恋しくて。

「……ついにこの場所に来たな、天音」


「宣人お兄ちゃん、いよいよだね!」


 俺達の最終目標の場所、三内丸山遺跡だ。

 世界文化遺産に登録されることも決まっている、


 この壮大な遺跡に特設ステージを設けてトーナメント形式のイベントが行われる。

 土偶男子フェス自体が三日間のスケジュールを予定していたが、

 昨今の感染対策の為、縮小を余儀なくされてしまった。


 俺達、歴史研究会が出場するコンテストは中止にはならなかったが、

 一番驚かされたのは、萌衣ちゃん率いる南女ダンス部が出場を辞退したことだ。


 その知らせを受け、部長の萌衣ちゃんにすぐ理由を問いただしたかったが、

 柚希の失踪で中心人物を失った南女タンス部のことを分かっているだけに、

 電話を掛けるのはやめた。


 俺と天音は遺跡を一望出来る丘に立ち、久しぶりに兄妹で語り合っていた。


「こんなこと言ったらお兄ちゃんは怒るかもしれないけど、

 天音、もうコンテストで優勝出来なくてもいいんだ……」


 俺は驚いて天音の顔を凝視した、あれだけコンテスト優勝に向けて、

 一番努力していたのは天音本人だ、それなのに何故、そんなことを言い出すんだ?


「いきなり何を言い出すんだよ、天音、お前は男装してまでこのイベントに

 出る権利を勝ち取ったんじゃないのか、制服自由化はどうするんだよ……」


「天音の本当の願いはもう叶ってしまったんだ……」


 天音の本当の願い!? 別にあったのか、

 まさか? 天音が女の子の自分を押し殺してまで叶えたかったことが。


 亡くなった兄貴の件で引き籠もりになっていた俺を立ち直らせる為に、

 男装女子なんて突拍子も無いことを始めたんだ。


「お前、俺を立ち直らせる為に……」


「前にも言ったでしょ、お兄ちゃんは自惚れすぎだって、

 そこまで天音はシスコンじゃないよ!」


「……天音、お前」


「ねえお兄ちゃん、これ覚えてる」


 天音は首にかけたネックレスを外して俺に差しだした。


「……これは!?」


 縄文時代の土器の欠片だ、


 *******


「これ、やるよ!」



「えっ、いいの? お兄ちゃん」



「あったりめーだろ、俺たち兄妹なんだから」



「お兄ちゃん、ありがとう!」



 天音がキラキラした目で俺に微笑んだ。



「天音の一番の宝物にする!」


 *******


 ……あの時の欠片だ、天音は今までずっと大切にしてくれていたんだ。



「お兄ちゃん、あの発掘作業ごっこ楽しかったよね、あれからこの欠片、

 僕のお守り代わりなんだ……」


 愛おしそうに土器の欠片を指で撫でる天音。



「お兄ちゃん、お願いがあるんだ、今、この場所で、

 私にヒーローインタビューしてくれない」


 ヒーローインタビュー、天音は急に何を言い出すんだ?


「そんなに神妙な顔しないで! これもだよ、

 土偶男子トーナメント大会の優勝者へのヒーローインタビュー、

 お兄ちゃんが司会者で、私に質問して」


 野球やサッカーのインタビューみたいなものか、俺は照れくさかったが、

 この場所の持つ神聖な空気感に感化されたのか、自然と言葉が出た。


「さて土偶男子コンテスト優勝は千葉県立中総高校の歴史研究会です。

 代表して猪野天音さん、おめでとうございます!!

 この優勝を一番誰に伝えたいですか?」


 マイクを握った体で、俺は天音に左手を差しだした。


「僕は女の子の自分を封印して男装女子として、

 今日まで優勝を目指してきました、自分を変えたかったこともありますが、

 本当の理由は僕の一番大切な人に元気を取り戻して欲しかったんです……」


 重いマイクなんて持っていないなのに、俺の左手が小刻みに震える。


「世界で一番、不器用で無愛想だけど、そんなお兄ちゃんに伝えたいです!

 あの頃からずぅっとだいす……」


 天音が言いかけた瞬間、大音量にかき消される、

 盛大な花火が上がった、大会の開催を告げる合図だ。


 無言で見つめ合う俺達二人……。



「おーい!! お二人さん、早く来ないと大会に参加出来なくなるよ……」


 この声は!?

 俺は自分の目を疑った。


 南女ダンス部の主将、萌衣ちゃんだ、何故この場所に居るんだ?


「……萌衣ちゃん、どうしてこの場所に?」


「へへっ、でく助に気合いを注入してやろうと思ってな!」


 久しぶりに狂犬モードの萌衣ちゃんだ、言葉のご褒美が嬉しい。


「宣人君、応援に来たよ! ほらっ、差し入れ」

 具無理のマスター! 宮崎屋の大福が差し入れだ。


「めいちょん、あのことを二人に伝えないと……」


 具無理のマスターが萌衣ちゃんを促した。


「二人に嬉しいニュースだよ、柚希の無事が確認出来たの!」


「えっ、本当に! 今、柚希はどこに居るんだ……」


「今は柚希の意向でハッキリとは言えないけど、元気だよ、

 電話で直接、話したから安心して……」


 ……そうか、良かった、一番の気がかりだったんだ。


「本多グループの情報網を使ったのじゃ!!

 安心せい、小僧」


「本多会長、お言葉ですが、話の腰は折らない方がよろしいかと……」


 本多会長と執事の皆川さん!!

 いつもの超ロングリムジンでお出ましだ。


「宣人さん、天音ちゃん、早くしないと開会式に間に合いませんよ!!」


 後部座席のから降りてきたのは……


 本多さよりちゃんだ!!


 あれっ? 妙に天音と距離が近いぞ、まあいいか仲良きことは美しきかな。


 そして歴史研究会のみんなも一緒だ!!

 どんだけ人が乗れるんだ、リムジンは……。


「……良かった、二人が見当たらなくて心配でしたの」


 部長の真菜先輩、いつみてもおっとり美人さんだな。


「こらあっ! 宣人お兄ちゃん、急にいなくなったら駄目だぞ、

 香菜も心配したんだから!!」


「香菜、駄目でしょ、急に走ったら転んじゃうから!!」


 紗菜ちゃんと香菜ちゃん、花井姉妹だ。

 二人ともやっぱり可愛いな、髪型で見分けないと分からなくなるけど。


「宣人、大丈夫? 柚希ちゃんのこと……」


 心配そうに声を掛けてきたのは俺の幼馴染、及川麻理恵だ。


「お麻理、この間のツーリングで神社に願掛けした甲斐があったな!」


「……宣人、元気で良かった」


 お麻理が安心したのか、うっすらと涙を浮かべる、

 最近のお麻理は何だか涙もろくなったようだ、

 本当は気の強い性格では無いことは知っていたが。


 歴史研究会のメンバーが揃って……


「……あれっ?」


 この場に彼女が何で居ないんだ……

 俺の茫然とした表情にお麻理が気付いた。



「宣人、急いで控え室に行って、あの子が待っている……」


 お麻理は手の甲で涙を拭い、何故か晴れ晴れとした表情で俺に告げた。

 

「……お麻理、ありがとな」



「何年、私が宣人の幼馴染みしてると思ってんの、

 しっかり行ってこい!!」


 お麻理に思いっきり背中を叩かれ、気合いを入れられてしまう。


「お兄ちゃん、これ、後で読んで、お父さんからの手紙」


 俺とお麻理の会話を見ていた天音が俺に白い封筒を手渡した、

 親父から俺に手紙? 初めて貰うぞ、どうしたんだろう。


 俺は急いで駆けだした、大会本部脇に参加者用の控え室があるそうだ。 


「宣人君、集合時間までには戻るんだぞ!!」

 トレードマークのキラリと光るサングラス、長い髪を掻き上げながら、

 顧問の八代先生からすれ違いざまに声を掛けられた。


「先生、ありがとうございます!!」


「なぬっ、まだ大会終わってないよ……」

 俺の言葉に首を傾げる八代先生、屋外の太陽光がサングラスに映り込む。


 もう後悔したくない、俺は力の限り走った。


 大切な人の待つ場所に向かって……。



 次回、最終回に続く。







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