第6話 天才錬金術師、非常勤講師になる
「みなさん、ご入学おめでとうございます」
フィーのやつが壇上で話し始めた。キリッとしているあいつはこうしてみると、できる女なんだぁと思うが実際は胃がキリキリとしているのだろう。まぁそれ、俺のせいなんだけど。そして俺もまた、あそこで挨拶をすると思うと胃がキリキリする。
普通は一介の講師が入学式で挨拶などしない。だがしかし、俺は
錬金術が自由自在に使えるのはいいが、今は苦労の方が多い。いつになれば……俺は農作物の研究に取り組めるんだよぉ……。
と、絶望しているとフィーの挨拶が締めに入る。
「それでは皆さん、特例ですが新しい教員を紹介致します。
俺はスッと立ち上がるとキリッとキメ顔をしながら壇上に向かって歩いていく。なぜか今は溢れんばかりの拍手に包まれており、俺の緊張はさらに高まる。
ひいいいいぃぃ。誰だよぉ……拍手なんて始めたの……。
だが顔は崩さない。姿勢も崩さない。俺とフィーの努力の結晶が今、ここなのだから。壇上に来るとマイクが置いてある。フィーはスッと後ろに下がると、「うまくやりなさいよ」とこそっと呟いて後ろに控える。
そして俺はフィーの用意した原稿を感情を込めて
「みなさん、初めまして。ご紹介に預かりました、エルウィード・ウィリスと申します。本来ならば一介の講師にこのような場はふさわしくないですが、私は皆さんの前でこうしてお話する機会が得ることができて非常に光栄です。さて、今年からこの学院に入学した皆さん。ご存知の通り、この学院の卒業は非常に困難です。十年かかることも普通にあります。しかし諦めないでください。努力が全てと綺麗事はいいません。才能も必要です。才能と努力その二つが必要なのです。そして、諦めたらそこで終わりなのです。進んでください。自分を信じて前に、前に、前に……そうすれば次はあなたが
ペラペラとさも、自分の言葉のように語る。うん、我ながらいいこと言ってるなぁ……さすがはフィーだ。毎度ながらあいつの原稿は完璧だ。
そうしてドヤ顔で挨拶を終わると、再び俺は溢れんばかりの拍手に包まれた。
ふぅ……とりえず第一関門クリアだな。そうして俺は最大の山場である、特別授業へと臨む。
§ § §
「……いい? 私が合図したら入るのよ? 錬金術でビビッと知らせるから。私は目の前の席で見てるからね? 大丈夫? 緊張してない?」
「お前は俺の母か。大丈夫だよ、フィー。何度もリハーサルしただろ?」
「そうよね……大丈夫、大丈夫、大丈夫……もし下手なこと話そうとしたら妨害するからね」
「あぁ……確かに元素理論から錬金術の話をすると、農作物を思い出して口が滑るかもしれない。その時は頼む。まぁレジストするけどな」
「わかったわ。レジストの痕跡はできるだけ隠しないさいよ?」
「面倒だが、承知した」
「じゃあ私はもう中に入るからね。リタと一緒に見ているから」
「……任せておけ。フィーの教え子は優秀だということを見せてやるさ」
ニヤッと笑うと、フィーもニヤッと笑う。
そうさ、俺はできる。今日のこれさえ終われば、しばらくは表舞台に立つことはない。ここが終われば俺はやっと……自分の研究に集中できるのだ。
中に入ると少し騒ついていたので、静かにするように言った。すると全員がしっかりと黙ったので俺は授業を開始する。
「本日の講義ですが、私が提唱した
段取り通りだ。まず完璧。
「ではまず、
俺が見つけた
俺には錬金術に対する適性が高いため、特殊な能力が備わっている。そして顕微鏡で確認したところ、何か小さな粒を見つけた。それを錬金術で取り出して、加工すると完璧な『パイナップルだけど、実はアップル』が完成した。
これはその集大成。俺の農作物への愛が詰まった最大の賛辞。
そう考えていると、つい雑談を挟んでしまいそうになる。
「そしてこの元素理論ですが、実は私の……」
と口を滑らせよとした瞬間、俺に対して攻撃が飛んで来る。と言ってもフィーは加減をしており、俺もそれを容易にレジストする。少しだけ光ってしまうが、まぁ誤差だろう。
そうして俺はそこから持ち直して、再び普通のありふれた授業をするのだった。
「……以上になります。ご静聴、ありがとうございました」
軽くお辞儀をすると大きな拍手に包まれる。一番前の席にいるフィーは泣いていた。「ううううぅぅぅ。エルうううううぅぅ、よかったよおおおおお」と言っているようだ。この後に撮影会もあるのに、あいつは泣いても大丈夫なのか? と思うが……そうだ。終わったのだ。
俺は今日から自由だ。
この後の予定は軽く記者と話をして、写真を撮る。今日のことは月刊錬金術という雑誌に載るらしい。それに新聞にも。それが終われば俺はゼミの時間に入る。フィーの従姉妹である、リタという生徒と二人きりだ。初対面だが、今までのことを考えると天国だ。それにフィーもリタには色々と話をしているようで、概ね大丈夫だ。
俺はささっと記者と話をして、写真を撮り、なぜか出来ているサインの列を捌くと、フィーと一緒にリタの元へと向かう。
「……いい? リタのこと、頼むわよ?」
「任せろ。お前の妹みたいなものだろ? 妹の尊さは理解している」
「……ちょっと癖のある子だけど、よろしく」
俺はリタの目にやって来ると、軽く挨拶を交わす。
「リタ。あなたの先生であり、師匠になるエルウィード・ウィリスよ。挨拶なさい」
「え……と! あの! リタ・メディスと申します! エルウィード・ウィリス様にお会いできて、こ、光栄です!」
「はははは、様はやめてくれ。先生か師匠でいいよ。俺の方が年下だしね」
「えっとじゃあ、エル先生で……」
「あぁよろしく、リタ。君が俺の初めての生徒だ」
にこりと微笑んで握手をする。真っ赤になっているようだが、まぁ仕方ないだろう。緊張もあるだろうし。
「じゃあ、このまま研究室に行こうか」
「は、はひ……」
「じゃあ、エルくれぐれも……よろしくね? うちの可愛い妹をね?」
再びフィーが俺に錬金術で攻撃をして来る。俺はそれを再びレジストすると、ニヤリと笑ってフィーもニヤッと笑う。
この笑いは合図だ。互いが互いを信頼している時の。
大切な妹なのだろう。大丈夫だ、フィー。俺は妹の尊さを理解している。しっかりと指導するさ。
そして俺はリタを自分の研究室へと連れていくのだった。
§ § §
どうもリタです。今なんと……エル先生の隣を歩いています。二人きりです。本当に緊張しています。ぶるぶると体が震えてどうにかなっちゃいそう。ちらっと先生の方を見ると、キリッとした表情で歩いている。
これで私よりも年下なんて嘘だと思いたい。よくて20代前半。そんな貫禄が先生にはあった。
あぁでも本当に……私はこれからどうなっちゃうの!? 先生と二人きりだなんて!?
と、そんなことを考えている間にも到着。研究室の前にはエルウィード・ウィリスと書いてある。
「さぁリタ、どうぞ」
「お、お邪魔しまふ!」
噛んじゃった! うわぁ……恥ずかしい。
「はは、リタは可愛いな」
「うううぅぅぅ……」
微笑ましいやりとり。だが扉を開けた瞬間、先生の顔色が急変する。
「な!? まさか、こんな時にクーデターか!? 一号、二号、三号、四号!? どこだ!!?」
「え……!? え……!!?」
先生が扉を開けて室内に入ると、そこには何の変哲も無い部屋があった。え、何か問題が……?
「……ッ! リタ、上だッ!!!」
「え?」
ちらっと上を見ると、本棚の上の方で何かが
「え……何あれ?」
「はぁ……こんな時に争うとは……しかしまぁ、部屋の外に出れないようにして正解だったな。あの時の二の舞はごめんだからな」
そう言って先生が錬金術を発動すると、上にいた4体の生物? がゆっくりと目の前の机に並ぶ。
そして私は驚愕した。だってそこにいたのは……手足の生えたトウモロコシ達だったからだ。
「せ、先生……これって……」
「はぁ……初日からこれか。フィーには絶対にバレないように言われていたが、仕方ない。リタ、これからこいつらについて、そして俺について話そう。ゼミ生には隠しても仕方ないしな。フィーには後で怒られよう、二人で」
ん? 二人で?
でもとりあえず良くわからないので、適当に返事をしておいた。
「は……はぁ……」
真剣な目つきで見つめてきてちょっと照れちゃうけど、キリッとしている先生を見て私も態度を改める。
「こいつが一号で、こいつが二号、さらに隣が三号で、最後のこいつが四号。これはただのトウモロコシに見えるだろ? でもな、歩くこともできるし、思考もできる。いわば、ホムンクルスの類だな」
「え!!? ホムンクルス!!!!?」
ホムンクルス。それは神が人間を作り出したのなら、人もまた人を作ることが可能であると神秘派達が提唱した生物だった気がする。簡潔に言うと人造人間かな。でもそれは不可能と結論が出ていたはず。現代の錬金術ではホムンクルスの製造は不可能だと。
確か……まずホムンクルスの条件として、心と体が必要になる。体の方は錬金術で錬成可能だが、心は不可能とされていたんだっけ。体には構成物質があるも、心には無いから。でも……先生の話から察するに……このトウモロコシ達はホムンクルス。つまり、人間と同程度の心を持ち、思考すら可能ということだ。
信じられない。先生が天才って嫌っていうほど知っているけど、さらに先を進んでいるなんて!!
すごいすごい! 私は本当にすごい人の弟子になったんだ!!
あれ、でもなんでトウモロコシ? 別にトウモロコシじゃなくてもよく無い?
「先生、なんでトウモロコシなんですか? ホムンクルスの製造には野菜が必須なんですか?」
「ふふふふふ。よく聞いてくれた……リタ、これから先は他言しないと誓えるか?」
「ち、誓えます。我が家の名にかけて、他言はしません」
そうして衝撃の事実が私を襲ったのだった。
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