身を少しだけズラして攻撃をかわす。そして、彼女のガラ空きの胴体に思い切り蹴りをお見舞いした。



「ぐうううううううううッ!!!」



 痛みをこらえながら、セレーナは後方へと吹き飛ばされて行く。だが感触的には致命傷になっていない。彼女は俺の攻撃が来ると感じた瞬間に錬金術を発動。周囲にある第一質料プリママテリアを胴体に集中させて、俺の攻撃を緩和したのだ。



「……セレーナ、進歩しているな。今までのお前ならここで終わりだった」

「……まだまだこれからですわよッ!!!」



 そうしてそれから30分ほど、俺は割と本気でセレーナをボコボコにした。


 いや、いじめじゃないよ? ただ本人が本気で来いって言うからね。バレない程度に力は抜いているけど、結構本気で戦った。



 感想としては、錬金術を実戦導入するのはまだ防御面だけで攻撃には使えない、と言う感じだった。



「はぁ……はぁ……はぁ……エルってば、強すぎですわぁ……」



 大の字で庭に寝っ転がっているセレーナ。一方の俺は息も切れていない。


 錬金術の使用は、これまで錬成陣ありきのものだと考えられていたが、俺は錬成陣なしで錬金術を使える。それは脳内で明確な心的イメージを描くだけで発動する。



 もちろん何でもイメージ通りというわけにはいかない。大切なのは、第一質料プリママテリアの量と、魔力の込め方。その二つをいいバランスで行う必要がある。



 俺が以前の講義で、心的イメージ、第一質料プリママテリア、魔力の3つが重要だと説いたがこれはそういうことだ。その3つが適切な条件を揃えた時に、錬金術は発動する。別に万能の力ではないのだ。



 そして、俺はただその扱いが異様に上手いだけ。錬金術なしの戦闘ではセレーナには瞬殺される。だが、錬金術で身体強化をして、さらに俺は戦闘をしながらも錬金術をノータイムで使用できる。魔力の量は多くないので、連発はできないが相手の前に壁を作ったりなどはできる。



 今も、盛り上がった地面が幾つもできている。


 俺は本来ならば無から有を生み出すことはできる。厳密にいうと、十分な第一質料プリママテリアがあれば、何でも錬成できる。だが、第一質料プリママテリアはこの世界に偏って存在しており、普通の錬金術師は無から有を生み出すみたいな錬成はできない。だからこそ、こうしてここにあるものを活かして戦う。土があれば土を、水があれば水を、火があれば火を駆使した錬成がよりしやすくなるのだ。



「さすがは師匠、未だに錬金術は現役ですな」

「まぁ毎日使っているからな。戦闘じゃなくて、研究にだけど」

「はぁ……本当にデタラメな強さ。あなた、騎士団に来ればすぐにトップに立てますわよ?」



 俺とフレッドが会話をしていると、やっと息が整ったのかセリーナがこちらにやってくる。



「で、今日はどうでした? 全体的に」

「錬成陣なしの錬金術は慣れてきたな。でもまだ、防御面でしか真価は発揮できていない。お前、攻撃の時は錬成陣をイメージしてるだろ? 多分防御は本能的に身を守る行為だから、簡単にできるんだと思う。でも攻撃は違う。いつも言っているが、心的イメージ、第一質料プリママテリア、魔力の適切なバランスが大事だ。セリーナは焦って魔力を込めすぎているからな。周囲にダダ漏れだ。俺みたいなやつだとその魔力を踏み出しにして、錬金術を行使できる。これは戦闘において致命的。相手は自分の魔力を使っていないからな。今後は魔力操作に力を入れといいかもしれない。以前の課題だった、心的イメージはだいぶマシになっているし、このまま頑張ってみてくれ」

「相変わらず、尋常じゃない分析ですわね」

「農作物に比べれば、イージーだ。農作物は人間みたいに明確な欠点がみてもわからないからな。人間だと同じ生物な分、分析は容易い。自分はお前だったらどうするか? とイメージすれば自然とアドバイスは出る」

「はぁ……あなたの才能は分かっていますが、本当に流石ですわね」

「師匠! 次は私と! 私としましょう!」



 フレッドのテンションが異常に高いので、今日は嫌な予感がする。


 実はこのフレッド。俺と戦闘力は同じくらいだ。まだ俺の方が強いが、こいつは錬金術の拙さを身体能力と立ち回りでカバーしてくる。と言っても錬金術が拙いというのは俺よりも、という意味だ。すでに白金プラチナの錬金術師であるフレッドはこの国でも随一の錬金術師だ。


 要するに、戦闘の天才なのだ。こいつは。



「よし! 本気でかかって来い!!!」

「行きますよ! 師匠!!!!」





 そして、一時間後……。



「はぁ……はぁ……勝った……でも、フレッドお前……強くなりすぎだろう……まじで本気出したぞ……」

「し、師匠は相変わらずお強いですなぁ……はぁ……はぁ……今日は本気で勝ちに行きましたのに……」



 周囲には大量の氷山と、溶けたり砕けたりした氷が周囲に散らばっていた。俺の得意な錬金術は氷。俺は第一質料プリママテリアから氷を生み出すことを得意としている。一方のフレッドは家の血なのだろうが、炎。こいつは第一質料プリママテリアから炎を生み出せる。


 格闘戦では決着がつかないと悟った俺たちは、互いに錬金術を行使した。


 氷の礫を大量に錬成し、それをフレッドに放つ。フレッドはそれを炎の壁で防いで、突撃してくる。


 クロスレンジでは俺の方が不利なのは自明だったので、俺は自分の周囲に氷山を錬成してあいつから距離を取り続けた。そして最後はフレッドの魔力切れで終焉。フレッドの方が魔力は多いが、俺の方が効率よく使用できる。勝敗の差はそれだけだった。おそらく、一年後は俺はフレッドには勝てないだろう。



「あのぉ……お二人とも、大丈夫ですの?」

「み、水をくれ!」

「私にも水を……!」



 俺とフレッドは互いに水を求めた。今は非常に喉が渇いている。少しでもその渇きを癒したい。


 そして今日のところはここまでにしておいた。


 うん……まじで疲れた……今日は……。


 

「はい、水ですわ」

「ありがたい」

「ありがとうございます」


 そうして俺たちは十分に水分補給をした。フレッドの強さはもはや国内屈指だろう。錬金術を使いながらの戦闘はきっと、今後は重要になる。だがフレッドがいれば教えることもできる。きっと俺は農作物に集中できるようになる。うん、なるといいなぁ……。


 そんなことを考えていると、セレーナのお母さんがやってくる。


「あらあらあら、随分と派手に……どうか、うちのお風呂をお使いください」


 俺の苦労はまだ、始まったばかりであった。

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