第4話 卒業式


 卒業式。今日は神聖歴1994年、3月20日。カノヴァリア錬金術学院の卒業式の日であり、俺は真っ白なカッターの上に真っ黒なガウンを羽織り、パンツも真っ黒なもの、さらには角帽子を被って学内を歩いている。



 卒業式の会場である大聖堂に向かっていると、俺は後ろから声をかけられる。



「あら? エル、お一人ですの?」

「あぁ……セレーナか。なんだか久しぶりだなぁ……」

「そうですわね。それと聞きましたわよ、あなたこの学院の非常勤講師になるって……」

「厳密には工房の立ち上げの片手間だ。どうしてもフィーが自分の紹介したところで働いて欲しいとうるさいからな」

「えぇ……本当にアルスフィーラ先生の苦労は分かりますわ……あなた、あの歩くトウモロコシを売ることに専念しようとしたでしょう?」

「もちろんだ。さすが、セレーナ……よく分かってるな」


 ニヤッと笑うと、セレーナは「はぁ……」とため息をつく。


 セレーナ・ブリュー。服装は俺と同じだが、金髪の髪の毛は縦ロールに巻かれている。まぁ……いつも通りのテンプレお嬢様だな。


 またセレーナは三大貴族の一つで、ブリュー家の長女だ。ちなみに、三大貴族はメディス家、ブリュー家、バルト家の3つだ。どれもが錬金術の名門で、一応俺はこの学院で、この3つの家の直系と交流を持った。


 まぁと言っても難癖をかけられた……といったほうが正しいのかもしれない。


 セレーナはその中の一人だ。入学した当初、「私はあなたみたいな農民は認めませんわ!」と俺に対して憤りを感じていたのだ。



 彼女は農民出身であることに加えて、史上最年少入学、さらには入試でペーパーと実技の両方が満点だったのが悔しかったらしい。



 俺はいつも付きまとうセレーナに辟易していたが、二年の付き合いの中で多少は仲良くなっていた。というのも、俺の錬金術を本気で史上最高のものと認めたからだ。



 最期には、「負けましたわ……」といってから態度は緩和した。


 それから、俺とセリーナともう一人の三人で、この学園に畑を勝手に作って……『歩くトウモロコシ』のプロトタイプである『ハイハイする人参』を偶然作ってしまった。正直言って、俺の『世界最高の農家プロジェクト』の一端を担っている。



 そして俺はそんなセレーナと個人的な契約を交わしている。



「エル、覚えていますわよね?」

「契約のことか?」

「えぇ。私は騎士になります。錬金術を使える騎士は重宝されますし、この国の誇り。そしてあなたは私の能力向上に今後も付き合う……」

「んで、お前は俺のプロジェクトを手伝う」

「ふん。分かっているのなら、いいですのよ」



 そう俺たちは互いの目的を果たすための利害関係を結んでいる。


 セレーナにはまだまだ錬金術師として甘いところがある。卒業して金級ゴールドの錬金術師になるとはいえ、俺が提唱した錬成陣なしでの錬金術はまだ得意ではない。戦闘において錬成陣なしの錬金術は最大の強みとなる。彼女は卒業までにマスターできなかったが、それでも俺の元でまだ修行したいらしい。


 さらに、俺に関してだが……実は完璧な天才と思われているが不得手なことはある。俺は錬金術を物質に組み込むのが苦手で、どうしても自己流でやり過ぎてしまう。その点をセレーナは補ってくれる。正直、『歩くトウモロコシ』は俺だけじゃなく、俺たちの研究成果だ。きちんと論文の謝辞にはセレーナの名前を入れてある。「そんな、名前なんて入れないでいいですわよ! 私の家に恥なんて……残したくありませんもの……」と虚ろな目で言っていたが、まぁツンデレな彼女のことだ。本心ではないのだろう。すでに提出した論文にはセレーナの名前は入っているので安心して欲しい。



「じゃ、またお前の家にお邪魔するよ。お菓子美味いしな!」

「……まぁ、偶になら。でもお母様には気をつけて……本当に私とあなたを結婚させたがっているようですから……」

「大丈夫だ。俺は夢を果たすまで結婚はしない。世界に俺の農作物を広めるまでやることが目白押しだからな!」

「えぇ……どうか永遠にそのままで……」

「じゃあ、また後でな。どうせ、記者に一緒に写真撮られるしな」

「えぇ、ではまた」



 丁寧にお辞儀をすると、セレーナは去って行った。


 やっぱりあいつも貴族のお嬢様なんだよなぁ……と思いながら俺は大聖堂へと入って行った。



「……ここか」



 中に入るとあまり人はいない。早く来すぎたようだが、まぁいい。本でも読んでいるか。俺はポケットに忍ばせていた農作物についての書籍を読もうとするが、そんな時に隣から声をかけられる。



「師匠! 早いですね!」

「あぁ……フレッドか。お前も久しぶりだなぁ」

「師匠、非常勤講師になられるようで。おめでとうございます。今度うちの家から贈り物をいたしますよ。就職記念です」

「そうか? なら隣国の農作物で頼む。俺は独立して自分の農作物専用ラボを作るからな。他国のものもリサーチしときたい」

「御意に……それにしても、早いですな。師匠も感極まって早めに来たのですか?」

「いや、ただの習慣かな。それに後でフィーと打ち合わせもあるしな。ここで待つことにするさ」

「そうですか。それにしてもあっという間の2年間でしたな。私は卒業に8年もかかったのに、師匠は2年とは……本当にすごいお方だ」

「懐かしいなぁ……出会った時はお前もセリーナと同じように俺を敵視していたからなぁ……」

「いやはや、お恥ずかしい」



 ぽりぽりと頬を掻くこいつは、フレッド・バルト。短髪に刈り上げられた黒髪にガタイのいい体。俺は身長183センチと高い方だが、フレッドは186センチもっと高い。


 そしてこいつは三代貴族の一つ、バルト家の次男だ。こいつもセリーナと同じように俺に喧嘩をふっかけて来た。「ふん、ただのガキじゃないか。軽くひねってやるよ」と言って来て、逆にひねってやると俺のことを師匠と呼びなぜか付き従うようになった。



 俺とセリーナとフレッド。この三人でよくバカをやったものだ。と言ってもほとんどは、俺が勝手に学園に農作物を作ってそれがパニックになるという事の繰り返し。碧星級ブルーステラの錬金術師だったから良かったものの、『野菜の大反乱事件』は危うく退学になる事態だった。


 それはちょうど俺が人工知能の研究の最終調整で、野菜たちに思いつきで低知能を与えた時だ。出来るとは思っていなく、本当に偶然生まれてしまった。そして知性を得た野菜たちは学園に散らばり暴虐の限りを尽くした。俺はそれを止めるために空間転移の錬金術を閃くのだが……今となっては本当に懐かしい。



「確かフレッドの就職先は……」

「セリーナと同じ、騎士ですよ師匠。でも私は錬成陣なしの錬金術をマスターしましたから、彼女とは異なりいきなり正採用の騎士です。見習いではないと、通達が先日ありました」

「なるほど、それはめでたい話だな。何か祝い品でも……何がいい?」

「そんな! 私には恐れ多いですが……その……言いにくいのですが、師匠はラボを立ち上げるらしく、それに協力したいと思いまして……」

「本当か!? いやぁ、メンバーがなかなか集まらなくて難儀していたところなんだ。空いている時間でいいから手伝って欲しい」

「本当は師匠と二人で独立をしたいのですが……私にも家の事情がありますので……」

「貴族の義務だろ? ノブレスオブリージュなら仕方ないさ」

「……師匠、今後ともよろしくお願いします」

「あぁ!」



 俺たちがガシッと握手をしていると、フィーのやつがひょこっと現れた。


「フィー、空間転移の乱用はダメじゃないのか? お前の言葉だろ?」

「今日はいいでしょ! 忙しいんだから、ほんと……じゃあ行くわよ。フレッドもまたね。ちょっとエル借りるから」

「えぇ。先生もお忙しいようですからね。師匠をよろしくおねがします」



 そうして俺とフィーは卒業式の打ち合わせの最終調整をするのだった。

 

 舞台袖にやって来て、俺たちは今日の段取りを確認する。



「いい……あなたはやればできるの! 擬態しなさい……史上最高の天才にね……農作物には触れない事! 答辞は覚えた?」

「あぁフィーにもらったものを完璧に覚えた。抜かりはない」

「よし……今日はこの後にパーティもあるわ。いい事、擬態よ擬態。三大貴族に王族も来るのよ……ここでボロが出れば、あなたの農作物計画もおじゃんよ」

「『世界最高の農家プロジェクト』な」

「そう、それが妨害される可能性があるのよ。それの計画の発表は隠匿しなさい。少なくとも私の権力がもっと上に行くまでわね。今のままだと他の貴族と王族に潰されるわ」

「はぁ……権力闘争も大切だな。まぁいいさ。今は雌伏の時。能ある鷹は爪を隠すともいう……俺は来るべき日のために最善を尽くすだけだ……」

「そうよ……あなたはできる! 今日のあなたは史上最高の天才錬金術師、エルウィード・ウィリスよ。農作物バカのあなたは今日はいないのよ? いいわね? 家に帰るまでが卒業式よ?」

「なんだその小学生の遠足みたいな例えは」

「例えじゃないの! ただでさえ……あなたの進路は色々と問題があるんだから……頼むわよ。私にも限度があるのよ。いい?」

「そんなに念を押すほどか。任せておけ、今日は表徴になってやるよ。天才というな」



 ニヤッと笑うと、フィーもニヤッと笑う。


 そうだ。今日の俺は天才錬金術師、エルウィード・ウィリス。天才農家の俺ではない。



 そう言い聞かせて、俺は卒業式に臨んだ。



 § § §



「……ふぅ、終わったな」



 俺は卒業証書を片手に外の風に当たっていた。卒業式は大成功だ。最後にエルの発案で俺の錬金術も軽く披露した。天井から桜吹雪が出現し、キラキラと舞いながら消えて行く幻想的な光景。これもまた、あの時の件で生み出した時の副産物だが、いい感じに演出できてよかった。



「お兄ちゃーん!」

「おぉ。リーゼ! それに姉さんも!」

「様になってたわよ。エル」



 正装に身を包んだリーゼとマリー姉さんが近寄って来る。だがしかし、両親の姿がない。



「父さんと母さんは?」

「マスコミに捕まったわ。多分しばらくはこっちに来れないでしょうね」

「そうか……迷惑をかけるな」



 少しシュンとなっていると、リーゼが俺に飛びついて来る。



「お兄ちゃん! かっこよかったよ! これで、独立できるね!」

「あぁ! 俺は野菜、お前は果物! そして……」

「残りは私たち……という事ですわね」

「師匠! 探しましたよ!」



 そこに合流したのはセレーナとフレッド。フレッドはここにいる全員に対して丁寧に接するので大丈夫だが、問題はリーゼとセレーナだ。



「あらあらあらぁ? リーゼ、また背が低くなりました? 胸も平坦なままで……あぁ! 私が成長して、あなたが相対的に小さく見えるのですね! これは失礼! おほほほほほほ」

「……脂肪ババア」

「ちょっと! その発言はよろしくなくてよ!」

「あんたも同じだよ! 人のことをバカにして! お兄ちゃんのパートナーは私! いい!? 私なの!」

「あらあら。ふふふ、まぁ今は喚いていなさいリーゼ」

「ムカつく! その余裕がムカつく!」



 ワイワイと騒ぐ二人。犬猿の仲だが本当に仲が悪いわけじゃない。悪口を言い合うのもコミュニケーションの一つだ。



 ひゅうっと清々しい風が吹く。まるで天が俺たちを祝福しているかのように今日は晴れている。どうか、俺の農家として人生が上手くいきますように……。



 そんなことを祈りながら……神聖歴1994年、3月20日。


 俺はカノヴァリア錬金術学院を史上最年少で卒業した。

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