第5話 宿敵、第三王女現る!
「エル……あなたってやっぱり天才なのね」
「そうか? そんなに上手くできていたか?」
「えぇ。プロ顔負けよ。本当に初めて?」
「もちろん。それはフィーも知っているだろう」
「そうだけど……くッ! 本当にあなたの才能が憎い!」
学院内にある一番大きな教室。そこで俺は模擬授業のリハーサルをしていた。
現在は元素理論の解説と、新たな錬金術についての概要をざっと授業してみた。使用する教科書は俺がフィーに懇願されて作ったもので、ページ数まで完璧に頭に入っている。
全て俺の手のひらにある情報ならば、伝えることは容易い。それにリーゼに錬金術を個別指導しているからか、噛み砕いて教えるのは得意だ。
今回の特別授業はなんと予約制でとんでもない倍率の抽選だったらしい。今でも街では俺でさえ目玉が飛び出るほどの高額でチケットの転売が行われているとか、なんとか。
でもまぁ、フィーからのお墨付きならば当日は大丈夫だろう。
しかし、擬態するのも疲れる。俺は本当は農家としての道を進めたいのになぁ……。
「あ! それと、エル。あなた、非常勤講師については黙っていなさい」
「えぇ……まだ何かあるのか?」
「大有りよ!! あなたは常勤の講師になるのでされ疑問符がつくのに、非常勤だなんてバレたら……死ぬわ、私が」
「……お、おう。フィーが死ぬのは俺も嫌だしな。善処しよう。それにバレたら口封じすればいいだろ?」
「うーんそうだけど……王族はまぁ、関係ないと思うけど……この学院には多くの貴族がいるわ。それにあなたをよく思っていない人も。農家として生きたいなら、徹底的に擬態することね」
「……できるかなぁ」
「やるのよ! あなたはできる!」
「うーん。迸る熱いパトスが溢れ出たらすまんな」
「抑えて。時にはクールに生きるのも農家として必要な資質よ」
「まぁ……一理ある。それで入学式は俺も挨拶するのか?」
「もちろん。卒業式みたいな派手な演出はいらないけど、なんかこう……クールで澄ましてる? いかにも天才っぽい感じでよろしく!」
「はいはい。いつものやつな。卒業式と同じ感じで構わないだろ」
「そうそう! はぁ……やっと私も安眠生活が送れるわぁ……」
「なんだ、まだ苦労していたのか? 俺の進路は確定して、すでに国中に広まっているが……」
「それが聞いてよ! なんかぁ、
机にぐでーっと体を預けるフィー。だらしない格好だが、もう見慣れてしまった。他の連中はフィーは超できる女と思っているが、結構打たれ弱い。俺が定期的に愚痴を聞くのも当たり前になっている。
「なるほど……神秘派が絡んでいるのか。面倒くさいな。奴らは俺をすげー敵視しているからな」
錬金術には二つの派閥がある。それは神秘派と理論派だ。神秘派は錬金術は神からの贈り物であり、その所業を暴くなどけしからん! と考えている連中だ。
一方の理論派は錬金術とは緻密な理論のもとに成り立っており、その全てを暴き出すのが錬金術師の本業である、と考えている連中。
もちろん俺はどちらにも所属していない。しかしどうにも俺の元素理論は理論派にとっては最大の所業らしい。なぜか俺が理論派のトップだと思い込んでいるやつがほとんどだが、別に神秘だとか理論だとかはどうでもいい。如何に農作物の品種改良に錬金術が応用できるのか。その一点だけだ。俺が錬金術に価値を見出しているのは。
懐古主義のガチガチの奴らはずっと対立しており、貴族にも未だにそんな派閥が多い。
そしてその対立中に俺が、元素理論、それを応用した完全独立型人工知能などを生み出したから理論派はこれでもかと俺を使って神秘派を叩きまくったらしい。
全てはフィーに聞いたことだが、本当に面倒臭い。そしてさらに厄介なのが、神秘派が俺を目の敵にしていることだ。
フィー曰く、そろそろ実害が出てもおかしくないと言われている。
もう嫌だぁ……俺に農業をさせてくれぇ……。
そう考えてシュンとしていると、ガバッとフィーが起きる。
「よし! 今日も頑張るぞ!」
「おー!」
そうして俺たちは入学式までに入念な準備をさらにしていくのだった。
§ § §
桜舞い散るこの季節。やってまいりました入学式。今日の俺はフィーのコーディネートした服装に身を包んでいる。と言っても髪を一つにまとめて、スーツをきているだけだ。だがこのスーツ……耳を塞ぎたくなるほどの値段らしい。さらには左腕にチラッと見える時計。これはさらに高額で、身につけているのも嫌になる。俺は確かに結構稼いでいるが、金銭感覚は庶民だ。なぜならば由緒正しい農家の血族だからだ。血は繋がっていなくとも、心の在り方なのだ農家とは。
日々節約をし、常に消費者に美味しい農作物を届けることを考える。それが俺の目指す最高のスタイル。
「見て、あれって……」
「声かけてみようかな……」
「かっこいい……すごいなぁ」
うん。すっげ、見られてる。俺は大舞台に立つのは慣れていない。もともと内向的な性格なんだ。目立つのごめんだ。
「あれ?」
「あれ? 今エル先生いなかった?」
「エル様が消えた!!?」
俺はすぐさま認識阻害の錬金術を発動。相手の無意識に干渉し、脳内にある
これは『羽ばたく玉ねぎ』を生み出す時にできた技術だが、結構便利で重宝している。
そうして俺は誰にも見つかることなく、フィーと合流するはずだった。うん、はずだった。だと言うのに、俺が人目のつかないところに入った途端、肩がポンポンと叩かれたのだ。
「……エル様、ご無沙汰しております」
「これはこれは……アリス様。こちらこそ、ご無沙汰しております。それじゃ!」
「……お待ちなさい?」
「ひいッ!」
俺を襲っている女。こいつの名前は、アリス・カノヴァリア。御察しの通り、この国の王族だ。第三王女で俺と婚約の噂がある人でもある。以前から付き合いがあり、卒業式のパーティでは危うく本当に婚約させられそうになった。
そんなこいつの見た目は、この国の象徴である碧を基調とした服装に、艶やかな真っ青な髪。プロポーションも抜群で、王女の中では一番の美人。よくメディアにも『美しすぎる王女』とプロモーションされている。
だがそれは世間の認識。俺は知っている。この腹黒女の正体を。ニコニコと愛想を振りまきつつ、相手を追い詰める。
俺を追い詰めるのにも……「ふふ。錬金術など使わなくとも、人心掌握など容易いのですよぉ。エル様ぁ?」と迫ってきたことがある。
この女は俺がぶっちぎりで避けたい女ナンバーワンだ。
しかしこいつ切れる頭もあるくせに、錬金術の適性もピカイチ。年齢は俺と同じ16歳で、この年齢でここで入学できるだけでも優秀だ。コネはない。この学院は王族でも容赦なく落とすことで有名だからだ。
そして極め付けは、俺の錬金術に対してやたら抵抗できるのだ。
今回も並みの錬金術師では気がつかれないはずだった。技量としては
本当に忌々しくてため息が出る。
「はぁ……アリス王女、何かご用ですか?」
「あら? 未来の旦那様にご挨拶するのはおかしいのかしら?」
「挨拶は別に構いません。しかし、未来の旦那様は間違いです」
「あらあらあら。私が本気を出せば、あなたの農家としての事業は無くなりますよ?」
「……くそッ!! 相変わらず汚い女だッ!! 農作物たちを人質にするなんて、それが人間のすることかよッ!」
思わず口が悪くなる。まぁいい。こいつとは元々綺麗な言葉で話す仲じゃないんだ。
それはさておき、この女……アリスは俺の目的を知っている。
なんでも俺とフィーが話しているのを盗聴したらしい。俺が気がつかないレベルでの盗聴スキルは本当に賞賛に値するが、俺の農家としての独立を盾に婚約を迫ってきている。本当に忌々しい女だ!!
さらに厄介なのは婚約すれば、俺の事業を手伝ってくれると言うのだ。「私の権力とあなたの知識があれば、本当に世界制覇も夢じゃないですよ?」と言う甘言はいつものパターンだ。
「あらあらあら、エル様ってばそんな口を聞いても? 本当に邪魔しちゃいますよ?」
「くッ!! やはり望みは……!」
「はいこれ、婚姻届です。私の分は書いているので、あとはエル様が書いてくださればいいです。市役所には私が提出しておきますので。それとも一緒に行きますか?」
「……!」
声も出ないとはこのことか。本当にアリスの名前が書いてある。保証人の欄には王のサインらしきものもある。
あぁ……どうしよう。俺は……俺はどうしたら……!!
思考がフリーズしていると、アリスはスッとその婚姻届をしまう。
「冗談ですよ? 本気にしちゃいましたか?」
ぺろっと舌を出してウインクをしてくる、くそ王女。こ、この女ああああああああああああああああ!
「ではエル様、また入学式でお会いしましょう!」
そう言ってアリスはささっと去っていく。
はぁ……嵐のような女だな相変わらず。そして俺は今度こそ、フィーとの合流先に向かうのだった。
「ちょっとエル! 10分の遅刻よ! 余裕はあるけど、大丈夫なの!!?」
「第三王女に会った。死にたい……」
「あぁそういえば、アリス王女は今年入学だったわね。また絡まれたの?」
「今日は婚姻届出してきた」
「うっわ、えっぐ。それは怖いわね」
「王のサインまであるんだぞ? あいつはどこまで本気なんだよぉ……」
「よしよし。怖かったわね」
そう言ってフィーが俺の頭を優しく撫でてくれる。あぁやはりフィーは俺の盟友だ。本当に頼りになる。
「罪のない農作物を人質に取るんだぞ!? 婚約しないと圧力かけるって……」
「うわぁ……あんた本気で気に入られているわね。元々は錬金術の才能目当てだけど、エルの性格は王女にぴったりだったのかも。ここだけの話、貴族の間にあるあの噂。元凶はあのアリス王女みたいよ」
「クソォ! マッチポンプもお手の物かよ!」
「どうどう。落ち着いて。とりあえず目の前の課題から処理しましょ。王女のことは私も考えてあげるから」
「うん……ありがとうフィー」
そうしてメンタルブレイクされた俺は、入学式へと臨む。
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