第7話 束の間の休息と災難


 どうもリタです。先生はホムンクルスを錬成できるほど、錬金術を極めていたことが判明しました。天才です。先生は天才です! もはや年下とか、年齢は些事です。ゴミです。私は錬金術の歴史においてあらゆる不可能を可能にした、大天才の前にいるのです。すごくないですか? ふふん! すごいでしょう! と、なぜか私が誇らしくなっていますが……実は雲行きが怪しいのです。



「実はこれ、俺のプロジェクトの一環なんだ」

「えと……そのプロジェクトって?」

「俺は、自分の作った農作物を世界中に売るのが夢なんだ。と言ってもこの野菜たちは偶然の産物で、量産化とかする気はないけどな」

「え……農作物……? えっと、先生は錬金術で世界の真理を追求するのでは? 世間一般ではそう言われていますけど……」

「それは嘘だ。俺の心には農作物しかない。知っているだろ? 俺が農家出身だって」

「えぇ……噂程度には……でもそれってただのやっかみの類かと……」

「いいや、俺は正当な農家の血族だ」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!? 先生って実は王族とか、始祖の転生、とか噂されていますけど……本当に農家出身で、農作物を売るために錬金術を!!!!?」

「そうだ」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!? 真理の探求は錬金術師の理想じゃないんですか!!!?」

「それはそういう奴もいるだろう。でも俺はこの学院に来たのも、プロジェクトの一環のためだ。野菜を売るためには錬金術を学ぶ必要があると思った。だから俺はここで錬金術を学んで、今に至る。碧星級ブルーステラもそのついでだ」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!? 碧星級ブルーステラがついで!? ついで感覚で碧星級ブルーステラに!? はぁ……はぁ……はぁ……と、とりあえずは、その……理解はしました。驚きましたけど……でもその、卒業してもこの学院にいるのはどうしてなんです?」

碧星級ブルーステラがいきなり農家として事業を始めるのはこの王国的に問題があるらしいとフィーがな。付き合いとかあるらしい。それにフィーのやつには世話になっているし、今は仕方なくこの職についている。まぁ、非常勤だけど」

「ひ! 非常勤!!? 碧星級ブルーステラがひ! 非常勤!?」

「あ、これは秘密だったか……まぁいいや。リタに隠すことはない。フィーのやつもそれを考えて、リタを俺のゼミ生にしたと思うしな」

「あぁ……目眩が……」



 あははははは。嘘だ。先生は錬金術を通じて真理を探究しているんだ。嘘だよね? ねぇ、私を驚かせるために……緊張をほぐすためにそう言っているんだよね?



 そう絶望していると、先生は机の上にいるホムンクルス達を見つめていた。



「ふむ……一号は最近ツヤがいいな。何? もっと栄養をよこせ? 待てよ一号、栄養過多は禁物だ。いつも言っているだろう。それに二号は……おい、また三号をいじめているのか? 全くストレスは毒だとあれほど……二号はしばらく反省していろ。三号はちょっと痩せたなぁ、栄養補充をしておけ。そして四号は……お前は相変わらずマイペースだな。いいぞ、その調子だ」



 えええええぇえ……私を無視してトウモロコシと会話してるー!?


 現実なの? うん、これが現実。史上最高の天才錬金術師は、実は農作物を愛する錬金術師だったなんて……。


 でも待って。今、会話してなかった? え、トウモロコシと会話できるの!?



「あの……先生、トウモロコシとコミュニケーション取れるんですか?」

「ん? まぁジェスチャー程度だな。何が欲しいとか、これは嫌だ程度は分かる。何と言っても俺の知性を少し与えているからな。多少はわかるさ、こいつらのことも」

「……えええええぇ、もうツッコミどころが多すぎて……へぇ……でもちょっと可愛いかも」

「ふ、さすがは俺のゼミ生。分かっているな、こいつらの愛らしさを……」



 そう聞いて、じっとトウモロコシ達を見つめてみる。


 手足? のようなものには指はない。ただの棒がくっついているみたいだ。でも二号? が三号を爪楊枝でつついている。先生がそれを見て、「いじめはやめろ、二号!」と怒っている。あ、シュンとなった。二号の頭が下に下がって落ち込んでいるような様子がわかる。


 それに分かったのは、この手でも一応何かを持つことはできるらしい。農作物と聞いて勝手にショックを受けていたけど、これは確かにすごいことかもしれない。フィー姉さんも言っていた。「いいこと、リタ。偏見はダメよ。野菜だからと言って侮ってはいけないわ。農作物への愛が、錬金術の歴史を大きく変革することだって……あり得るのよ……」と虚ろな目で言っていたのを唐突に思い出した。そうか、あの言葉はこういうことだったのかと得心する。


 姉さんは知っていたのだ。エル先生が農家の出身で、農作物のために錬金術を学び続けているのだと。そうだ、偏見は良くない。錬金術を学ぶ理由なんて、人それぞれだ。私の価値観を、勝手なイメージを、押し付けちゃあいけない。だって先生はこんなにも一生懸命なのだから……。



「先生それは?」

「あぁ、これは観察日記だ。こいつらの生態をしっかりと把握しておく必要があるからな。毎日つけている」

「へぇ……って、何これ!? すごいですね!?」



 そこにはびっしりと書き込みがしてあった。それぞれのトウモロコシ達の特徴に、どういう性格をしているのか、また錬金術を組み込んだ際に生じた影響や副作用。生活習慣はどうなっているのか、人間との差異は何か、そして錬成陣をさらに組み込むことで次なる品種改良は可能なのか。そう、記述してあったのが見えた。農作物なんて……と思っていたけれど、やっぱり先生は先生だ。



 史上最高の天才錬金術師は、本当に天才なのだ。


 私はそう、はっきりと再認識した。



「先生!」

「お、おう……急にどうした、リタ」

「私、このゼミに来て良かったです! もっと錬金術を、いや農作物のことを教えてください!!」

「ふふふふ。フハハハハハハ!!! そうか、やはりか。いや……初めて見た時から君の資質は感じ取っていた。共に歩もう、農作物への道を!」

「はい!」



 こうして通称エルゼミが本格的に始動する。後世の歴史に、このゼミはこう記されることになる。


『エルゼミとは、農作物を通じて錬金術の歴史に革命を起こした集団である』と。


 そして私が史上三人目の碧星級ブルーステラになるのもそう遠くない話だった。全ての運命はこの時に回り始めたのだ。私は生涯、先生との出会いを本当に感謝することになる……。




 § § §



「……で、リタにそう話したと?」

「すまないな、フィー。あれはどうしようもなかった」

「まぁいいけど。なんかリタもさらにあんたを尊敬してるし。聞いた? あの後、私のところに来て農作物の偉大さを語り始めたのよ? あんた、どこまで洗脳したの?」

「……バカな。洗脳とは人聞きの悪い。俺たちは錬金術と農作物の偉大な関係性について議論を交わしていただけだ。俺はさらに錬金術の偉大さを知り、リタはさらに農作物の偉大さを知った。しかも彼女、かなり適性が高い。錬金術もかなりできるな」

「うーん、正直ポテンシャルだけで言えば私より上かも」

「もしかしたら、三人目の碧星級ブルーステラになるかもな。片鱗はある」

「まさか。良くて白金プラチナ止まりよ」

「ふ、まぁ見てるがいい。俺の指導が彼女を導いてみせるさ」

「ふふふ。楽しみにしているわ」



 夜。現在は20時。俺とフィーは二人で打ち上げということで、完全個室の居酒屋に来ていた。フィーは貴族のくせに庶民的な味が好きで、あまり高価な食事は嫌いだ。今もビールと酎ハイ、さらに白ワインを頼んでいる。つまみにはポテトと唐揚げ、それに枝豆。完全におっさんのそれである。


 まぁこうしてフィーと食事をするのは慣れているので、今更どうとも思わない。



「はぁ……本当に解放されたぁ……あとはエルが何も問題を起こさなければいいわねぇ……心配だけど」

「それは……どうだろう。また『野菜の大反乱事件』が起きるかもしれない」

「あぁ……懐かしいわねぇ。私がもみ消していなかったら間違いなく退学だったわね、あれ」

「あぁ。その件は非常に感謝している。それにあの事件をきっかけに歩くトウモロコシが生まれたからな。今に繋がっているのはフィーのおかげだ、本当に感謝している」



 俺は日頃から迷惑をかけているのをよく知っている。俺が碧星級ブルーステラだと言って好き放題をしていた俺を叱り、しっかりと導いてくれた。今となっては俺の方がクラスは上だが、今でも俺はフィーを唯一の師匠だと思っている。


「そ、そんな……急にマジな顔で何言ってるのよ。まぁ碧星級ブルーステラだし? 私の初めての弟子だし? それに私もエルのおかげで色々と錬金術のイメージが変わったし……私のこそ、感謝しているわ」

「……そうか。じゃあ、そんなフィーにプレゼントだ」

「……?」



 アルコールが入って赤くなった顔をきょとんとさせるフィー。


 俺はこの時のためにフィーにプレゼントを購入していた。俺の人生で一番高い買い物だ。もちろん一人で選んで、フィーに似合うものを選んだ。



「これだ。開けて見てくれ」

「……これは、ネックレス?」

「あぁ……それと、オリジナルの錬成陣も組み込んである。やばい時はそれに魔力を込めれば俺に通知が行く。フィーも貴族間のやりとりで危ないからな。防犯面もカバーしておいた」

「嘘……嬉しい。あのエルがこんな……こんな贈り物をしてくれるなんて……うわああああああああん、嬉しいよおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「……よしよし」



 俺は感極まって泣いているフィーの頭を撫でる。酒で感情が高ぶっているのだろう。俺はフィーの苦労をよく知っている。それはこの二年間ずっとそばで見て来たからだ。だからこそ、何か形にして感謝を伝えたかった。


「……ぐす。ありがと……一生大事にするね」

「あぁ。それは俺も嬉しい」






 ここで終われば全てが美しかった。そう、だがしかし俺には最大の任務があった。いや、災難があったのだ……。



「……すぅ、すぅ」

「く、くそ……今日は飲みすぎだぞ、フィー!」


 と言っても返事はない。俺はフィーを背負って街を歩いていた。こいつの家は俺が新しく一人で暮らしているマンションの最上階全てだ。そう、ワンフロア全て。これはフィーの家が経営しているマンションらしく、俺はそこの部屋を格安で貸してもらっている。俺の部屋はそのフィーとは別の部屋を一室借りている。同棲ではないが、まぁご近所さんと言うべきだろう。


 でもこれは想定していなく、俺は錬金術で周囲を欺き、さらに身体強化も重ねていそいそとマンションへと向かう。


「えーっと、オートロックは……」


 俺はフィーを担いだままオートロックの鍵を回して、エレベーターで最上階を選び、そのまま登っていく。



 チン、と音がすると扉が開いて最上階についた。


 俺はさすがにフィーの部屋の鍵は持っていないので、揺すって彼女の意識を覚醒させる。


「おいフィー。起きろ、家だぞ。部屋の鍵を出せ」

「……うん。はい……これ……」


 フィーはかばんから鍵を出すと俺に渡してくる。


 俺が開けろってか……。


 んで、結局俺が開けてそのままフィーをベッドに放り込んだ。こいつの部屋にはよく来ているので寝室の位置は把握しているのだ。


「……ぐにゃ!!」


 変な声を上げているが、ここまで運んだんだ。これぐらいはいいだろう。そして最後に手短に用件を伝えて帰ろうとする。


「フィー、ちゃんと着替えて寝ろよ? 風呂も入って、歯を磨いて……」

「着替えさせて! 一緒にお風呂! 歯も磨いて!」

「は?」

「じゃないと返さないもん!」

「……な!!?」



 瞬間、フィーの錬金術で結界が張られた。くそ、これは俺でも解除に時間がかかるぞ……それならこいつの介抱をした方が早いのか?


「ん! 脱がせて!」


 酔っ払っている。完全に泥酔だぁ……。


 あぁ……神よ。私にこの試練を乗り越える勇気を与え給え……。


 こうして俺の一日は佳境を迎えるのだった。長い一日はまだ続く。

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